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英雄殺しの勇者  作者: 紀春


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兄と呼ぶもの

少し温もりが残る肩にライズのことを思いながら、かつての兄貴に思いを馳せる。これまで一度も手を付けなかったグラスを傾ける。

 

兄貴は生きていた。

それはとても喜ばしいことである。

 

ニコは背負っていた大きな鞄をテーブルに置き、考える。この村に来るまでに辿った多くの道を思い口にする。


「やっとここまで来た……」


だがライズは彼の望む姿とはまるで違っている。かつて神童と呼ばれた彼とはまるで別人だった。

髪は伸ばし放題。ろくに手入れをされていないであろうヒゲを蓄え、前かがみに歩く姿は彼を年齢以上に老けさせて見えた。

 

村にいた頃、ニコはそれこそどこへ行くにもライズの側について回り、共に遊び、学び、そして剣を握った。

つまり、ニコもまたライズと同じ師を持つ者同士だった。

今もそれほど高くない身長は、当時門下生の中で最低だったように思う。


だが、彼は強かった。

小柄な体格を生かしたフットワークを武器に相手を翻弄し、大人顔負けの強さをしていた。

当然、教えを受ける子どもの中では飛び抜けた存在だったが、決して一番にはなれなかった。


何故なら彼の直ぐ側に、神童と呼ばれる男――ライズがいたからだ。

 

いつもライズに挑んでは負けを繰り返していたが、その時のニコは悔しさと同時に、ライズの持つ才能を肌で感じられる喜びがあった。


また、立ち合いを終えた後は必ずライズが


「お前が同い年なら負けてたよ。自信を持て」


そう言って、優しい笑顔を向けてくれる。

その顔が、とても好きだった。


そんな彼がどうしてあんな姿をしているのか。

否、させられているのか。

その真相を知る者として、何か力になれればと思っている。 


兄貴が抱えている闇の深さは、想像に難くない。

仮に自分がその立場なら、その場で死んでいたかもしれない。

そんな闇が、ライズの中に存在してしまっている。


一方で、彼がその役目を引き受けてくれたことに、どこか安堵を覚えてしまった過去の自分がいることもまた事実。


だから今、ニコは剣を握っていない。

ある意味そう。これはライズだけでなく、自身の問題でもある。


だからこそ、兄貴がもし過去の姿に戻れるのなら、その時初めて剣を握ろう。そう思うのだ。

自分のエゴイズムに嫌気が差すが、純粋に彼を心配していることもまた事実。


彼をあの大盾から解放したい。

そして再び剣を握ってほしい。


「大盾のライズ」

 

一夜明けニコは様々な店に入り、買い物がてら世間話程度に名前を出してみる。

すると、多くの者が一言目に称賛する。


「あの時助けてもらった」や「巨大な魔物相手に仁王立ちして止めていた」など、彼の武勇伝が聞こえてくる。 


それと同時に、何故か腰につけている剣を抜いている姿を誰も見ていない、という話になる。

結果、実力は申し分ないが変わった冒険者という評価のようだ。 


一通り店を巡り終えたニコは、一度今後について考えを巡らせるため、宿へと足を伸ばしていた。


すると突然、銀色の何かと衝突した。


「すみません。よそ見をしていたもので」


そう謝ると、見るからに騎士といった出で立ちの銀髪の女性は、申し訳なさそうな顔をして答える。


「こちらこそ申し訳ない。急いでいたものでな」


そう言って、こちらに向き直る。


「時に少年。このあたりで大盾を扱う変わった男がいると聞いたのだが、心当たりはないだろうか」


少年と呼ばれ少しムッとするが、それよりも。


(兄貴を探しているって?騎士が兄貴を?まさか……?)


理由を察し、ニコは全身に力が入るのを感じる。


「ええっと、その人が何か悪いことでもしたんですか?」


場合によっては、逃走する必要があるかもしれない。


「英雄殺し」


それはライズだけの罪ではない。

裁かれるのであれば、ニコだってその一人。


あの日、彼もまた師匠に刃を向けていた。

兄貴はただ……


一方の女騎士は、一瞬で自分を警戒するように雰囲気が変わったニコを見て感心する。


(この少年、平凡なフリを装っているが只者ではないな)


そう感心しつつ、本題を話す。


「噂に聞いたものでな。大盾だけを使って冒険者をしてるだなんて、実に気になるではないか!

騎士たるもの、武の頂へ至るために様々な知見を得るべきなのだ!」


と、彼女は両目を輝かせながら興奮気味に話す。


そんな女騎士の態度に、ニコは一瞬で力が抜け落ちる。


「騎士様が探している人、俺の兄貴です。この村では大盾のライズと聞けば皆知ってます」


そう答えると。


「ほう、貴公の兄君であったか。ぜひ私に紹介してほしい」


と、一気に距離を詰めてくる。


まったく反応すらできず少し動揺するが、それよりもその騎士の勘違いを正そうとする。


「いや、兄貴は俺の兄ではないですよ」


そう言うと。


「何?どうしてだ?貴公の兄貴なのだろう?」


と、へ?と口を開けて疑問の声を上げる。

見えるはずのないハテナマークが見える。


「いや、だから俺が兄貴って呼んでるだけで、実際の兄弟じゃないんですけど...」


そう言うと。


「紛らわしい言葉を使うんじゃない。物事ははっきり伝えるものだぞ、少年!」


そう言って、何故か怒られてしまったニコは、当初の警戒はどこへやら、

「なんだこの変な人は!」と既に彼女を騎士として見ることをやめていた。


「あと一応言っときます。僕は少年じゃありません!ニコです!」


少年、少年、少年...

なんでそんなに少年に見えるかな...

一応自分は成人してるはずなのに。


そう思い、僕も兄貴のように髭でも生やすかな?と自身の顔に髭が生えることを想像するが、あまりの不釣り合いさに頭を振った。


「ニコか。私はアスラだ」


銀髪の騎士は、胸を張ってそう名乗った。


「よろしく頼む、ニコ。そして、ぜひ貴公の兄貴――大盾のライズに会わせてほしい」


その瞳は、純粋な好奇心と探究心に満ちていた。 

ニコは、この変な騎士をどう扱ったものかと頭を抱えながらも、どこか安堵していた。

少なくとも、兄貴を捕まえに来たわけではない。

それだけで、十分だ。


「きっと一人で酒を飲んでるよ。行ってみますか?」


そう言ってアスラを促し酒場へ向かう。

この変な騎士によってなにか変化が起こることを期待して。

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