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第67話 星の摂理もわりと適当

「あの……図案……」

エリセの声が震える。

視線が、地面を這いじゃれあう二匹の蛇にくぎ付けになる。

頭の中で、点と点がつながる感覚。

(まさか……この二匹……あの双蛇の紋の――)

息を呑む彼女の隣で、フレイが反射的に剣に手をかけた。

だが、刃は抜かれなかった。

ツィグナトの眼差しが、一瞬だけ彼を制したのだ。

その双眸には、氷のような静けさと、確かな“認識”の光が宿っていた。

ツィグナトは目を伏せ、わずかに思案するような間を置く。

そして、いつもより少しだけ柔らかな声音で、エリセに問う。

「――今もなお、《それ》の封印紋の変更を俺に望むか?」

「……うん?」

問いの意味を掴みかねるエリセの前で、ツィグナトは白い指を伸ばした。

紅蓮の牙をはめた彼女の手首を、下から静かにすくい上げる。

その仕草はまるで、儚いものを扱うように慎重で――けれど確かに、どこか優しかった。

ふいに、心臓が一拍遅れて跳ねる。

手首に伝わる体温が、やけに近い。

(……な、なにこれ。え、ちょっと近くない? 先生の手、冷たいのに熱い……!)

「お前がこの()()を受け入れたなら――封印図案を変えずとも、成り立つ……かもしれん。

星の摂理も、案外粗雑なところがある。」

「……粗雑……」

(この雰囲気で言うことそれ!?

なんでそんな色気づいた声で“粗雑”とか言うの!?)

どぎまぎの余韻も一瞬で吹き飛び、エリセは自分の鼓動が無駄に早まっていたのを呪いたくなった。

「その誤差を突けるのなら……」

エリセのうめき混じりの声も、ツィグナトの言葉も、光のざわめきに呑まれていく。

空気がひりつき、遠くで――あの工房で聞いた鐘の残響が、微かに空を震わせた。

その意味を考える間もなく、エリセはぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「……よくわかんないけど。先生のペットの、この子たちなら――まあ、いいよ?

っていうか先生、そんなことより……なんで人が蛇に変わったの!?」

彼女の声が弾んだ瞬間、遠い残響は空気を裂くほどの轟きへと変わり、世界を震わせた。

ラゼルの手袋から、黒い靄がじわりと滲み出す。

「っ……!」

ラゼルは指先を強く握り、肩に力をこめた。

次の瞬間、周囲の空気がざらりと震える。

粉雪のように細かい光の粒が舞い上がり、星の欠片が弾けるように煌めいた。

それは美しかった。

けれど同時に、あまりにも冷たい。

――世界を凍らせるほどの静謐な力が、その奥に潜んでいた。

そして、鐘の音にも似た声がひとつ、夜に溶けていった。

――定命の声は、今ここに叶えられた。

白と黒、二匹の蛇を受け入れた彼女の純粋さが、封印図案の変更不要を示す。

光の粒子がラゼルの指先で渦を巻き、

――魔術具使用権限の移行――は、静かにほどかれていった。

ラゼルは微かに口角を上げ、ほっと息を吐く。

その傍らで、エリセとフレイは口も目も開いたまま、完全に固まっていた。

風が止まり、時間の音すら遠のく。

光の粒が舞い降りる中、理解が追いつかない。

ただ、胸の奥で何かに「触れられた」ような感覚だけが残る。

恐怖と畏敬が同時に押し寄せ――人としての常識が、音を立てて崩れていく。

すがるように、エリセはツィグナトの横顔を見上げた。

けれど光の残滓の中でその横顔はどこか遠くを見つめている。

一瞬、胸の奥がざわめいた。


かつて、この場所と向こうの境界の地に聳え立つ石造りの巨大な門の前で

彼が光路を開いたときの姿が、ふと重なる。

(……先生……?)


しかし、光りが収まり、夜が戻ると——一瞬で全てが現実に塗り替えられた 。

煌めく星のかけらも、鐘の残響も……僅かな気づき も――。


静寂の中で、ただ四人だけが息をしていた。

まるで夢の余韻の中に取り残されたように。



その静けさを破ったのは、誰かの小さな息遣いだった。

夜の冷気が肌に触れ、世界が再び重力を取り戻す。

――まるで、夢から覚めたみたいに。


「……あたし正直、この手の境地に立つの、最近ちょっと慣れてきた気がする」

エリセは硬直したまま、乾いた笑いを漏らす。


「ははは……悟りを開いたんじゃないか?」

フレイは頭を押さえ、白目をむきかけながらぼやいた。

「いいな、俺も導いてくれよ。……上司への報告をどうしたらいいんだ?」

二人の間に漂うのは、神々しさでも神秘でもなく――ただの常識崩壊後の現実逃避だった。

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