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006-傷痕は心に刻まれて

気が遠のきかけたその瞬間だった。

坂本が静かに体を沈め、私の奥深くへと――。

「あっ……!」

喉の奥から漏れた声は、まるで断末魔のように長く、そして哀しかった。

鋭く引き裂かれるような痛みに、背が自然と反り返り、指先が震えた。頭の中が真っ白になり、世界の輪郭が曖昧になっていく。

坂本も、その異物感に顔をしかめた。まるで彼の中の何かも引き裂かれたかのように、ぴくりと震える。

私の額から汗が流れ、涙と混ざって頬を濡らした。

「いたい……やめて……もう、いや……出てってよ……お願いだから……」

懇願の言葉を繰り返す私の声はかすれ、掠れて、それでも彼には届かない。

坂本はただ静かに、そして機械のように和服の合わせをほどき、その手を私の胸元へと伸ばした。

紅に染まったその小さな突起に触れられるたび、羞恥と痛みが絡まり、息が詰まりそうになった。

「……少しだけ我慢してくれ。今だけだ、もうこんなこと、二度としない」

そう言って、汗に濡れた私の前髪をそっとかき上げる。

その手つきだけが妙に優しく、心を混乱させた。

「俺が楽しいと思ってると思うか? こんな風に君が泣いてるのに……渡辺さん、君は俺を罰するために生まれてきたのかもしれない」

「……私は、いつ、あなたを求めたの……?」

言葉にならない問いが口をついて出た瞬間、彼は唇を塞ぎ、腰を打ちつけてきた。

私はもはや声も出せず、ただうめくような音が喉から漏れる。

手で彼の胸を叩いても、その動きは止まらない。

「認めないのか? これだけ絡みついて離れないくせに」

私は泣きながら首を振った。

「大嫌い……ほんとうに、もう、いや……」

彼の動きに合わせて、体が上下し、熱を帯びた絹の寝具が肌にまとわりつく。

頭を深く枕に沈めたとき、ふわりと香水の匂いがした。

あれは、仁野愛子の香り?それとも、別の女のものか――

どちらにせよ、彼に抱かれるとき、彼女たちはこんなに痛がったりしなかったはず。

きっと、幸せそうに目を閉じていた。

私は、違う。

私は、歯を立てて彼の腕を噛んだ。

血の味が口の中に広がる。

でも彼は怯まなかった。

むしろ、私の反抗が彼をさらに深く突き動かした。

額から落ちる汗が私の胸に滴り、熱い火傷のように焼きついた。

「殺してやりたい……本当に……でも……それでも……死んでほしいとは思えない……」

憎しみと、どこかに残る愛しさ。

その矛盾が私を引き裂く。

だからこそ、彼は満足げに笑うのだ。

熱がじわじわと肌の奥へ染み込んでいくようだった。

体が重く、柔らかく溶け出していく。

背骨の奥――尾てい骨のあたりから、小さな電流のような痺れが這い上がり、脳裏をかすめた。

なぜ私は、この男に心を攫われたのだろう。

なぜ、この業火のような男が、私の人生に入り込んできたのだろう。

ほんの一瞬、意識が揺らいだ。

その瞬間、口から漏れた小さな声――蚊の羽音のようにか細く、けれど確かに彼の心を引っかいた。

「声を……出せよ」

坂本の低い声が耳元で囁く。私は無視した。

唇を強く噛みしめ、痛みで意識を保つように。

すると彼は上体を起こし、私の腰を掴んで再び深く突き入れてきた。

「……叫べって」

肺が空気を求めて震え、私は息を吸い込んだ。

それでも声にはならない。

喉が閉じたまま、無音の喘ぎだけが続いた。

彼はもう分かっていたのだ。

私の限界も、痛みのしきい値も――そして、快感の陰に隠れた微かな反応も。

動きが激しさを増し、私の中に響く音が部屋の静寂を破った。

喉から漏れた断片的な声は、自分でも知らないうちに、彼の焦燥を煽っていたのかもしれない。

「……初めてなんだろう? 分かってるさ。痛みばかりで、気持ちよさなんてあるわけない……」

彼はそう呟きながらも、乱暴にはならなかった。

もう、容赦する気力すらなかったのかもしれない。

ちょうどいい角度を探し出すと、そのまま一つの動作を丁寧に、ただ繰り返すように――。

しばらくして、どろりとした温かいものが私の肌に飛び散った。

白く、濁った液体が、私の腹部と朱い和服に痕を残す。

私は目を閉じたまま、体の奥がまだ痙攣しているのを感じていた。

けれど、そこにはもう光がなかった。

ただ、震えだけが残っていた。

熱にうなされるような、しぶとく続く余韻。

坂本はしばらく私の上に伏せたまま、息を整え、やがて身を起こした。

私の頬を、まるで子どもを慰めるように軽く叩き、立ち上がる。

暗がりの衣桁から、丁寧に畳まれた白いシャツを取り出す。

それを羽織り、ゆっくりとボタンを留めながら、背中越しに言った。

「少し休め。夜になったら、俺と一緒に下鴨へ戻るぞ」

――夜?

そんな時間はとっくに過ぎたと思っていた。

私はもう、一世紀くらい時を越えてしまったような気がしていた。


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