狼にご注意を
アスラを前に抱いてしばらくの時が流れ、ライズはやはり穏やかな心ではいられなくなった。
「なあ。アスラ。そろそろいいんじゃねーか?」
そう言って彼女に動くように指示を出す。
「嫌だ」
そんな提案をたった二文字で拒否されていまう。
「あのな。アスラ、一応さ。パーティとは言え節度を守ったほうがいいと俺は思う」
素直にどけとは言えず。ライズはどうにかしてアスラを離そうとする。
「お前は嫌なのか?」
そんな言葉が聞こえ、ライズの作戦は無事失敗に終わる。
「嫌とかそういうんじゃなくてよ……」
「ならいいではないか……とても心地よいぞ」
そう言うアスラにライズはなんと言っていいのかわからず黙る。彼女はもう異論はないな。とばかりに目を閉じとても穏やかな表情をしている。目を閉じたことにより強調される彼女の整った睫毛や、上から見てもわかる滑らかな鼻筋。そして少し口角の上がった唇がライズの心を惑わす。
ライズは静かに立ち上がった。
このままではまずいと。彼が立ち上がったことにより安寧を邪魔されたアスラが頬を膨らまし不満げにライズのことを見上げてくる。
「あのな。アスラ。いい加減自分が綺麗な女性であることを自覚しろ」
ライズはアスラに真っ直ぐ伝える。彼女は自信のことについてとても無頓着であり、普段の言動も相まってかなかなか容姿を褒められたことがないのだろう。ライズはそれを彼女に自覚させようとした。
「……?今何と言った?綺麗とそう言ったのか?」
驚くとも照れるとも違い何やら不思議な表情をするアスラを見てライズはやはり自覚はなかったんだな。そう思った。
「な、なぁライズ。私綺麗なのか?」
「ああ。そうだろ?鏡見てみろ」
「ふふふ」
(ふふふ?)
そう思ったのも束の間。アスラは興奮するようにライズに正面から接近する。
「ライズ!私は嬉しいぞ。お前に綺麗と言ってもらえて。なんだそうだったのか。私は綺麗なのか。ふふふ」
接近してきたと思えば目の前でだらしなく頬を染めるアスラを見てライズは頭を抱える。そういう反応を引き起こしたかったわけじゃないと。
「な、なぁどういうところが綺麗なんだ?なあ教えてくれよ」
ついにアスラがライズに詰め寄り彼の腕を持って教えろ。とぶんぶん振ってくる。ライズは自覚させてしまったことを早くも後悔していた。
「あのな?お前は綺麗だ。それはこの際もういい。」
「良くない!」
彼女の言葉を無視して続ける。
「だから気をつけろって言ってんだ。いいか?男は皆狼なんだぞ!」
ライズはそう言ってアスラを食べる振りをする。
するとアスラは今までの緩みきった表情をスッと消し、瞳に力が宿る。
「き、貴様!ライズの姿に化けた狼だったのか!私をさんざん弄んでおいて。覚悟しろこの狼風情が!」
そう言って立てかけてあった自身の剣を手に取るとその刀身を顕にする。
「覚悟しろ狼め、その首この白銀のアスラが頂戴する」
そう言って剣を振り被る。
あまりの状況変化に呆然としていたライズもさすがにこれはまずいと一撃をかわす。
ライズは今無手だ、防ぎようもなく都度都度かわしていくしかない。
「その顔でその動きをするな!」
アスラが鬼のような形相で上段斬りを仕掛けてきたところでその隙間を狙ってライズは体当たりをした。
二人が衝突しアスラが倒れそうになるが、ライズは彼女の体を傷つけまいとしっかりと抱きしめながら自身が下になるように倒れる。
「アスラ。俺だ。ライズだ!本物だ!」
そうアスラに言い続ける。アスラもまさか狼が倒れながらも自身を守ってくれるとは思わず闘志が薄れる。
「本物なの?」
その声はとても弱々しかった。ライズは自身が不用意に使った言葉を後悔する。だからこそ先ほどの自身の発言を否定する言葉を文字通り目と鼻の先にいる彼女にかける
「悪かった。実際に狼の男などいない。ものの例えなんだ。俺は人間。正真正銘ライズだ」
そう言うと彼女の目はどんどんと涙が溢れてくる。
「馬鹿!馬鹿ライズ!どうしてそういうことを言うのだ?私が、お前が狼になっていることにも気づけず。あまつさえ、お前を模った偽物に……」
ライズは泣いている彼女を慰めるしかない。不可抗力だが抱きしめて倒れている状況のため、それはとても容易にできた。彼女からかかる重さを支えながら、自身の両手で彼女の背中と頭を撫でる。
ようやく落ち着いたかと思うとアスラはライズの全身を確認するように触ってくる。少しくすぐったいような触り方でライズが身悶えていると
「本当に本物だな?見たところ耳も尻尾も牙もないようだ」
とまさかの身体検査を行っていたらしい。そこまで信用ないかと、ゆっくりと身体をおこしながら言う。
「お前さすがに純粋すぎるだろ。狼はものの例えだって言っただろ?」
「それは……だが、自分で確認しないとな。嘘をついているかもしれないじゃないか」
そう言って必死に食い下がるアスラにライズは思わず吹き出す。そんなライズを見て
「お前が!狼とか。そういう紛らわしいことを言うからだぞ!」
そう言ってフシャーっと猫のごとく襲いかかってきた。必死に暴れる彼女を抱きすくめるもなおも暴れ回る。
「いい加減にしろ!」
仕方なしにライズは彼女の脇腹をツンとくすぐった。
「きゃっ!」
なんとも可愛らしい悲鳴をあげ、腕の中でアスラは大人しくなる。そんなアスラを見てライスはもう一度伝える。
「アスラ。お前は魅力的な女性であることをちゃんと自覚しろ!さっきもそう言っただろ?」
あえてライズは彼女に再度自覚を促す。先ほどよりも個人的主観が入っている気がするが、それは言葉の綾だと内心言い訳をする。だがアスラはアスラで
「私って魅力的なのか?え?本当に」
と満更でもないような顔でニヤニヤしている。
また失敗した。そう思ったライズは実力行使に出た。
「なあアスラ?狼ってのはものの例えだと言ったよな?その意味を俺が教えてやるよ!」
ガオーっと襲いかかるふりをして彼女の上に覆いかぶさるとそのまま全身をくすぐりまくった。
「ばっ馬鹿!あはは、やめろ!くすぐるな!わ、わきはやめろ!きゃはは、ライズ!一旦。話し合おう。わかった。わかったから。きゃー」
この日アスラは狼の恐ろしさを全身で思い知らされることになった。




