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第23話 先生、命令が雑です! 〜双頭の蛇、空を駆ける〜

瓦礫と化した建物の中央。

かつて地下に秘されていた神殿らしき空間は、今や天井が崩れ落ち、青空がのぞいていた。

男を見下ろすように、そこにあったのは――

黄金の瞳をした巨大な白銀の蛇だった。

体は窯のように湾曲し、鱗はまるで宝石。金の瞳は冷たく、測りきれぬほど長い体躯。その胴の太さは、ゆうに一メートルを超えるだろう。


「――聖光の煌めき”セラフィス”、ここで――何をしていた?」

鋭く張りつめた声が空気を裂くと、空の青が、一気に闇に呑まれる。


男の視線の先、金の瞳が、ゆっくりと輝きを増し、

その異形は、突如として姿を変えた。


「ナ」


「ト~~~~~~~~ッ!!!」


「ナト! ナト! ナト! ……もがっっ!!」

白銀の蛇の姿が溶け、代わりに現れた10歳くらいの少女が男へと飛びつこうとした――

しかし、男は無表情のまま、左手一本で少女の顔をわし掴みにして、少女を捕獲する。


「もご~、もごご~~!」


白金の髪に、金色のつり目。愛らしいが、その瞳には誇り高い光が宿っていた。

「ここにれば、“ナト”が迎えに参る……かの賢者とやらが、そう申しておったゆえ!

余は、ここでずっと眠っておったのじゃ!

――とはいえ! 三百年も放置するとは何事ぞ!? 無礼千万、不徳の致すところぞ、ふしだらな男よ!!」


「誰がふしだらだ、誰が。」

メリメリ……メリメリメリ、と濁った小さな音が響く。

「ずいぶんと軽々しく騙されたものだな。

挙句、三 百年拉致監禁か?……普通、気付くだろうよ」

その言葉と同時に、男の指先から凍気が噴き出す。

空気が凍りつき、瓦礫までもが音を立てて凍結していく。

「いだだだだだだだだっ!!」

「さ、寒い寒い寒いっ!」

「……す、すまんのじゃっ!!」

だが、それでも少女は口をとがらせたまま、目をそらし――

「でもな、ナト――」


「もっと早う……探してくれても、よかったんじゃないかの?」


小さな声だった。

それでも、どこか寂しげで。

男は何も返さなかった。

ただ、沈黙のまま少女の言葉を受け止める。

その様子に、セラフィスはふっと息を吐く。

「……まあ、許したる。ちょびっとだけ、じゃが」

わざとらしくそっぽを向いてみせるが、表情はどこか安心している。

 

しかし――その穏やかな一瞬は、長くは続かなかった。

 

空気がひやりと張りつめる。

風が止まり、世界が息を潜める。

 

ゴゴゴゴゴ……

 

突如、地の底から鈍く重い音が響いた。


「……ナト? 地面、揺れとらんか?」

小さく呼びかける声に、男が応じる。

「動力源のお前を開放したからな。

この土地魔力の循環機構が停止し、術式が焼き切れた」

「……それって……」

「気温が急上昇するぞ」

 

その瞬間。

地面が微かに震え、風が生き物のように走る。

空が、ざわりと揺らいだ。


男は《ランプ》を掲げ、静かに告げる。


「目標は――エリセだ」


ランプ》が淡く光を放ち、まるで意思を持つかのようにひとつの方向を指し示した。

同時に、男の周囲を色とりどりの花弁が彩っていく。

風に、そよぎながら――


「ベゴニア、スノードロップ、アッツザクラ、リューカデンドロン……恋情の花じゃな。

その魔術具か? お前、あいかわらずひどい男のようじゃな……」

セラフィスの声がかすれた。

だが、言葉を言い終えるよりも早く――

 

轟音が、谷全体に響き渡った。

地面が裂け、地の底から熱風が噴き上がる。

奔流のような魔力と想念が暴走し、景色を焦がしていく。

 

その中を、男は走り出す。

風を裂き、ただ一直線に――

 

「これ、ナト!? どこ行くんじゃっ!」


少女の声が背に届いても、男は振り返らない。

セラフィスも、ぎゅっと口を結んでその背を追う。


◆◇◆


その頃――

エリセは、忙殺されていた。

 

突如起きた大地の揺れ。

地面に走る亀裂。

そこから溢れ出すのは、無数の魔獣――!

 

「なに、これ……っ!」

目の前の現実が信じられなかった。

でも、泣いている暇なんてない。

年長者として、エリセには守らねばならない相手がいる。

そう――幼いレオを、絶対に傷つけたくなかった。

 

「こっちは来ないで! あたしが前に出る!」

迫り来る魔獣に、火矢を放ち続ける。

退路を探しながら、必死にレオをかばうように立ち回る。

だが――

 

「きゃっ!」

地面に走った新たな亀裂。

エリセは足を取られ、バランスを崩す。

その体を、強い腕が引き寄せた。

 

「レオくんっ……!」


「……こんなん、絶対アイツの仕業やろっ!!」

周囲の毒草が急激に伸び、有毒な胞子が白く煙る。

「……っ」

焼けるような痛みが、喉から肺へと走った。

目が霞み、息が苦しい。

たまらずエリセは、その場にひざをつく。

「っ……かは……」

その瞬間だった。


「はわわ、ねーちゃん一人で頑張りすぎや」

レオ――いや、ネクレオスはあたしの背中をそっとさすり隣に立った

「……ここは、オレがまかされたる!」


「開環せよ――」


「《深淵転写の環(ヘヴェル・リング)》!!」

ネクレオスが右腕の腕輪を撫でると、空間に淡う紫黒の光が走る。

幾何学模様の三重の魔法陣が、花びらのように広がり――

 

世界が、ふっと沈んだ。

音が、すべて消える。


耳をふさいだわけでもないのに。

さっきまでの風の轟音も、魔獣の咆哮も、すべてが静まり返っていた。

風のそよぎも、自分の呼吸音すら、どこか遠くへ吸い込まれていく。


視界も、ゆっくりと闇に包まれていった。

けれど、それは恐怖を感じるような闇じゃない。

静かで、柔らかくて、まるで深い湖の底に沈んだみたいな――そんな、無音の闇。

そのなかで、ひときわ目を引くのは、足元に浮かぶ魔法陣。

幾何学模様の輪郭が淡い光を帯びて、静かに脈動している。

まるで、この闇の中でひとつだけ確かな「意志」が灯っているかのようだった。

気づけば、さっきまで胸を締めつけていた焦燥が、少しだけ、ほどけていた。

何もかもが遠ざかって、何も起きない、ただ安全な、守られた場所。

 

「……っ、なに、これ……」

息が、吸える。

焼けるような痛みが、嘘みたいに引いていく。

空気が澄んでいて、肺が軽い。


「防御結界――《せいひつなる領域》や。

そこにおる限り、地割れも胞子も魔獣も届かん。

しばらく、そこで休んどり」

 

その声は、どこか遠くからふわりと届いた。

変声期前の、澄んだ少年の声。

あどけなさが残る響きなのに、どこか余裕を感じさせる落ち着きがあった。

強さを誇示するでもなく、ただ静かに、確信に満ちた調子で。

そしてその奥には、痛みにくたびれた誰かを労るような、やさしい気配がにじんでいた。

まるで、薄絹をそっとまとわせるような――やわらかくて、あたたかな声音だった。


外界から完全に隔絶された《せいひつなる領域》。

ここでは、音も光も、誰の声も――もう届かない。



そしてその外では、エリセの知らぬところで、新たな戦力が戦場に現れていた。


男の放つ、輝く双刃の輪が魔獣を切り裂きながら――


《静謐なる領域》の外――


光がきらめいた。

男の放つ《双刃の輪(シグナスリング)》が、魔獣の群れを貫き、切り裂いていく。

炎の余燼が揺れる瓦礫の中で、ネクレオスの放った雷球が轟き、広範囲の魔獣を吹き飛ばした。


その背後から、銀の光を纏った小柄な影――セラフィスが古の呪詛を唱える。


「“この地を穢す者よ、星の残滓に還れ”――!」


黒く脈打っていた魔獣たちの身体が、ひとつ、またひとつと光に包まれ、

砂のように崩れていく。


やがて最後の一匹が、男の斬撃に消えた。


辺りには、燃え残った破片と、魔力の余熱、焦げた匂いだけが残っていた。


「……間に合ったな」

男が息を吐くと、彼の足元で、わずかに地面が蒸気を立てて鳴った。


「《双刃の輪(シグナスリング)》!? ナト!?」


ネクレオスが振り返る。

その目が、ぱちくりと見開かれた。


「セラフィス!? なんでお前までおるんな!?」

 

「何百年経とうと、お前の無礼は変わらんな。

――“汝の影、陽の光を拒まれ、永遠に夜を彷徨うべし”」

 

「いや、呪うところちゃうから!!」


隣の男が無言でセラフィスの頭をがしっとつかみ、ギリギリ締め上げる。


「いたたたたたたたたっ、ナト、やめよっ、やめるのじゃっ!」


「セラフィス、忘離の鈴だ。取ってこい」

「は? なんで余が!?」

「使い魔のくせに三百年も惰眠を貪ったんだ、ペナルティだ」


「…っ、ヒドイ……!余のせいでは、

……わ、わかったわよ、拾ってくるよ鈴くらいっ!」


「ネクレオスお前もだ」


「はぁ!?なんでオレまで!!」

「セラフィスだけで俺の場所に戻ってこられるか」


「……はぁ、しゃーないなぁ……!」


セラフィスとネクレオスが互いの手を取ると――

その姿が淡く溶け合い、黒と銀の鱗が絡み合って、


やがて一体の――


ふたつの頭を持つ一体の蛇となり、すっと空へと消えていった。


静けさが残ったその場に、立っていたのは――あたしを残して、先生だけ。

先生はゆっくりとこちらに歩み寄り、足元の空間に指先をかざす。


「……下れ《静謐(せいひつ)》、解除」

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