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第38話 女神の肋骨、いただきました。

深夜の高台に、風が唸るように吹きすさんでいた。

星明りだけが辺りを照らすなか、複雑な彫刻が施された大小四つの歯車が、静かに回転している。

軋む音と、風が擦れる音が重なり合って、異様な静けさの中に、規則正しく響いていた。

「……で、これが完成品?」

ネクレオスが身をかがめて歯車を覗き込む。指先で触れると、ふわりと風が跳ね返すように空間が歪んだ。

「そう」

ラゼル=ネイムは誇らしげに胸を張る。

「風神エンリルの骨から抽出した魔力核を用いた。風で空間そのものを切り取ることで、内部は外界から完全に隔絶される。

何をしようが、外には一切影響が出ないし、中に保管したものを外から損なうこともできない。

壁は風だから、空間が切り取られてることすら、普通は気づけない」

「へぇ。連続稼働時間は?」

「三百年保証。メンテフリーだよ。……まあ、あの女神にしては上出来。やるじゃん、色仕掛け以外でも」

ラゼルが鼻を鳴らす。その声音は軽い皮肉のようで、どこか冷えきっていた。

「せやけど、起動手順めんどくさ。理論十三段構えって、ひどいんちゃうか?」

そう口を挟んだのはネクレオスだった。風の中でも揺らがぬ声で続ける。

「これだけ風が魔力を帯びておれば、なんぞ隠しとるな、と誰もが気づくであろうな」

「いいんだよ。身体ひとつでツィグナトを籠絡しようとした勘違い甚だしい女神を素材にしたんだ。

笑えるくらい浅はかな仕上がりにしてみたよ」

ラゼルが吐き捨てるように言うと、ややあって──

「……なんと愚かな女神よ。あのような手管で余のナトをどうにかできると思うた時点で、哀れよの」

風に乗って響いたのは、柔らかな笑い声。

セラフィスは白磁のような手で扇をかざし、口元を優雅に隠していた。

「とはいえ――」

扇をそっと下ろし、その瞳がまっすぐにラゼルを射抜く。

「その女神の愚かさを、貴様がそれほどに語るとは……

嫉妬というのは、かくも分かりやすいものじゃな? ふふ、滑稽よの」

微笑みの奥に、鋭い棘がのぞく。

彼女の声は風のように軽やかでありながら、冗談では済まされぬ重みを秘めていた。

「アカン、お前ら揃いも揃ってぞわってするわ……」

ネクレオスがぽつりと漏らす。彼の視線には、どこか達観したような温度が宿っていた。

そんな不毛な会話を続けるラゼルたちの背後で、ひゅっと気温が下がる。

冷気をまとって現れたのは――

濃灰色 の外套の男。

「人間がこれを解明するには、千年かかるんじゃないか?」

ツィグナトだった。

「えぇっ? ナト!」

ラゼルが振り向きざまに声をあげる。

「いや、さすがにそれは……百年もあればいけるって!」

「は? 無理だろ」

「ナトの評価が辛すぎるんだよ! 案外人間は器用だよ。絶対百年! かけてもいい!」

風が大きくうねり、その中心で、女王のように威厳を湛えたセラフィスが一歩進み出る。

「ふん。面白い。余が貴様らに、成就の“呪”を刻んでやる」

その声が大気を震わせた刹那、ツィグナトとラゼル、二人の足元に闇が広がった。

空気が軋み、魔力がきしむ。

「──”双極を測る影”よ、”創造を担う指”よ。

定命の声を、たったひとつ拾いあげ、星の摂理にて叶えるべし。

選べず、拒めず、猶予もならぬ。その願い、成されるまで、“呪”は解けぬぞ」

詠唱と同時に、地を這うような闇がラゼルの指先に集まり、煤が染み込むようにして皮膚へと“呪”が焼き付いていく。

「っ、ちょ、なにこれっ、熱っ……ていうか気持ちわるっ!」

ラゼルが指を振っても黒は消えず、むしろ淡く脈打つように、じわじわと拡がっていく。

一方、ツィグナトにも“呪”が届こうとしたが──

それは彼の身体に触れることなく、あっさりと霧散した。

「うそっ、ナトずるいっ! オレ、こんなに煤けたのに……」

「いや……“呪”の制約は受けた。負ければ人間の願いを一つ叶えるか……まぁ、いいだろう」

ツィグナトが静かに呟き、ラゼルの手を見つめる。

その視線の先で、“呪”は黒い痕を脈打たせながら、ラゼルの指先に定着していた。

「……“にゅる”って入ってきた……うわ……最悪だ……」

ラゼルは感触を払うように指をヒラヒラさせるが、黒は肌の内側から灯るように、淡く鼓動している。

そんな彼を見下ろしながら、セラフィスは満足げに小さく笑った。

 

そして、遥か未来。

《エンリルの歯車》が、ふたたび人の手に渡る時──

この“にゅる”っと煤けた呪いが、ついに本格的に動き出すのだった。

……よりによって、あんな願いに応えてしまうことになるとは──

この時、誰ひとりとして知る由もなかった。


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