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第55話 夜の作業会と小さな嘘

私的には長かった!本当に長く感じた『エンリルの歯車盗難事件』がやっと書き終わりました。

途中で貯金出しきってどうなることかと思いましたが、ゆっくりですが、なんとか更新できてよかったです。ここまでお付き合い下さった皆様ありがとうございました。

「……ねえ、先生の武器にも星座の刻印ってあったよね? 何座なの?」

保管庫内の空気が、瞬時に張り詰める。

作業の音が遠くに聞こえるだけで、部屋の空気が圧縮されるかのようだった。

ラゼルの部下たちの視線が一斉にツィグナトに注がれる。

誰も呼吸すら立てられず、時間が止まったように感じられた。

ツィグナトはゆっくり顔を上げ、無表情のまま答える。

『……さぁな』


その一言で、部屋の空気はさらに重く沈む。

部下たちは思わず息を呑み、肩の力が抜けたかのように硬直した。

誰もが、ただただその存在感に圧倒され、言葉を失う。

エリセはわずかに眉をひそめるが、その重みを理解し、静かに唇を閉じた。


「じゃあ、星界回帰派がそんなものを欲しがるのは……」

「…………さぁ、噂なら色々聞くかな。」

ラゼルの部下のひとりが苦く笑いながら、なんとか声を出す。

星界魔術具を大量に集め、神々をも脅かす兵器を作ろうとしている。

神が奪った“星の子”を取り戻すためだ、と言う者もいる。

あるいは、星界を人間の楽園に作り変えるのだと。

指折り数えながら話すが、どれも真偽は定かではなかった。

ただ確かなのは、神々が残した遺物を巡り、人間同士が争い続けていることだった。


――そのとき、両手いっぱいに工具箱を抱えたレジットが、勢いよく駆けこんできた。

「ラゼルさんっ! 俺、少しでもお手伝いできればと思って!!」

きらきらした眼差しをラゼルに向けるが、すぐに視線はスープを飲むエリセの隣に座るツィグナトに留まった。

(またあの、ぽっと出の魔術師か……)

胸の奥で小さな苛立ちが芽生える。

だが次の瞬間、あまりにも整った顔立ちと凛とした佇まいに息を呑み、工具箱を抱えたまま固まってしまった。

ツィグナトは無言でその様子を横目に見やり、ほんの一瞬だけ眉を動かす。

その後も作業に戻る人や夜食を取りに来る人、メンバーの入れ替わりはあるものの、和やかな笑い声や雑談は途切れない。

話題は自然に星界魔術具や古代魔術具へと戻った。

ラゼルが身振り手振りを交えながら話すたび、監視員たちは腹を抱えて笑っている――ように見える。

だが、目線はあきらかにツィグナトを避け、視線をそらしたままだ。

レジットはそんな空気も気にせず、

「ラゼルさん、その話もっと聞きたいです!」

と声を上げ、輪に加わった。

しかし、その隣でスープを飲むエリセを見る目は、ふと曇ったままだった。

「知ってるか? 星界魔術具の中には、戦争でも生活でも全然役に立たないくせに、やたらピカイチの機能を持ってるやつがあるんだ」

ラゼルは口元だけで笑い、軽い調子で語り出す。

場の熱は最高潮に達していた。

「例えば――かに座の刻印が入った黒いつやつやの石。

見た目はただの文鎮みたいなのに、鋏を研がせたら最高でさ。

研ぎ屋が泣いて悔しがるレベル」

「えっ、鋏限定なんですか?」

監視員の一人が目を丸くする。

「そうそう。剣も包丁も駄目。鋏しかピッカピカにならない」

「えーっ、そんなの本当にあるんですか?」

レジットが食いついた。

「ぜひ実物を見てみたいな!」

「あるんだな、これが。学会じゃ“主婦の星座石”って呼ばれてた。

もっとも、展示すると学者より花屋の奥さんたちが殺到するから、いつも展示は中止になるんだけどね」

どっと笑いが起きた。

監視員たちも口々に「主婦の星座石!」「便利すぎる!」と盛り上がる。

「ふはっ……! それ、ぜったい欲しい!」

エリセの笑い声に、レジットの胸の奥でざわりとした感情が走った。

(……なんで、エリセがあんなに楽しそうに)

言葉にできず、笑い声に紛れるように小さく相槌を打つ。

エリセがラゼルの冗談に目を細めて笑うたび、その笑顔が自分の知らない場所に遠ざかるようで、胸がひりついた。

やがて笑いが落ち着き、話題は古代魔術具と星界魔術具に戻る。

エリセはふと真顔になり、隣のツィグナトとラゼルに問いかけた。

「ねえ、先生。それにネイムさんも……どうして星界回帰派をそんなに警戒するの?」

二人の手が止まる。

長いというほどの付き合いではないけれど、どうも二人の行動にエリセは疑問が残った。

この二人は世界を閉じた目で見ているように思える。

「……」

エリセの何気ない質問に、二人は揃って視線を逸らす。

「えっ!? それって大事!?……あー、それより、このパン、どこで買ったんだ? 美味いな!」

ラゼルが明らかに話題をそらした為、エリセはすかさず食い下がる。

「あやしい!絶対何か理由があるでしょ?」

数秒の沈黙のあと、ツィグナトが低く呟いた。


「……あいつらが……気に入らんからだ」

普段は正義とは縁のなさそうな彼の口から出た言葉に、エリセは目を瞬かせる。

「そう! あいつらはいつも“誰かの犠牲を前提”にする。

許せないよな!ヴィステも被害者だ!だから、邪魔しなくちゃな!」

ラゼルが何度も頷きながら力強く続ける。

エリセは少し考え、やがて首をかしげ、追及をやめた。

二人の気まずそうな顔を見て、これ以上は無理だと察したのだ。

その後も メンバーの入れ替わりはあるものの、和やかな笑い声や他愛ない雑談は途切れることがなかった。

ラゼルとツィグナトが作業に戻ると、監視に来ていたルザリオの職員や手伝いの魔術師も、いつの間にか会話にうちとけていた。

ただし話題はといえば、ほとんど二人のことばかり。

「エリセさん、いつの間にそんなにネイムさんと親しくなったんですか!?」

(え、親しく……なった覚えはないんですけど!? むしろ巻き込まれただけですけど!?)

「ねぇ聞いてエリセさん!あなたの先生、顔面暴力!!

あんなの人類じゃない!芸術?神?宇宙の神秘?心臓止まるっ!』

「私、未来の結婚相手のハードルが天元突破した……。

もう無理……。私一生独身かもしれない…… 」

(言い方!!!)

「二人並ぶと、なんだか神話の絵画でも見てるみたいじゃない?」

(……わかる、確かに神々しい。でも現実で並ばれるとこっちは目が痛いんですよ……)

「さっきラゼルさん、ペン回してたの見た? 妙に様になってたよ」

(基本、口閉じてくれてるといつまでもうっとり見ていられる人達だからね)

「あの眼差しで怒られたら……ちょっと嬉しいかも」

(いや、身も心も凍える……絶対人間じゃない)


そんなふうに浮かされたように盛り上がる中、エリセは夜通し手伝い、ついに床に突っ伏して寝落ちしてしまった。

彼女をツィグナトが無言で小脇に抱え、隅の布の上へと運んだことを、エリセは知らない。

夜が明け、ラゼルの声に起こされると、術式の再構築はすでに完成していた。

床に倒れ伏すオルディアとルザリオの面々を尻目に、ラゼルとツィグナトは徹夜明けとは思えぬほど整った姿を保っている。

(まぶしすぎる……!)

エリセは思わず目を細めた。

やがて出勤時間となり、ターバリ支部長が姿を現す。

完成した封印術式を目にし、絶句する。

「まさか一晩で仕上げるとは……。術式の完成美が眩しすぎて目が潰れそうだ!」

その背後で、ラゼルは床で眠りこける部下たちを容赦なく蹴飛ばし、雑に声をかけていた。

「さっさと起きろ。第5区画(ゴックー)に移動するぞ」

ターバリはエリセとレジットに気づき、目を丸くする。

「君たちもいたのか! レジット、今日からエリセ君は君の班から外す。頼みたいことがある」

そして、エリセに向き直る。

「君が提出してくれた“アレ”だが、本物と認められた。

ルザリオのメインホールに展示されることになった。

必要な人員は誰でも連れていって構わない。

警護に騎士が派遣される。任せたぞ」

「やったーっ、メインホール!!」

エリセは跳ねるように喜んだ。

「えっ、そんな話聞いてないぞっ! お前、一体何を――!?」

レジットが慌てて食ってかかる。

ターバリは封印術式の完成を前に、深々と頭を垂れた。

「オルディアの技術力は、本当に驚嘆に値する。

我々も学ばねばなるまい。

この度は封印術式の再構築をありがとう。

危うく取り返しのつかぬ事態になるところだった」

ラゼルは肩を竦め、淡々と答える。

「いや、大したことじゃないさ。

こっちこそ、ヴィステ・ゼルハイムが迷惑かけたね」

悪びれる様子もなく、今回の『エンリルの歯車盗難事件』は幕を下ろした。

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