第63話 煌めく祭典、 虹彩のホールに潜む蛇 (後編)
――と、その瞬間。
「うわっ!」
見学者の一人が誰かに押され、エリセにぶつかった。よろめいた彼女は聖樹の葉のケースに腕をかけそうになる。
「危ない!」カークが素早く支える。
だがその拍子に、彼女の肘がケースに当たり――。
「えっ、防御術式が反応してない!?」
カークが慌てて駆け寄ろうとした瞬間、透明な盾がバシンッと現れ、接触を阻んだ。
「……?」
エリセが恐る恐る手を伸ばしても、やはり盾が割り込む。
(今の……わざと反応しなかった? もしあのまま倒れてたら、盾に弾かれて頭ぶつけてた ……)
「お、俺だって押されただけなんだ!」
「……詳しく話を聞こうか」フレイの低い声。
騎士に捕らえられた男は青ざめ、別室へ連行されていった。
エリセの視線の隅で、一人の男が周囲の騒ぎなど気にも留めず、足早に出口へ向かっていた。その足元に、黒い蛇の姿がちらりと見えたような気がした。
会場を足早に出たその男は、人目の少ない資材置き場の陰で、足首に何かが絡みつく感触に顔を歪める。
「なっ――!」
黒い蛇がするりと巻きつき、男の足を強引に引き倒した。
呻き声をあげ、地面に背を打ちつける。
そこへ影が差す。ツィグナトがゆっくりと歩み寄り、冷ややかな眼差しを落とした。
「待て。そいつには、訊きたいことがある。」
男は血走った目で睨み返し、必死に声を絞り出す。
「だ、誰だ……!」
しかし、次の瞬間、ツィグナトの顔を見て息を呑んだ。
「まさかっ、……お前……あなたは、星の……!?」
気温がひんやりと下がった 。
黒蛇がキュワキュワと甲高く笑い、地面を転げ回るように体を震わせた。
ツィグナトは一瞥すらくれず、その背をドゴッと踏みつける。
「騒ぐな」
蛇はしゅんと尻尾を震わせながらも、まだ笑いを堪えきれない。
ツィグナトは視線を囚われの男へ戻し、言葉を鋭く突きつけた。
「仲間の拠点は?」
「……言うわけ、ないだろ…ぅ…!」
男は唇を噛み、血をにじませながらなおも抗うが、
ツィグナトが男の額に、指先から零れる光で紋様を描くと男は息を吸うたび、顔が青ざめ、肌が冷たくなっていく。
男の目に何が映っているというのか、体は小刻みに震え始め、うつろなまなざしになっていく。
「……くっ……ひ、ひっ……!」
手足をばたつかせるが、男の足は黒蛇にがっちり絡めとられ、逃げる余地は一切ない。
紋様の光は冷たく男の精神を押し潰し、心の中の最後の抵抗も溶けていった。
やがて、震える声が零れる。
「……わ、湾岸……倉庫……そこが、拠点だ……っ!」
ツィグナトは一瞥するだけで、男の恐怖をじっと受け止める。
言葉が終わるのを待たず、黒蛇が牙を軽く突き立てると、神経を一瞬麻痺させ、男はがくりと意識を失った 。
黒蛇はまだキュワキュワと笑いを漏らしながらすべべと草むらへと姿を消し、跡形も残さない。
ツィグナトは靴裏を払うように床を鳴らし、冷ややかに背を向けた。
ルザリオ騎士団はその日の終わりに、会場の外で倒れていた見物客十数名を発見した。
いずれも軽い神経毒により四肢が麻痺していた――不気味な一致。




