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西の国の王子様は精霊語を喋るぞ  作者: 苔茎花
第一章 三冬尽くまで
8/72

#8

 イスカ様が住まわれている棟等滅多に近づかない。その為、実を言うとイスカ様の部屋など知らなかった。しかし、今はわかりやすい人達が立っていた。

兵士達は、私に気付くと声を掛ける。

「イスカ様に紅茶を持ってきてくれたのか? すまないが君も知っての通り、警戒中でね。明日の昼までは飲み物さえ飲んではいけないそうだ」

「やはりそうですよね」

力なく笑った。

「それでしたら飲んでくれませんか?」

「え?」

まあ、毒だのなんだのあったばかりで人から物を受け取る様な気にはならないだろう。

「流石に私が毒味しています」

「まあ、そうだろうな。じゃあ、頂こうかな」

「ポットも重いですし減らしてくれると助かります。こちらのカップをどうぞ。そちらの方もどうですか?」

「私はいらない」

「そうですか」

ここまでは計画した通りだ。あとはこの一言を言うだけ。

「お茶を出すようにとリア様が言われたので良かったです。ポットの中身が少しも減っていなかったらどうしようかと思いました」

パリン

陶器が落ちて割れた。陶器の中身であった紅茶は絨毯に染み込んで、湯気を出していた。

「熱ッ」

遅れて目の前で話していた兵士は手を振って手についた熱湯を振り払おうとする。

「おい、何をするクライム」

カップに入ったお茶は、後ろにいたクライムと呼ばれていた兵士によってはたき落とされた。

「今の言葉は聞き捨てないな。感謝こそすれど、文句を言われると思わなかったぞ」

「何言ってるんだ。これに毒はない。もう犯人は捕まったんだぞ」

「何を言っている。この女こそ犯人に決まっているだろう」

「なっ」

驚いた様にこちらを向くが流石にそう言われるとは思ってもいなかった。

「違います。私はただ紅茶を運んできただけで」

「いくらなんでも疑いすぎだぞ!」

流石に相手の主張に無理があると思ったが、味方してくれた。よかった。ここで彼までもこちらの味方ではなかったら終わっていたかもしれない。

「そんなに疑わしいのならばここでこの紅茶を私が飲みますが」

「ふん、無駄だ。紅茶でなく、そのカップに毒が入っているのだろう」

やっぱり。

今の言葉はただ、納得した。

「そうやってリア様を殺そうとしたのですか?」

そう言うとクライムは驚いたように目を開いた。

「クライムさん、あなたが毒を入れた犯人ですよね」


 正直言えば、私の頭は非常にいいわけではない。娯楽小説である『アンロック・ドアーズ』の主人公のように超人的な推理をするわけでも、知識があるわけでもない。だからできることはある程度の目星をつけて動くこと、それだけだ。

リア様の命を狙う人物は沢山いるだろう。それこそ私が知らないような人達だって狙っているに過ぎない。だから一つだけ確認した。幸い今日は、雪が降っていた。雪が降っているということは雪の上に足跡ができるということであり、外部犯がいれば足跡がわかるのだ。まあ、隠れているという可能性もあるにはあるが低く見積もったほうがいいだろう。内部犯であるほうが高いのだから。

内部犯である理由は、外に足跡がないこと以外にもう一つある。一つはリア様の食事会を狙ったことだ。

「普通に考えればおかしなことです。料理人は基本的に館の料理全てに手を加えることが可能です。しかし、それは、いつだって可能な筈です」

あの時サンドイッチを作ってくれた時だろうが、いつもの食事だろうが簡単に私に運ばせられる。

「でも犯人はこの食事会でないと行けなかったんです」

「だからって今拒否したクライムが怪しいって? クライムも少しおかしいが君も中々やばいことを言っているよ」

名前も知らないこの兵士は完全な私の味方ではない。だからこそ味方につけないといけない。

「更に言うのならばリア様を殺す理由はあってもそれ以外の方を殺す理由はないのです」

「しかしあの毒は全員の食事に出されていたのだろう」

「違いますよ。だってさっきの方が言っていたじゃないですか。食器に毒を忍ばせたと」

「......」

「あの毒はリア様だけを狙っていました」

クライムさんは考え込む様に唸った。

「リア様は微妙な立場です。味方が少ないと言い換えてもいい。一方イスカ様の立場は味方が多い。この館の殆どがイスカ様の味方であると言えるでしょう。だったらこの館でイスカ様を殺す理由は殆ど無いんです。秘密裏にリア様を支持する方ですらリア様が領地経営なぞできないことを知っている。だからこそイスカ様も旦那様も殺す理由はありません。これが館の中の人間によって行われた以上、利益関係がしっかりとしてしまっているのです」

「なるほどそこまで考えが及ばなかった」

そう言ってクライムさんは剣を抜き、私に振り下ろした。

余りにも突然のことで反応が出来ない。

金属と肉と骨が潰れる音が混ざる。

私は反応出来なかった。この音を冷静に分析すれば、剣が振り下ろされた私は真っ二つにされたのだろう。

「衛兵さん!」

違う。私の目の前で腕を出して守ってくれたのだ。腕の鎧は剣を受けてくの字に曲がっている。当然鎧が曲がっているのだから中の腕も当然折れている。

「うぉおおおおおおおおお」

獣の様な叫び声、それは半分痛みを掻き消すように叫ばれた。私を守った手は利き手ではなかったのだろう。剣を取り出して振りかぶる。

クライムは避けて一歩引いた。

ドンドンとドアを叩く音がした。

「どうかしたか!?」

そうか。さっきの雄叫びは仲間を呼ぶ目的があったのか。

「襲撃されたドアを開けないようにしろ!」

クライムさんは中々頭がキレるようだった。クライムさんが裏切り者だと知っているのは私達だけなのだ。

「違っ、ッ」

本当のことを言わないようにクライムさんは衛兵さんに斬りかかる。

考えろ。考えろ。今私がするべきことをここで後ろにいるべきなのか?

「助けを呼びに行ってきます」

後ろを振り返って走り出したその時だった。

「馬鹿! 俺の後ろにいろ!」

私は戦いのことなんて何も知らない。片腕を斬りつけられた衛兵さんは直に耐えられなくなる。だから助けを呼びに行けると思った。

しかし、私のやったことは衛兵さんが守れる範囲から守れない範囲に行っただけに過ぎなかった。


「第三術式 槍投擲」

衛兵さんの方を振り返ると魔術によって作られた槍が見えた。そしてそれが私を狙っていることも。衛兵さんはそれを撃たせまいと剣で斬りかかる。

しかし、それを狙っていたとばかりに魔術の矛先を私から衛兵さんへと変えていた。

魔術の槍が衛兵さんを貫いていた。

衛兵さんは剣を杖替わりに突き立てる。それは自分の力のみで立てなくなった証左だ。身体には大きな穴が空いていた。それは空いた穴からクライムが見えるくらいに大きな穴だ。口から大量の血液を吐き出す。

その様子はただ一つのことを意味する。

それは死だった。

「これを喰らっても倒れないのは、流石です。貴方には騎士としての誇りがあった。恐らく私には同じ事はできないでしょう。しかし、それはイスカ様の前で行うべきだった」

「ど、どうして仲間を」

声が震えた。しかし、それは恐怖による震えではなかった。今私の感情は次に自分が殺されることへの恐怖ではなかった。

ただ悲しかった。

哀しみが声を震わせた。

どこか不思議と思っていた。人は死なないのではないかと。この人達は今敵対していると言えど、仲間で殺し合うことまでいかないと思っていた。

「イスカ様の繁栄と安定のため。それ以外にありますか?」

純粋な子供の疑問の様にそれは返された。

違う世界を見ている。私には権力によって何ができるかはわからない。でも、権力がどんな魔力を秘めているかだけの片鱗を今ここで理解する。

「悪いですが、貴方にも死んで貰いましょう。第四術式 槍投擲」

魔術によって槍が創られる。鎧を着た衛兵さんのお腹にあれほど大きな穴が空いたのだ。私だったら骨が残るかも怪しい。

それが放たれると何故かわからないが、ゆっくりとそれが近づいてくる様に見えた。死ぬ前の走馬灯かもしれない。でも、あれだけ凄い威力なら痛みも無いかもしれない。


突如爆発音がした。私の目の前で壁が爆発した。私のゆっくりとした意識はいつもの意識へと戻っていた。真っ白な布が此方に近づいてくる。その真っ白な布は雪にでも降られたか冷たく、濡れていた。

「##」

大丈夫か? そう聞いてくれた。

「私は大丈夫ですが、衛兵さんが」

衛兵は体を真っ赤に血で染めていた。

「#」

まるで英雄を称えるかのようにありがとう。そういっているように聞こえた。

「…当然ですよ」

もはや命が尽きたかと思っていたが、衛兵は口を開いた。

「っ! 喋らないでください」

一言一言喋るたびに命が削れる。だけど衛兵は口を開いた。

「この目論見にイスカ様は関係ないです。あいつが企んだだけのこと」

「わかっていますから、今喋らないで」

「リア子爵。その者そいつの言う通りだ。イスカ様は関係ない」

どの口がと言いたくなるが、クライムは続けた。

「あんたと真面目に魔術で戦って勝てるとは思っていない。だからこそ言うが、これは俺が、俺一人が勝手に企てたことに過ぎない。

他のやつらは計画すらしらない。本来ならあんたが来た時点で潔く負けを認めるべきなんだろうが、俺も仲間を殺してしまった。ここでは引き下がれない。」

「第五術式」

熱気と光が肌を焼く。先ほどの魔術は槍の形をしていたが、この魔術は炎を纏った槍の形をしている。

単純に考えれば先ほどよりも威力が高いのだろう。

「俺に一つだけ勝機があるとすれば、お前の後ろにそのメイドがいることだ。俺はお前が避ければメイドを貫く。そしてこの魔術はあらゆる防御魔術では防げない」

リンゴォ氏も言っていた。槍系統の魔術は竜の鱗すら貫く。

「リア様、私のことなぞ気にせず避けてください!」

リア様が攻撃を食らってしまうよりはと思ったがリア様は避ける素振りすらない。

「リア様!」

「#$#」

大丈夫。そういっているように聞こえた。

「炎槍投擲」


膨大な熱量を持った槍が近づいてくる。夜の廊下はこの炎によって照らされる。

たとえあの巨大な槍を防いだところで、この狭い室内では、炎によって囲まれてしまうだろう。

「###」

リア様は同じような槍の魔術を創り出し、放った。

「魔術での相殺を狙うか!」

しかし、クライムは驚いた顔をするものの、どこか余裕があった。

何か、何か見逃しているのでは?

「っ! リア様、それでは、炎が飛び散って火事になってしまいます」

この男にとってどのようね結果でも良かったのだ。避ければ私が死に、防御すればリア様が死ぬ。そして相殺しようものなら火事を引き起こすことができる。

どう転んでも自分が有利になるように仕組んだのだ。

「##」

クライムも私が企みを暴いたことを喜ぶように笑う。しかし、その笑みは炎がどんどんと小さくなると共に消えていった。

「なに!」

不思議なことに炎に包まれた槍は、不思議と炎の威力が下がり鎮火されていった。

残された槍は、お互いが自壊し合うように砕け散った。

それをボーっと見ていたのは束の間、クライムはもう一度魔術をふるおうとする。

「第四「##」

それよりも早くリア様が高速で放った魔術がクライムを穿った。

それでも威力としてはあまりないのだろう。まだ次の魔術を放とうとするクライムに対して追撃の魔術を食らわせる。

「ふざ、ける」

威力は低いが高速で放たれる魔術を高速で何十発と放つ。途中、クライムは防御魔術のようなものを展開するが、それもすぐに砕かれてしまい、次の魔術が襲う。

「がほっ」

クライムが吐いたものが魔術言語でも、苦悶の声でもなく、血反吐になったとき、やっとリア様は魔術を止めた。

しかし、警戒を止めることはなく、魔術を構える。

その時その場の誰もが予想していなかったことが起こった。

「兄上!」

イスカ様が扉から飛び出してきたのだ。

クライムはイスカ様を見ると笑って何処に隠し持っていたのか、ナイフを取り出した。

「#!」

リア様は咄嗟にイスカ様へと防御の魔術を張った。

その時のクライムのやった事は、誰しもが予想できなかったことだった。

「此度の暗殺は全て私がやったこと。他の誰も関係がない!」

自分で自分のクビをナイフで刺した。経脈から流れる血液は勢いよく飛び出てリア様とイスカ様の防御魔術にかかる。

死んだ。

それも呆気なく。

今この場で二人も死んだ。

だと言うのにそれが全く意味を成さないかのように時間は進んでいく。この人達は一体何を得たのだ。ただ全てを失っただけにしか見えない。

「兄上、マリー話がある」

目の前で人が死んだというのに十歳らしくないイスカ様はこう言った。

「私は今のことを無かったことにしたい。それは可能か?」

血に染まった絨毯の上で、ウサギを殺すことを怖がった少年が今何と言ったのか?

「兄上達は確かにこのクライムに襲われた。しかし、私を信じて私の嘘を飲み込んでくれないか?」

「一体何を!」

怒りだか、驚きだかわからない感情で反射的に聞いた。

「このままだとクライムの家族は謀反の罪で一族郎党皆殺しだ。しかし、この男だけが策略を組んだだけなのだ。厚顔無恥なのはわかっている。この通りだ」

そう言ってイスカ様は頭を下げた。本来ならばリア様ならともかく身分の低い私にまで下げるべきではない。そうやって誠実さを表そうとしているのはわかる。分かるのだが、それ以上にこの目の前の少年が何を言っているか、わからないのだ。

「料理人は濡れ衣を掛けられた。私が暗殺者によって襲われたため2人が応戦したものの倒れてしまった。そして暗殺者を兄上が追い払った」

その嘘を私につけ。

そう言っているのか?

それは真実ではない。

嘘をつくのは悪いことだ。

でもこの嘘はもう誰も殺さない。

真実は無罪のクライムさんの家族を殺す。

「それでは駄目か?」

その表情だけは子供の様に純粋だった。

「私は…」


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