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英雄殺しの勇者  作者: 紀春


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29/30

宝剣

ニコはひたすらに駆ける。

早くこの事態を辺境伯へ、その気持ちはニコの脚をいつも以上に速く動かそうとする。


だが、今彼の腕の中にはセレナがいる。最初は戦場に戻れと言うほど気が立っていたが、今はやはり限界だったのか苦しそうな表情を浮かべながら身体をニコに預けている。


そんな彼女に負担をかけるわけにも行かず、逸る気持ちと彼女を慈しむ気持ちが混ざり合い、ニコの気持ちだけを逸らせる。


どれだけ走ったか、ようやくニコの視界に動くものの姿が目に入る。

やっと合流できたか、そう思い。ニコはその影へと向かった。


近づくに連れ、ニコの耳にはやはりと言うべきか、剣戟の音が聞こえてくるようになった。

本来半月(ハーフムーン)と本隊はそこまで離れてはいなかった。それがいつの間にかこれほどの距離になっているのは、そちらでも何かあったというわけだ。


「ごめんセレナ。こっからは飛ばすよ」

「大丈夫です……私のことはお構いなく……」


明らかに大丈夫ではないといった声で大丈夫というセレナにニコは彼女の強さを感じる。その強さを彼は信じることにする。


「影のニコ」人々からそう呼ばれる彼の全力は当に影をも踏めない。そんな境地だった。


森であることを忘れさせるほどの速さで前へ。

魔物たちともすれ違うが、彼らの認識を置き去りに前へ。


ようやくニコが止まったのは周りを魔物に囲まれ、数人の騎士に守られるように立つロナルドの前だった。


「婿殿!?」


ロナルドの驚く声にニコは何も返さず、抱えていたセレナを優しく降ろす。セレナは立ち上がろうとするも立ち上がれず、その場にしゃがみ込むように座る。


「セレナ。ごめんね。少しだけ、待ってて」

「セレナ……?婿殿?これは……どういう?」


ロナルドの疑問に説明している暇はない。セレナも今はそんな元気もないだろう。

ニコは戦場を改めて見る。魔物たちに囲まれている。

でもただそれだけだった。

ここにいる魔物は「あの魔物たち」ではない。異様な、あの不気味な奴らとは違う。


だが、長い連戦の末ここまで来たニコにこの魔物たちを倒すだけの武器が足りなかった。斥候という立場ゆえ、様々な武器を持ち歩いてはいるが、今はいわゆる弾切れ状態だ。唯一ダガーが一本だけ残っているが、これだけでは圧倒できない。


しかし、ここで諦めるわけには行かない。ここを越えねばライズたちを助けられない。


ニコはダガーを抜き放ち、戦場を駆けた。

ある時は首を、ある時は心臓を、魔物たちの息の根を次々に止めていく。


だがどれほど上手く扱おうとも武器には耐久限度があった。


ニコが猪型の魔物とすれ違いざまに腹を突き刺しに行くと、その勢いを殺せず、ダガーの刃の部分が持っていかれる。


「っ!」


舌打ちをするもこれ以上は打つ手なしだ。

一度迫りくる敵を持ち前の俊敏さで翻弄しながら一度引く。


「ニコ様!」

「婿殿!」


後方に戻ると立ち上がることができたセレナと渋い顔をしたロナルドに迎え入れられる。


「すみません。武器が尽きました。これ以上は――」

「武器があれば奴らを倒せるか?」

「それは?」


ニコの限界の意味を込めての発言を最後まで言えずに止められる。

ロナルドが自ら腰に下げた剣を鞘ごと外してニコの右手に握らせてきた。


「これは我がバルディス家に代々受け継がれた宝剣だ。婿殿。やれるな?」

「……」


ニコは剣を持たない。

かつて彼の剣は師匠も、ライズも救うことができなかった。

そんな剣では誰も救えない。かつてのニコはそう思い、剣士の道を捨てた。


だが、自身の()()()()()を気にして大きな後悔をするわけには行かない。

ニコはそう思い、目線を自身の最も大切な人へと少し向ける。


セレナは剣を差し出しているロナルドを驚愕の表情を浮かべて見ているようだった。しかしニコの視線に気づくと両手を口に当てながら大きく頷いた。


「お義父様。この剣借り受けます」


ニコはロナルドによって受け渡された剣を鞘から抜いた。

その刀身は透き通るように白く輝いている。


ニコは鞘をロナルドに返すと抜き身のまま、剣を構えると地面を蹴った。


前方で騎士を相手に大きな棍棒を振り上げているオーガに肉薄すると一振り。あっけなくオーガの身体は真っ二つになった。


「なっ!」


思わず声が出た。

確かに剣を手にした時、何年も握らなかった割には違和感は少なかった。だがこれはいくら何でも強すぎる。ニコはおそらくこの宝剣に秘密があると思うが、今は強い分には問題ない。


(これならいける!)


そんな決心をしたニコが戦場を圧倒していく、その姿はまるで演舞をしているかのように美しく、まるで嵐のように暴力的に魔物たちを飲み込んでいった。









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