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英雄殺しの勇者  作者: 紀春


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26/30

不気味な声

森の奥は、朝だというのに薄暗かった。

木々のざわめきが、少し不気味なほどうるさかった。


「やけに静かだな……魔物の声がしねえ」

「うん。気配はあるのに、姿が見えない……隠れてる。というよりは……」

「待ち伏せが?」


ライズ、ニコ、アスラそれぞれがこの異様な状況を訝しむ。


「空気中の魔力の質も少し普通とは違います。普通の魔素に、何か別のものが絡みついている。そんな気がいたします」


四人の中で唯一の魔導師であるセレナも怪訝な顔をしながら辺りを警戒する。

 

ロナルド率いる本隊は後方で隊列を整え、半月(ハーフムーン)の四人は先行して前衛を務めていた。

森の空気は重く淀み、土の匂いに、鉄のような、焦げたような臭いが混じる。


「……嫌な感じだな」


アスラが剣の柄に手をかける。ニコは自然とセレナを自身のの背中に隠れるようにする。その時だった。


「来やがったな!」


ライズの声を合図にするように左右の茂みが一斉に揺れる。飛び出してきた魔物のシルエットは見慣れたはずの魔物たち。だが、その大きさは明らかに異常だった。


「……ゴブリンですわよね?」

「デカすぎだろ!三倍はあるぞ!」


通常緑色であるはずの肌は黒ずみ、筋肉は不自然なほど膨れ上がり、目は血走っており、理性の欠片もない。

スライムも、ただの掃除屋とは思えないほど濃く、粘り気を増して蠢いてる。


「また()()()()か……!」

「文句を言う暇は無いようだな……来る!」


数は多い。だが、倒せない相手ではない。


「ライズ!右の大柄なゴブリンを頼む!」

「任せろ!」


次々と襲いかかる強化魔物の群れを、ライズの大盾が受け止め、隙を作ればアスラの剣が切り伏せる。


「セレナ!僕が止めるからお願い!」

「承知ですわ!」


ニコがダガーを投げるとそれを嫌った魔物は進路を変える。それを見越してニコは次々にダガーを投げ、敵の進行を誘っていく。

そこにセレナが火炎魔法を放ち次々に焼いていく。

 

一体一体は確かに強いが、連携は取れていない。ただの力押しだ。

ここまではまだ()()()()()の戦場だった。異変が訪れたのは、そのときだ。


「……待て」


すでに乱戦になっていたため気づくのが遅れたが、ライズは魔物の動きに違和感を覚える。

そんな時、正面から突っ込んできた大柄な狼型の魔物の首をアスラが断ち切る。

倒れたはずのその身体が、地面に叩きつけられた瞬間痙攣し、再び跳ね起きた。


「おい、今の見たか!?」

「ありえん!……首は確かに落としたはずだ!」


再生をしているわけではない。

ただ、朽ちかけた肉を外側から無理やり動かされている。そんな不気味な動きだった。


ビキ……ッ


突如四人は足元の土がひび割れるような感覚がする。

目に見える揺れではない。

それでも、地面の下から、何かが“染み出してくる”のが分かる。


「何だ?」

「嫌な感じだな」

「……魔力?」


ニコは顔をしかめる。森全体の空気が重い。肺が焼けるような息苦しさを感じる。

この中で最も魔力の強いセレナが苦しそうに悶え思わず倒れそうになる。慌ててニコが支えるも


「ニコ様……魔素が……おか……しいですわ」

「後ろに下がって!ここから先は――」


言い終わるより早く、森そのものが軋んだ。

木々が一斉にざわめき、地面から黒い靄のようなものが吹き上がる。


「なっ……」


靄は散らばった魔物の死体に絡みつき、まるで肉の中に溶け込むように吸い込まれていく。

死んでいたはずの魔物たちの身体が、再び痙攣し、ゆっくりと起き上がった。


「死体が……強化されて、立ち上がっている……?」


ニコの声が震える。

今度の魔物たちは、さっきまでよりもさらに一段、いや、二段階は上の気配を纏っていた。そのとき、森の奥――靄の中心から、声がした。


『……やはり、良いものですね』


穏やに。しかしねっとりとした声が響く。

男とも女とも取れぬその声は決して大きな声ではないものの戦場を支配していた。


『魔王亡き後、世界には悪感情が少ない。つまらない世界になりました。

ですが、そんな世界には飽き飽きなんですよ。どうですか?

倒したと思った魔物が立ち上がるその恐怖。皆さんの感情も素晴らしいですが、これが世界中で起こったら?

……それはとても素晴らしいものになるでしょう』

  

ライズは、無意識に腰の「赤黒い剣」に触れていた。

皮膚越しに、ぞわりとした感覚が走る。――似ている。この気配。()()()()()()だ。

 

『さあ。私に教えてください。このような状況の時。人はどのような感情を発するのですか?是非、絶望をお願いいたします』


姿はまだ見えない。ただ、そこに“核”となる存在がいて、周囲の魔物を玩具のようにいじっているのが分かる。


「悪魔か……?」

「……だね」

 

ライズの呟きに、ニコが一瞬だけ目線を向ける。

視線が交わる。その目には、同じ理解と、同じ恐怖が浮かぶ。


『さあ、狂え』


その一言とともに、森中の魔物たちが一斉に咆哮を上げた。魔物たちの筋肉がさらに膨れ上がり、目は完全に理性を失っている

暴走だ。スタンピードよりも恐ろしい魔物の波がこちらへと向かってくる。

ただ強いだけの異常はもう終わっている。

これは実力者揃いの半月(ハーフムーン)をもってしても耐えきれるのかわからない。


「全員、構えろ!」


ライズはいつも通り先頭を行くが、そこにいつもの気楽さはない。大盾を地面に叩きつけるように構え。何としても仲間を守ると覚悟を決める。

背中には、大切な三人の気配。

ニコ、セレナ、そしてアスラ。

彼らを守る。ここで守れなければ大盾を持った意味がない。


「あの日」ライズができなかった「守るため」の戦いが始まる。


「見ていてください。師匠」


ライズの呟きは戦場の喧騒にかき消された。

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