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第8話 ふぎゅぅっ先生だけノーダメってズルくないですか!?

地面はゴツゴツしていて、膝も手のひらも痛い。

石が尖ってるし、肘も地味にダメージが積もってくる。

 

「……これ、方向あってます?」

 

「あってる」

 

先生の声は、いつも通りの無機質トーン。

前を行くローブの裾が、ちらちらと視界に現れては消える。

 

それにしても――

どうして先生、あんなにスルスル進めるの?

体格的には絶対あたしの方が有利なはずなのに……!

 

「……先生、もしかして、体やわらかいんですか?」

 

「は?」

 

えっ、なんなの? 美人チートかな? ズルくない?

とか文句を言いながら、這い続けていた、そのとき――

 

「……ん?」

 

手のひらに、違和感。

ガサガサっとしてて、でも部分的に、むるっ……とした、明らかに岩肌とは違う手触り。

ガサガサの中に手が沈む。

これは……、団体。

 

「――――え?」

 

ぴくり、と感触が跳ねた。

 

「とっとっとっと……とげっ、むるっ……なに!?

なに今の!? え、まって、まってっ!!

蟲!? 蟲いた!? いやっ、ちょ、せ、先生えええええ!!」

 

洞窟内に、情けない悲鳴が響き渡る。

 

「落ち着け」

 

「落ち着けるかあああああああ!!」

 

先生は前方でちらりと振り返っただけだったけど、

その目は明らかに「害はない」と言っていた。

「虫くらい、いて当然だ」かもしれない。


くっ……言い返せない。

でも! でも! 手ぇ洗いたいっ!

この狭さで変な虫とかほんと、やめてほしい……!

 

……って、言ってる場合じゃなかった。

だんだん、空気が変わってきた。

 

冷たい。ぞくぞくする。

狭い通路の先から吹き込んでくる風が、さっきよりもずっと鋭い。

岩肌をすり抜けてくる空気が、肌を斬るようで――鳥肌どころか、体の芯まで冷えきっていく。

 

「……陽の光、浴びたい……太陽が恋しい……」

 

ぶるりと震えながら、ぼそっとつぶやいた。

太陽。あったかい太陽。干したてのふかふか毛布。あと温かい紅茶と、湯気。

いまはそんなの、どこにもないけど。

 

真っ暗すぎて、上下の感覚もなくなってきたころだった。

這う手に感じた空気が、ふいに変わった。

 

――あれ、空気が、動いてる?

 

湿った冷気の中に、わずかな乾いた風が混じる。

息をのんで、もう一度手を伸ばす。

ゴツゴツした岩の感触が、すっと消えた。

 

「――っ、外……!」

 

視界の先が、ほんのり明るい。

もぞもぞと体を押し出すように進んで――ようやく、抜けた。

風が、ふわりと頬を撫でる。

今までの鋭さが嘘のように、やわらかい。

温かい。

太陽だ。

 

「……やった……!」

 

地面に両手をついたまま、そのまま草の上に崩れ落ちる。

仰向けになって、空を見上げた。

広がるのは、どこまでも深い青。

にじむような雲と、まぶしい太陽の光。

冷えきっていた体に、じんわりと熱が戻ってくる。

まるで――光に抱きしめられているみたいだった。

目の奥が、じわっと熱くなる。

 

「先生……無事で、よかった……」

 

顔を横に向けると、先生が静かに立っていた。

疲れた様子ひとつなく、淡々と周囲を見回している。

現在地の確認でもしているのか、目線は地形や空の方向に向けられていた。

 

それよりも――

ぴたりと乱れのないローブ。ひとすじの埃すらついていない。

本当に、あの地獄みたいな洞窟を一緒に通ってきたんだよね……?

あたしだけ、罰ゲームでも受けてたの?

 

「その……すみません、洞窟……奥に入りすぎちゃって……」

 

少し俯いて謝ると、先生はちらりとこちらを見て、ぽつりと呟いた。

 

「……時間旅行をしてきたような気分だったな」

 

「――え?」

 

「悪くない。景色も珍しかった。

俺ひとりだったら、天井吹き飛ばして壁登って終わりだったしな」

 

「……えっ、それって」

 

先生はふっと口元をゆるめた。笑った、ような気がした。

 

「得難い体験だったな」

 

 

「ふっ、じゃないんですけどーーーッ!!」

 

……ったく、何なのあれ!?

あの黒い、うねうねした、あたしの最大の天敵!

 

「ていうか先生っ! さっきの……あれっ! 絶対、先生の仕業でしょ!? 

あれで人を助けるとか、センス最悪すぎるんですけど!!」

 

先生は、ちらりともこちらを見ずに、静かに言った。

 

「……何のことだ?」

 

「嘘つけーっ!! あんな都合よく動くあれ!

そこら辺にいるわけないでしょ!! 

ぜっっったい、面白がってたでしょ!? 忘れないからね!?」

 

返事はなかった。

でも、すれ違いざまにほんの少しだけ、先生の肩がゆれたような――気がした。

これって、 、あたしだけが罰ゲームじゃん……。

 

でも、その隣にいる彼の静かな横顔を、エリセはもう一度だけ、こっそり見上げた。

ほんの少しだけ近づいた気がするのは、たぶん気のせいじゃない。

それでも、ふたりの足取りはまだぎこちなく、無言のまま並んで歩き続ける。

やがて、空の色がじわじわと沈みはじめた。

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