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第76話 展示会打ち上げ ―『置き逃げ被害報告書・第一号 』

展示会の後片付けが終わる頃には、もう夕焼けが街を包んでいた。

各国の技師たちはそれぞれの馬車や転移装置に荷を積み込み、

祭りのようだった会場も、今はただ静かな風の音だけが残っている。

「え? ラゼルさんと一緒にいた黒いローブの魔術師さん?」

オルディアの若い技師が、エリセの問いに首を傾げた。

「さぁ……ラゼルさんと先にオルディアに向かったって思うけど。

 イリディアさんの代わりに護衛してもらうって聞いたけど?」

その瞬間、エリセの表情が、ぴしりと固まった。

胸の奥が、わずかにざわついた。

――何も言わずに行くなんて、そんなはずない。

展示会の打ち上げは、思った以上に盛り上がっていた。

賑やかな店内。香ばしい肉の匂いと、グラスのぶつかる音。

エリセは、久しぶりに肩の力を抜いて笑っていた。

ユフィもカークもフレイも、皆、達成感に満ちていた。

「エリセの先生、今日見かけなかったよね。

 術規の女の子たち、すっごい探してたよ」

ユフィは、揚げポテトを一本つまみ上げ、杖みたいに振りながら言った。

――その言葉が、場の空気をぴたりと止めた。

「……一言もなしってありえないよね」

グラスを置く音が、カシャン、と高く響いた。

エリセが眉をひそめて、ストローをぐるぐるとかき回す。

「え、えっと……何が?」

ユフィが気まずそうに笑う。

「ネイムさんと一緒に出国したの。

 あたしに一言もなしで」

エリセが身を乗り出す。声のトーンが上がった。

「あぁ!なるほ……いや、その、忙しかったんじゃ――、

ほら、普段も見かけないことが多かったし」

「そもそも、ネイムさんが連れてきたから……

 ネイムさんと一緒にいなくなってもおかしく……ない。」

エリセがグラスを勢いよくテーブルに戻す。

カシャン、と再び氷が鳴った。

「でもねぇ! あたしとだって、知らない間柄じゃあるまいしっ!?

 ちょっとくらい“行ってくるね”の一言言えないの!?

 “また来る”とか、“元気で”とか、言葉あるでしょ!? 人間なら!!」

「え、あいつ……人間か?」

「人間よ!!

目も耳もふたつで、口も鼻もひとつずつ!

手足の数だって指だって同じ!

……ちょっと整ってて、声がよくて、言葉が少なくて、

それでなに!? 人の心を置いてくのが人間じゃないって言うの!?」

「……(フレイ、無言で酒をあおる)」

何も聞こえなかった。

聞かなかった。

聞こえなかったことにした。

彼はそれを、飲み干す技術で誤魔化すことに長けていた。

そして運がいいことに、ここで毎回火消しを失敗するくせに介入してくる強者がいた。

「お、おい落ち着け、エリセちゃん……論点ずれてるぞ……」

「カークは黙ってて! あんたにわかる!? あの“背中の置き逃げ”の破壊力!!!」

「“背中の置き逃げ”って何だよ!?」

「振り返らないのよ! 一回も! “どうせまた会う”みたいな顔して!!」

「……いや、語彙(ごい)が強いな!?」

ストローをくわえたまま、ジュースを一気にあおぐ。

ユフィは、口をもぐもぐさせながら小声で呟いた。

「……それは怒るやつだ」

「あの顔だけでもずるいのに。

 あんな静かな目で、“全部見えてます”みたいな顔して! こっちは毎回バグるのよ!!!」

「……あの、エリセ?」

ユフィが恐る恐る口を挟む。

手には、いつのまにかポテトが一本。杖みたいにくるくる回している。

「その……先生って、実は特別な人——?」

「違う!!!」

椅子が軋む。

「そういうのじゃないの!!!

 でも!別れの挨拶は恋人以外でもするでしょ! 省くなんて!!」

「……ん?」

(時と場合によっては省くこともあるよね)

——ユフィは言葉を飲み込む猛者だった。

「“関係が壊れた”わけでも、“進んだ”わけでもなくて!

 ずっと“省略OK”のままなのよ!?

これって“恋の地獄”よね!!!

恋じゃないけど!!!」


(((なんだろう。結局、素地に『恋』があるようにしか聞こえない)))



酒場の奥で、誰かがふはっと笑った。

エリセはそちらをぎろりと睨む。

「エリセ……ネーミングセンスあるな」

「褒めてない!!!」

「なに笑ってんの! 笑いごとじゃないんだから!!

 またよ!? また置いてかれたのよ!?」

「……また、って前にもあったのか」

カークが、半ば呆れたように尋ねた。

「前はもっと酷かった!! なんの前触れもなく――名前だけ言って、突然背中押して!! 別の場所に転送!!」

「……は?」

カークが目を丸くする。

「どこに対して突っ込んだらいいのかわからんが、人を転送って、そんなことできる魔術師がいるのか!?

 普通、荷物だけだろ!? 重くなればなるほど膨大な魔力が必要になるって、展示会のときだって言ってたじゃないか!」

確かに、展示会で使われた転移装置は、壊れやすい軽量物の回収が限界だった。

人間ひとりを“無傷で”転送するなど、まず不可能――常識では。

「うん、だから余計にムカつくのよ!!」

エリセはテーブルを叩く。

「そんな非常識なことを“当たり前”みたいな顔してやるんだから!!」

「……つまり、あんたを抱えて転送したってこと?」

「背中を押されて、気づいたらルザリオ王城の前に一人で立ってたの!

 “だいじょうぶ、きっと君なら行ける”とか言い残して消えるの! だいじょうぶじゃないっつーの!!!」

隣のユフィが、肩を震わせて笑いをこらえつつポテトをかじる。

フレイは腕を組んで、しばし考え込む。

さっきまでの騒ぎとは別のところに、引っかかっている様子だった。

彼は腕を組んだまま、グラスの縁を指で叩いた

「……名前を言ったって、今お前言ったか?」

「え?」

「魔術師ってのは、名前をそう軽々しく言わねぇんだ。」



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