表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/82

第49話 ツィグナトVSラゼル☆工房バトル(再)

騒がしい足音を響かせて、工房の扉が乱暴に開けられる。

ツィグナトは、追い払った3人のことなどすでに忘れたように、ソファに身を投げ出していた。

片肘を肘掛けに預け、掌で無造作に頭を支えながら、一方の手で厚い本を軽々と掲げている。

気だるげに寝転んだまま器用にページをめくっていくさまは、どう見ても居ずまいは怠惰なのに、不思議と一分の隙もなく決まっていた。

セラフィスはソファに近寄り、目をすがめてツィグナトを見つめる。

「……セラフィス、どう?」

いつになく真剣なまなざしのラゼルの問いに、セラフィスは口を開く。

「……間違いない。魔術具に関する使用者の権限が、全てナトにうつっておる」

セラフィスの低い呟きが工房に落ちる。

べしゃり、と膝から床に崩れ落ちるラゼル。

「不履行ではなく、履行遅延のペナルティじゃな……。我が呪言ながら、すさまじい効力よの。造星の徒ラゼルネイムの全てを奪うたか」

「最悪だ……」

ラゼルは膝をついたまま頭を抱え、ツィグナトへ視線を向ける。

「……ナト、暇そうだね」

「ただの休憩だが」

促された視線の先、作業台の上には工具や素材、小さな魔術具が無造作に並んでいた。

ラゼルの肩越しに、エリセはそっと机の上を覗き込む。

魔術具を扱うナトの手並みを知った今、その散らかりは彼女には宝の山にしか見えなかった。

もっと近づいてじっくり見たい――抑えきれない衝動に夢中すぎたため。

(小娘……)

(ガン見しとる場合ちゃうで――)

(……ふっ)

隣に立つセラフィス、棚の上から覗く黒蛇ネクレオス、そしてラゼル=ネイム。

三者三様の視線がエリセに突き刺さっていることに、当の本人だけが気づいていなかった。

「――ナト、僕は早くルザリオにもどらないといけない。歪曲した遮蔽空間に部下を含めて数人閉じ込めたままだ。出してあげないと、だし。ルザリオの魔術具展覧会でオルディアの指揮をとってる」

ツィグナトはもう興味を失ったのか、視線を頁に落とし直した。

ラゼルはそれを見て、にやりと笑う。

ツィグナトがエリセに向ける庇護を、見逃すはずがない。

「展覧会が終わったら、僕はエリセをオルディアへ連れて行くよ。エンリルの神具を平然と処理した姿は見事だった。気に入ったんだ。ナトはどうする?」

「ラゼルネイム!」

セラフィスが怒りに声を震わせる。

「貴様……小娘を包む庇護に気づきながら、何を考えておる! 」

セラフィスは決して名を呼ばなかった。たとえその“庇護”の主を、彼女自身が誰よりもよく知っていた。としても。ただ、ぎゅっと服裾を握りしめるしかなかった。

「へっ!? あたし? なんのことっ???」

エリセは慌てて両手を振るが、ラゼルは片手を挙げて涼しい顔。

「側に置いてるならともかく、野生のままじゃないか。遠慮する必要ある? 嫌ならナトも一緒に来ればいいんだ。おまけに元カレだっけ? 最近またエリセの近くをチョロチョロしてるようだし。剥がしておいたほうが合理的だ。何よりきっと楽しい」

「な、な、な、な……なんでネイムさんが、そんなこと知ってるんですかっ!? あれはたまたま仕事が同じ班で……!」

「そうかもしれないけど、僕にケンカ売ったヤツだからね。そりゃ調べもするさ」

真っ赤な顔のエリセにラゼルはわざと肩を竦めてみせるが、その視線はツィグナトから外さない。

ツィグナトが片眉を上げてラゼルを振り仰ぐ。

その瞳にわずかな不愉快の色を見つけたラゼルは、殊更明るく畳み掛けていく。

「オルディアは結構楽しくて、これでも大切にしてる場所なんだ。使用者権限を取り戻すまで一緒にいてよ。僕と同じように魔術具を扱えるのはナトしかいない! 黒鍋亭のビール煮込み、毎日用意するからさ」

「すごい! 支部長、絶対びっくりするよ!」

エリセの瞳は期待で輝いていた。

「黒鍋亭のビール煮込みは絶品だよ。エリセにもご馳走しよう。……でも最近は誰かさんが笑顔で食べる姿を押さえられたせいで、人気出すぎて手に入りにくいんだ。店名がバレるのって早いね」

すかさず畳み掛けていくラゼルは、いつになく目が真剣だった。

腹黒い手も、絡め手も惜しむことはなく、ツィグナトに本当に嫌われる一歩手前まで攻め続ける。

(……このツィグナト勧誘ミッション、失敗するわけにはいかない)

「あ、もしかして先生が載ってた記事にあった煮込み料理専門店?」

不意にエリセが口を挟んだ。

「おい、なんだそれは」

ページをめくる音が途絶えた。

ほんの一拍、ツィグナトの視線を本から外すことに成功したラゼルは、片目を細め、愉快そうに笑った。

「一緒に来てくれたら教えるよ。イリディアが買ってたはずだ」

僅かに、ツィグナトの視線が揺れる。

(見事だエリセ! ナイスアシスト!!)

「先生、あたしもそれ食べてみた――……やっぱやめとく。先生の味覚って怪しいから。お腹膨れたらオッケーな人種だったはず」

「!?」

セラフィスが、ガタンッと激しい音がした棚の上をひと睨みし、眉を寄せる。

「ナトよ、こんな幼なに何を食べさせたのじゃ」

「ばかな……」

とだけツィグナトは言った。

その声は低く、震えていた。

ページから離れぬはずの視線が、ゆるやかにエリセへと流れる。

その思いつめた顔を目にした瞬間、ツィグナトの手が本の上で小さく痙攣した。

「ち……、ちがうだろ、エリセ?

よく思い出して、ナトの味覚は全然怪しくないから!」

思わず力強く反論するラゼル。

セラフィスは呆れ、ツィグナトは静かに本を閉じ、ソファから起き上がった。

(先生と旅した時の食事事情――、本当にまずかった……)

エリセはそんなことを思い出して、ひどく暗い顔で俯いていた。

わずかな沈黙ののち、低い声が工房を震わせた。

「――同行しよう」

視線を落としたままの彼の横顔は、冷徹で、それでいて抗いがたい。

「ただし……紋章は変えんぞ」

言葉が落ちた瞬間、空気が一変する。

「任せて! ナトの名誉挽回に協力するよ」

ラゼルは歓喜に笑みを弾かせ、エリセは息を呑んだまま、彼の横顔に釘付けになった。

その一瞬を、セラフィスは扇を強く握りしめながら睨みつけている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ