015-奪われた平穏
「まだ他人に言われるまでもないでしょう……あなたがあんなことをしたんだから!」
涙でかすんだ目で彼を睨みつける。まるで怨念を込めるように、全ての憎しみを彼の心に叩き込もうとするみたいに。
「坂本さん、あのマンションを私にくれたらどう?せめて私のものになるでしょ。誰も入れないし。私は汚いのも嫌だし……気持ち悪いのよ……」
震える声で、でも歯を食いしばって言った。
彼は黙ったままだった。まるで言葉を詰まらせたかのように。話すべき言葉はたくさんあるはずなのに、どの過去のことから話せばいいかわからないみたいだった。しばらくして、彼は手を伸ばし、乱れた私の髪を優しく整え、低い声で言った。
「渡辺さん……俺はただ、お前が欲しかっただけだ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中の力がすっと抜けていった。怒りも意地も、すべて消えてしまった。涙が止まらず、溢れ出した。
「俺と一緒にいたくないなら、寺町まで送ってやる。渡辺家に帰れ」
「送らないでって言ったでしょ!」
俯いて涙を拭いながら数歩歩き出した。
すると突然、彼の怒声が響いた。
「渡辺さん!」
その声は、どこか深い恐怖から絞り出されたようだった。振り返る間もなく、強く引っ張られた。
「バンッ!」
爆発音のような銃声が賑やかな街の中に鳴り響いた。あれは爆竹でも機械でもなく、本物の銃声だった。
私は彼の胸に抱きかかえられ、ほとんど膝から崩れ落ちた。彼の心臓が背中に激しく打ちつけられ、硬い腕が私をきつく包み込む。
「理光!」と叫んだ途端、彼は私を引きずるように車へ走り込み、車内に押し込んだ。
窓の外には見覚えのある影がぼんやり映ったが、見る暇もなく彼に押さえつけられる。再び銃声が鳴り響く。バンバンバン……弾が車の扉を叩き、鉄板が震え、金属が裂ける音が耳に刺さった。
怖くて叫び声をあげながら、目を開けていいのか分からなかった。
坂本理光が銃を撃つなんて、知らなかった。
それ以上に、彼が私の前に立ち塞がり、命をかけて守ろうとしたことが信じられなかった。
銃撃戦は一、二分ほどだったと思うけど、私には一生のように長く感じられた。
やっと目を開けると、耳には警察のサイレンと逃げ惑う群衆の足音だけが響いていた。
私は呆然と座り込み、動けなかった。手のひらはべたついていて、温かい何かが流れている。顔を下に向けると、血だった。
そっと顔を拭うと、それは確かに血だった。でもその血が、誰のものかは分からなかった。
坂本さんも車の中に入ってきた。
彼の目は漆黒に輝いていたが、疲れきっていて、まるで一睡もできていないように痩せこけて見えた。低い声で尋ねる。
「どこか痛いか?」
私はしばらく言葉を失い、震える唇でやっと答えた。
「大丈夫……痛くない……」
彼は何も言わず、目を閉じて安堵したようだった。
私は何も考えられず、つい口をついて出た。
「中山が……見たの、中山が撃ったの……」
言い終えた瞬間、後悔が押し寄せた。
何も考えずに、ただ咄嗟に言葉にしただけだった。目は怯えた鳥のようにキョロキョロと動き、ふと彼の額に冷や汗が浮かび、肩のスーツには大きな血の染みがあった。深海の墨のように濃く染まっている。
私は一瞬で動揺し、息が詰まった。