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第44話 とある星の秘めた物語

昔――


世界がまだ若く、空も海も、大地も火も、まだひとつに溶け合っていたころ。

そこには、名も持たぬ「力」が満ちていた。

それは、夜に潜む静寂のように澄みきった秩序であり、

嵐のように荒れ狂う混沌でもあった。

二つの性質は交わらず、絶えず綱引きを続けていた。

その緊張が、やがて世界をかたちづくる「境界」となった。

空と大地が分かれ、海と陸が引き裂かれ、

火と水が争いながらも交わらぬまま均衡を保つ――

それこそが、『双極の力』が生んだ、この世界のはじまりであった。



けれど――


永劫の均衡もまた、神々の手に委ねられたとき、運命は歪む。

彼らは、世界をよりよく形づくろうと望んだ。

理想の秩序を築こうとした者がいた。

すべてをひとつに統べようとする者がいた。

自由奔放なる混沌をこそ、真理と見る者もいた。

三柱の理念はやがて剣となり、(らい)(てい)となり、神界を灼く焔と化した。

神々は互いを打ち砕き、楽園を焦土と変え、

天より地をも巻き込む戦火を撒き散らした。

世界は、深くひとつ、ひびれた。

境界は震え、空と海が、火と大地が、互いを拒絶し始める。


――そして、裂け目より現れたは、二匹の蛇。

ひとつは、白銀の蛇。

形あるものすべてに名を与え、枠を与え、輪郭を刻む――「秩序」の化身。

ひとつは、漆黒の蛇。

すべてを飲みこみ、名を消し、融け合うように侵す――「混沌」の咆哮。

それは、暴走した「双極の力」――

神々すら御しえぬ均衡の、顕現するかたち。


世界の根幹を喰らわんと、白と黒、ふたつの蛇が天を裂き、

大地を抉り、果てなき争いへと身を投じた。

その咆哮に星は堕ち、風は逆巻き、命あるものは塵へと還る。

秩序の蛇は、曖昧と混在を拒み、すべてを完璧に整えることで、

世界の流転そのものを凍てつかせようとした。

混沌の蛇は、すべての形を引き裂き、意味を溶かし、

世界を始まりなき泥濘ぬかるみへ沈めんとした。


神々は後悔し、恐れ、止めようとした。

だがその“声”も“力”も、すでにこの世界には届かない。

――そのときだった。


濃灰色の外套をまとう一人の青年が、美と静謐の気配を纏い、

世界の終末に現れた。

彼の歩みは風を裂き、音を沈めるほどに澄み渡り、

光はその輪郭に寄り添い、影は彼の足元で震えていた。


神々はその姿に言葉を失い、

まるで、禁忌に触れるかのように息を呑んだ。

混沌も秩序も、暴を忘れ、ただただ彼に見惚れた。

混沌の咆哮も、秩序の律も、

彼の前では、ただ水面に広がるさざ波にすぎなかった。


そして彼は、たった一つの稀有な魔術を織る。

神々さえも持て余した双極の力を制し、均衡へと導くために。


ザクロのように紅く艶やかな唇から紡がれた詠唱は、

星々が軌道を描くたび、宇宙の虚空に響くという《天球の音楽ムジカ・ムンダーナ》のようだった。

その美しい指先が、夜の帳を撫でるように宙をなぞると、空は深い静寂に染まり、

銀の光が糸のように解け、舞い、織られていく。

天と地、陸と海、火と水。

絡みあった世界の境界線はゆっくりとほどけ、

すべては、ひとつ、

またひとつ、

美しい呼吸のうちに還ってゆく。


やがて――

彼の左右に蛇は分かたれ、

己の尾を青年の体に巻きつけながら、

それが永久に離れぬようにと、静かに、執拗に、絡ませた。

青年の瞳は、どこか遠くを見つめていた。

悲しみも怒りも超えて、ただ、この世界が美しくあれと願う、

静かな光が宿っていた。


それは支配でも服従でもない。

あたかも己が宝を抱くように、2匹の蛇は彼を囲い、

咆哮は静寂へと溶けていった。

かつて噛み合い続けたふたつの獣は、

今やひとつの核を中心に、そっと眠るように寄り添っていた。


――その後幾度も、

互いの姿を目にした途端、蛇たちは激しく身をくねらせ、瞳に宿した激憤をもって、牙を剥き、咆哮し、引き裂かんと暴れた。

それでも――

彼らの尾は、決して青年の身体からほどけなかった。

まるで、怒りも憎しみも、すべては“離れたくない”という本能の裏返しであったかのように。

幾度となく噛み合い、血を流し、喉元を裂きながらも、

蛇たちは、ついに気づいたのだ。

このまま衝突を続ければ――


その中心に立つ、“あまりに美しき魔術師”までもが傷ついてしまうことに。

己たちが最も欲してやまない存在を、自らの手で喪うことになるのだと。

そしてそのとき、秩序と混沌は、

はじめて“恐れ”を覚えた。

失うことを。

彼の光が、自分の中から消えてしまう未来を。


蛇たちはようやく牙を収め、

沈黙し、静かにその身を絡め合わせた。

まるで、彼を護るように。

まるで、互いを呑み込むように。

その姿は、もはや別々の存在ではなかった。

二匹の蛇は、再び寄り添い、絡み合ったその身は――

あたかも、一匹の双頭の蛇のようであった。

その執着は、宿命を超えて。

その愛執は、終わりなき輪を描く――

かくして、世界に再び均衡が訪れる。


彼の功績を称え、天空の神々は星の灯を集め、一つの星座を空に浮かび上がらせた。


中央に立つ、外套姿の青年と、彼を抱くように寄り添う双頭の蛇――

それは今なお、夜空の果てで、永遠の均衡を語っている。

――「双極の魔法使い座」である。

美と稀有な魔術をもって双極の力を鎮め、均衡をもたらした魔術師、ツィグナトの星図。

天に名を冠する者は、

星がその形を保つ限り、時の腐食にも死の呪にも触れられぬ。

――星界に至りし者は、命の終わりをも越えて、

世界に護符のごとく輝き続ける。

そう信じられてきた。


人はこの星座を仰ぎ見て、こう語る。

「あの魔法使いは、今も空の向こうで眠っているのだろうか――

それとも、誰かが再び彼を、呼び戻してくれるのを待っているのだろうか」

そして、こうも言う。

「青年が扱う魔術はあまりにも稀有で美しく、ただの魔術師のものとは思えない。

それはまるで“魔法”そのもののように見えたのだと――」


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