#9
その後城の医務室に連れられた。私は酷い熱を出して寝込んでいた。リア様もリンゴォ氏も何度かお見舞いに来てくれる。まるで下女の扱いではない。そして一度だけイスカ様もお見舞いに来てくれた。
私の熱が下がるとリア様もリンゴォ氏も直ぐに駆けつけてくれた。
「君は馬鹿か!」
リンゴォ氏の開口一番はこうだった。
「どうして君は一人で犯人がいそうな場所に行ったんだ! 君はあの話し合いをした後に犯人が分かっていたのだろう。どうして相談しなかった」
いや、あれは情報が確定していなかったからとか色々あるのだが、そんな言い訳をする隙など与えられなかった。
「もしかしたら死んでいたのかもしれないんだぞ」
死んで…そうだ。私の代わりに衛兵さんは死んだんだ。でも、それは言えない。だってそれはもう無かったことになったのだから。
「君の苦しみはわかっている。私も聞いた」
聞いたってのは何処まで?
「君は涙を流していい」
そう言って私をリンゴォ氏は抱き寄せた。
「言えないこともあるだろう。怒れないこともあるだろう。だが涙を流してもいいんだ」
そうは言っても涙なんてでない。今回は私が殺したも同然だ。私は途中から真実を追うことだけを目指していた。恐らくイスカ様は、クライムが毒殺未遂を行ったことに気づいていた。もしかしたら本人が自供したのかもしれない。だからこそイスカ様が選んだ通り、私が隠された事実を暴き出さない限り、今後も毒殺事件は起きなかった。だから私が余計なことをしなければこれ以上人が死ななかった。
「私が殺したも同然です」
少なくともクライムさんと衛兵さんは私が殺してしまったのだ。
グスッ
涙を堪えて我慢する音がした。
「ど、どうして」
泣いたのは私ではない。リンゴォ氏だ。
「すまない。君が我慢しているというのに。私は」
ズルい。
ズルい。私は泣くつもりなんてなかった。泣ける立場にないのに、どうして私の為に涙を流してくれるのだ。
リンゴォ氏の涙が乾いた心に零れ落ちる。
心が共鳴するように震える。
「ズ、ルいです」
泣いてはいけないはずなのに。
涙を流す権利なんて無いはずなのに。
涙は止め処なく流れる。
「どう、して、私の為に、涙、を流し、てくれるの、ですか」
嗚咽してまともな言葉にならない。それはリンゴォ氏も同じだった。
「歳を、取ると、涙、脆くなって、しまうのだよ」
それから二人で、いっぱい泣いた。声を上げて、しばらく泣いた。リンゴォ氏の身体は大きく、父を思い出した。
しばらくすると2人で気恥ずかしくなって離れた。ゴホンとリンゴォ氏がわざとらしく咳き込むと何事も無かったように話を変えた。
リア様が何か言いたげだが、今は気恥ずかしさが勝って、リンゴォ氏の話に乗った。
「まあ、実はこれを話に来た訳では無い」
「そうなんですか!」
「マリー嬢、君に提案がある」
それは私が予想もしなかったことだった。
「君はリア氏の付き人にならないか?」
「え? それって今とかわらないですよね」
「いや、恐らく君が思っていることとは違う。君に身分を与える代わりにリア氏の補佐をして欲しいんだ」
「えーと、つまり」
「これから半年も絶たずしてリア氏は中央国の学園に行ってもらう。そして君にそれに付いていって欲しいんだ。同じ貴族として」
それは考えもしないことだった。
「君は今回のことで貴族というものが嫌になったかもしれない。でも…いやこれは、言うべきではないな。君さえ良ければ、貴族の一員になってくれないか」
「それはリア様の役に立つことなのですか?」
「ああ、とても」
「でしたら何でもやります。やらせて下さい」
「今回の一件は思うことはありますし、私の罪が消えた訳では無いと思います」
「それは」
「でもイスカ様は正しい事をされました。それが嘘だろうと真実だろうと。でもまだ許せてはいないんです。イスカ様も私自身も」
「だから私はリア様とイスカ様の関係性を正常に戻したいです。本人達の意思が無視されて派閥争いなんて私が止めたいです。だからその為だったら何でもやります。やらせて下さい」
リンゴォ氏に頭を下げてお願いする。
「待ってくれ。頭を上げてくれ。私が決める訳では無い。決めるのはクローバー辺境伯だ」
「わかっています。でも、リンゴォ氏に私がリア様の隣に居ても恥ずかしくないくらいにして欲しいんです。それができるのはきっとリンゴォ氏しか知らないから」
「…私の教えは厳しいぞ」
「はい」
私は一介のメイドに過ぎなかった。それでも何かやれることがあるのならやってみせる。
「わかった。それでは1週間後の新年の集まりも頼むぞ」
「はい! え?」
1週間後?
「これから1週間の間に君をリア氏の通訳にしてみせる。覚悟しろ」
無理です。なんて弱音はとても言えなかった。