第72話 どう考えても見えたらダメなヤツ
ヴァレクシアの展示区画を抜けると、金属音と魔力の唸りが次第に遠のき、
代わりに笑い声と拍手が混じる明るいざわめきが耳に届いた。
ひんやり張り詰めていた空気が、ふっと緩む。
熱気と香辛料の匂いが入り混じった、人の温度を帯びた空気だ。
(……ずいぶん賑やか。次はどこの国の展示だろう?)
通路の先では、色とりどりの布飾りと魔力照明がまばゆく輝き、
ひときわ人だかりができていた。
看板には《南方同盟商会連合 恋愛・交渉補助魔術具シリーズ》の文字。
(……あ、やっぱりちょっと嫌な予感してきた)
エリセはそっと足を止めた。
展示台の中央では、男女のカップルが金縁の眼鏡を掛け合っている。
《好感度可視化眼鏡——あなたの心を数値化します!》と書かれた札が、誇らしげに光っていた。
最初は和やかだった。
「わぁ、ちゃんとハートが浮かんでる! 三つもあるよ、ほら!」
「はは、君こそ四つじゃないか」
周囲からも拍手と歓声が上がる。
営業担当の青年は、南方同盟らしい派手な刺繍入りの上着を羽織り、
日焼けした肌と白い歯のコントラストを惜しげもなく——これでもかと見せつけていた。
「はい! 本製品は相手の好意を正確に可視化し、
恋愛だけでなく、商談・外交の場でも活躍まちがいなしです!」
軽やかにウインクし、さりげなく女性の手を取った。
エリセは思わず眉をひそめる。
(……絶対この人、自分の好感度も測らせたことあるわね)
「……ちなみに、僕が見た限りでは、こちらの淑女の“恋愛指数”は非常に高いですね。
実にロマンチックだ」
「え、あ、ありがとうございます……」
女性は苦笑しながらも、どこか引きつった笑みを返した。
その瞬間、彼女の眼鏡のレンズがぎらりと光り、浮かんだハートが——一つ、減った。
「え?」
男の笑顔が固まる。
「……今、減った?」
「減ってないわよ!? 減ったように見えただけよ!」
「いや、確実に一個消えたって! なんで今このタイミングで!?」
「うるさいわね! あんたが疑うからでしょ!!」
観客の笑いがどっと広がる中、営業担当が必死に説明を試みる。
「あ、あの、これは一時的な感情の揺れ幅を反映しているだけでして!
愛が冷めたわけでは——決して!」
が、その声は女性の絶叫にかき消された。
「つまり私の愛は“一時的に冷めた”ってこと!? 誰のせいで!?」
「ち、違うんです! 仕様上そう見えただけなんです……さ、再起動すれば全部解決しますっ、知らんけどっ!!」
青年は展示台の上で正座し、観客から「がんばれ営業マン!」と拍手が起こった。
ハートは一つ、また一つと点滅を繰り返し、最後には0になった。
女性が眼鏡を投げ捨て、男は呆然とする。
「すみませんっ! 魔術具の性能保証はできても、愛の責任までは取れません!!」
土下座する営業担当の背後で、ハートのホログラムが「0」のまま点滅を続けている。
観客席からは拍手と笑いが混ざり合い、
南方同盟の展示区画は今日も平和な混沌に包まれていた。
エリセは静かにその場を離れながら、心の中でぼそりと呟く。
(……さっきの親子鑑定と同じ匂いがする……)
(オルディアも大概だったけど、南方同盟も別の意味で地獄だな……)




