迷惑だとは思わない
街道に陣を敷いて日が傾いてきた頃、山の奥へ行った冒険者を除き、戻ってきた冒険者たちは辺境伯らと共に協議をしていた。
各冒険者のリーダーが呼ばれ、この場所に集まっていたが、何故か半月からはニコが呼ばれていた。
というのもライズが基本的に口下手なのに加え、周りの冒険者からも実質のリーダーがニコだと思われており、招集がニコのところにかかってきたというわけである。
「皆の報告を聞くと、やはり普通ではないようだな」
各々の報告を聞き終え、辺境伯が発言する。
というのも本来この街道にはゴブリンや森の掃除屋と呼ばれるスライムがたまに出現する。といったように基本的に安全な場所だった。
もちろん森の奥にはそこそこ強力な魔物もいるが、ライズたちが戦っていたデススパイダーなどは本来出現しないのだ。
「何が起こっている?」
辺境伯の言葉に一人の冒険者が発言する。
「俺たちはこの辺を往復するような護衛依頼をよくしますが、先月なんかはこんなに魔物がいなかったですぜ」
そう。魔物の種類も問題なのだが、それよりも数が多いのだ。確かに街道まで降りてくるものは少数だが、少し森に入った途端にその数が膨れ上がる。実際ニコも昨日だけでかなりの数の魔物を屠った。
さらに別の冒険者が
「なんでしょうか。その魔物が一段上にいるような気がいたします」
と発言したことで「確かに」「それなら辻褄が」「だからあいつが」と口々に賛同しだした。
つまり本来出現する魔物が協力な個体へと変わっているというわけだ。例えば本来小型の魔物が大型になっている。という事例やゴブリンがボブゴブリンになっている。そういった感覚が彼らにはあった。
「魔物が進化している?」
その呟きが誰のものだったかはわからない。だがそれがこの場において皆が納得する正解であることは誰の目にも明らかだった。
「一度このあたりを封鎖する。原因はおそらくこの森であろう。」
辺境伯はこう宣言する。おそらく最近の異常はこの森が原因であると断定し、明日山の方へ向かった冒険者の報告を聞き次第。この森を徹底的に調査することを指示した。
しばらくの会議の後辺境伯が豪華なテントに戻る頃には空に月がしっかりと輝いていた。
会議を終えたリーダーたちは、焚き火を囲み軽く食事を取りながら情報交換を行っていた。ニコもまたその席におり、他の冒険者の話を聞いていた。
「ニコ。お前んとこは昨日何が出た?俺んとこはキングゴブリンまでいやがったぞ!軍勢引き連れてよ、マジでヤバかった」
「それは、よく無事でしたね。キングゴブリンなんてめったに出ないのに」
ゴブリンは普通小規模では群れるが大規模にはならない。だが、キングゴブリンのような絶対的な存在がいればまた別である。彼らは徒党を組み、さながら人間の軍隊のように個ではなく軍で攻めてくる。
「ああ、俺たちのパーティだけじゃ下手すりゃ死んでた。合同だったから何とかなったが何人か怪我はしちまったよ。なあ?」
そう言って彼が周りの冒険者に目線をやると同じエリアを担当していたであろう人たちも同意するように首肯する。
「でもよ。お前んとこは大盾に白銀、そこにお前と辺境伯の娘までいたんだろ?楽勝そうだよな。羨ましいぜ」
そう言って肩を叩かれる。ニコもまあ確かにキングゴブリンは出ませんでしたからと相槌を打ちつつ。
「でもあれなんですよ。問題はそのセレナ様なんですよ。」
そう話し始めると、周りの冒険者の注目が集まってくるのがわかる。皆セレナのことが気になるのだろう。やはり、あれだけ可愛ければそうか。とニコは思いながら続ける。
「魔物が出ると、いましたわー。とかいって後衛職にも関わらずどんどん前に行っちゃうですよ。その度に僕がその前に滑り込まなきゃいけなくて。
注意したってまた、あっちですわー。とかいって飛んで行っちゃうしでめちゃくちゃ大変なんですよ。
ようやく落ち着いたとき。僕は思わず言っちゃいましたよ。心臓に悪いからやめてくれ。って。そしたらなんて言ったと思います?ニコ様がいるから大丈夫です。だってさ……そんなこと言われてもじゃないですか。怪我なんかさせられませんからね。
大体うちのパーティは兄貴にしたってアスラさんにしたって癖がありすぎるし、おまけにセレナ様まで来て、僕は本当に大変で、保護者じゃないって言うのに……」
長々と愚痴を言っていてニコは周りの空気に気づいていなかった。ニコが周りの空気がおかしいのに気づいたときにはニコの目の前で涙を浮かべながら何かの肉の串を持ったセレナがいた。
「二コ様……」
そう消え入るように呟くと、肉の串だけ渡して走り去ってしまった。
「セレナ様!?これは!ま、待ってくださーぃ!」
慌てて追いかけるニコを見て周りの冒険者は苦笑し「ニコは大変だな」そんな呟きの声を置き去りにしてニコは全速力で彼女を追った。
全力の疾走にも関わらず追いつけないセレナは暗がりに入ると一人しょんぼりと座り込んだ。
影のニコと呼ばれるニコですら彼女を追いかけるのにかなり手こずったあたり、セレナは魔法を使いながら逃げていたことがうかがえる。
遠くでは、焚き火がぱちぱちと音を立てているだけだった。なんと声をかけたらいいかとニコが迷っていると
「ニコ様?」
とセレナが消え入るような声で尋ねる。
「私は……いらない子ですか?すぐに突っ走って。ニコ様も先ほど迷惑だって仰ってました。」
「セレナ様……」
「頭ではわかっているのです。私は魔術師。敵の前に出るものではないと。だからお父様もお許しを下さらなかった」
そう言ってニコを見る彼女の瞳にはあの時感じた戦士はいなかった。
「あの時……ニコ様がお父様に、私を守ると、宣言してくださった……。あの時……っ、私は……本当に、嬉しかった……。
……っ。だから。今日も、ちょっとだけ……張り切りすぎてしまいました。……それでも、ニコ様は、また守ってくだいました……。だから、私……嬉しかったのに。
……それが、迷惑だったなんて……。
(声を震わせないように唇を噛んで)
……っ、……ごめんなさい。……うっ、……ごめんなさい……っ。」
泣かぬようにと意思を見せながらも、泣きながら謝るセレナにニコは自分の軽弾みな発言を悔いた。
(本当に迷惑だったのだろうか。そんなはずはない!自分を殴ることはいつでもできる。だが今この泣いている少女をこのままにしていいはずがない!)
「セレナ様。僕は……セレナ様と一緒に戦っていて楽しかったですよ。確かに心臓に悪いと思いました。だからできればやめてほしいと注意もしました。
でも!迷惑だとは思ってません。本当です。だって僕言いましたよ。辺境伯様の前で。君を守るって。だから、ごめんなさい。セレナ様を傷つけるつもりはなかったんです。僕は、僕はセレナ様の元気な所とか、責任感のあるところとか凄く良いなって思ってます。だから……」
慰めるつもりが最後の方はなんか半分告白みたいな感じになってしまっていたが、ニコは自分の不器用さに情けなくなる。もっとうまく言えないものだろうかと。
ニコの言葉を聞いてセレナは下を向きながらニコの方にゆっくりと近づく。そのまま彼の胸に頭からぶつかって止まる。突然の距離に慌てるニコに。
「セレナ」
「え?」
「セレナと呼んでください。」
急に始まった謎の呼び捨て許可にわけもわからずニコは
「セレナ」
と呼んでみる。すると下を向いていた彼女がニコを見上げてくる。
「もう私を悲しませないでください。だからセレナと呼ぶこと。これはニコ様への罰ですからね!」
その時のセレナの顔は夜の闇にまみれてよく見えなかったが、彼女の纏う雰囲気に
「わかったよセレナ」
そう言って彼女をゆっくりと抱きしめた。




