#7
「この食事に毒が入っています」
私は少しリア様に目をかけて貰っていると言えど、ただのメイドだ。普通だったらこの場で喋ることも許されまい。信用されないかもしれない。しかし、この場にはリンゴォ氏がいた。
「毒だと、それは本当か?」
「…はい。私が言うことが正しいのならリア様も魔法を止めてくれると思います」
三つの視線は私から離れてリア様に向かう。
「#」
リア様は頷くと三つの魔法を消した。
「しかし何故私達に魔法を向ける必要が?」
旦那様の疑問はご尤もだ。しかし、私の代わりにリンゴォ氏が答えてくれた。
「それは私達が先程体験した通りでしょう。リア氏が言ったことを私達の誰もわからなかったはず。もしリア氏が言ったことを無視して食事に手を付けたとしたらどうなるかおわかりでしょう」
そう言うと三人が黙った。言葉で何かを叫ばれたとしても食い気が勝つかもしれないと思ったのだろう。
「うむ。そうだな。リア君を疑って済まなかった」
リンゴォ氏が率先して話す。
「兄上ごめんなさい」
「リア氏ありがとう。そちらのメイドもありがとう。君がいなかったら兵士が勘違いするところだった。と言っても怪我をするのは兵士だろうが」
リンゴォ氏が旦那様を気にしてやや他人行儀に礼をいう。
「いえ」
「君はリアのメイドか。名前は?」
旦那様に名前を聞かれるとは思わなかった。
「マリーと申します」
「覚えておこう」
それと同じくして城の兵士が此方に駆けつけた。
「大丈夫ですか!?」
「私達に大事はない。それよりも料理に毒が盛られた。誰か料理人を全てここに集めてくれ。それと料理を運んだ使用人も。手荒な真似をするなよ」
旦那様がそう言うと兵士達は急いで部屋から出ていった。
ドタドタと兵士達が走り、遠くで怒鳴り声が聞こえる。やってしまった。私はとんでもないことをやってしまった。全身に滲む冷や汗が身体を冷やし、視界がどんどんと暗くなってくる。何やってるんだろう。私は使用人だから働かなきゃならないのに。身体は凍ってしまったかのように動かず、瞼がどんどんと落ちる。
「##÷#!!」
「マリー嬢!マリー嬢! 誰か気付け薬を。いや、この場の物は何も信用できないか」
二人が焦る様子を何処か俯瞰するように聞いていた。
唇から暖かい液体が喉を通り、身体を急激に温めた。
「ケホケホ」
喉が焼けるように熱い。目を開けるとリア様とリンゴォ氏が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「よかった。食い意地が張って毒が入った食事を食べたのかと思ったぞ」
「##€」
そんなことないと言えるほど元気ではなかった。
「まあ、緊張の糸が切れたのだろう」
あれ?私何処に寝ているんだろう。でも見覚えがある。私がベッドメイキングをした場所だ。
「ッ! ごめんなさい。今すぐおります」
ここはリア様の寝室だ。しかしリア様に肩を押されて立ち上がれなくされる。
「##€」
「リア氏の言う通りだ。今は大人しくしているといい」
「ごめんなさい」
恐れ多い気持ちを抱えながらそのまま横になった。
「しかし、君には驚かされるな。君とリア氏以外は誰もわからなかっただろう」
その言葉にウンウンとリア様も頷く。
しかし、その姿には罪悪感があった。
「いえ、あれは嘘なんです」
私の言葉に二人は言葉を失ったようだった。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。こんなに沢山の人が動くとは思っていなかったんです」
「食事に毒が入っているのは嘘だったのか?」
「はい。あっ、いえ、それはわからないです。私は入っているとは思っています。あの場を収めればいいと思って、リア様が魔法を行使した理由と怒っている理由に合致していれば何でも良いと思ったんです」
「それが毒だと」
リンゴォ氏は少し感心したように言った。
「よくよく考えればリア様が二人を襲う理由はないけど、リア様が誰かに襲われる理由はあるんです。しかし、リア様を殺すなら魔法で勝たないといけない。でも毒殺だったら口に運んでしまったら確実に殺せます。でもどうやってリア様が毒だとわかったのかとかわからなかった」
「確証はないが、あの場で証言した。と。大した嘘つきだな」
「ご、ごめんなさい」
「いや私は褒めているよ。本当に。確かにリア氏に敵対意識がないと示した上で、食事を止めさせた。気付いたのはリア氏だが、止めたのは君の功績だよ」
リンゴォ氏は振り返ってリア様に尋ねた。
「それでマリー君の推理は合っているのかね? リア氏」
「#」
どうやら合っているらしい。
突然つむじあたりを軽く押された。
「0€##€€」
何を言っているかわからないが、まるで分かってくれた訳じゃないんだとなじられている気がした。いや、リア様はそんなこときっと言わない。言わないよね。
「しかし、どうして毒だとわかったのか。私にも全くわからないね」
「そうなのですか? 私が知らないだけで魔法にあるとばかり」
「魔法だったらあるかもしれないが、魔術にはない。少なくとも毒を検出する魔術なぞ聞いたことない。と言ってもリア氏ほどだと魔法の一つや二つ使えるかもしれないが。聖女は人を癒す魔法が使えると聞くし。と言ってもリア氏に説明された所でわからないが」
何だか魔法と魔術を使い分けているのは、何か違いがありそうだ。しかし、そんなことよりも聞きたいことがあった。
「それで犯人は捕まりましたか?」
「いや、申し訳ないが、外の状況はわからない」
「そうですか」
一つだけ犯人に心当たりがある。
そう思った時、戸口を叩く音がした。
「失礼します。犯人が捕まりました」
「流石西の国の兵士だな。それで犯人は何と言っているんだ?」
「いえ、暴れたため、どうやら殺してしまったようで何も聞けなかったようです」
私は恐る恐る聞いた。
「誰が犯人だったのですか?」
「料理人のライムでした」
やっぱりそうだったんだ。私の中での犯人の特徴に合点が行く。料理人のライムさん。サンドイッチを作ってくれたライムさん。可哀想なライムさん。
「ありがとう。下がってくれ。料理人が犯人となると全ての食材は廃棄だな。明日の昼までは何も食べれないだろうが。幸い水分補給は酒でできるが」
「…あの、私も下がります。落ち着きましたし、他の方々が忙しいのに、私ばかりここにいられない」
「ん? そうか」
リア様の部屋を出ると兵士が待ち構えていた。勿論リア様を守る為だろう。普段はこんなとこに立ってはいないが、今は緊急事態ということだろう。軽く会釈をすると使用人部屋に戻った。
帰りがけに兵士がいっぱい集まっている場所を見つけた。それは館の裏口だった。まあ、恐らくはここでライムさんが殺されたのだろう。一つだけ確認したい所があったのだが、これでは無理だろう。
諦めようと思ったが直ぐに2階から観ればいいことに気付いた。
2階に行くと予想通り誰にも邪魔をされることもなく確認出来た。外は、雪が軽く積もっていた。庭は粉砂糖が掛けられたみたいに綺麗に積もっていた。惜しむらくは兵士達の中心の雪が土の色で茶色だったことと赤みがかっていたことだろう。ここで何があったのかは予想するのは簡単だ。見たかったことは確認できたので、直ぐに使用人部屋に戻った。
使用人の部屋に入ると同じ使用人ディジーには、心配してもらえた。
「大丈夫だった?」
「はい、なんとか。それよりもあの後どうなりました?」
「それが大変なんだよ。料理人のライムさんが犯人だって言うし、厨房は兵士がひっくり返すし、あれは兵士達が元に戻してくれる訳じゃないよね」
チラリと厨房を見ると泥棒にでも入られたと思うぐらいに散乱している。
「確かにあれを戻すのは私達だろうね」
「もー、兵士達は一体何なの!」
多分この様子だとライムさんが殺されたとは知らないのだろう。しかし、わざわざ私から言う必要もない。それに今からやることがある。厨房でお湯を沸かしていると一緒についてきた。
「ごめんなさい。私所用を思い出したからもう少ししたら出るわ」
「ま、待って」
振り返ると今にも泣きそうな顔をしているディジーに裾を引っ張られた。
「行かないで。今外に出るのは危ないよ。聞いたよ。倒れたんでしょ。一緒にここにいよう」
気づいてみれば、他の使用人はいない。皆仕事なのだろう。何故彼女がここにいるのかというとサボっている訳でも、何でもない。外が怖かったからここにいたのだろう。そんな彼女に近づいて軽く抱擁した。
「ごめんなさい。まだやることがあるの」
私は慰めている訳では無い。一刻も早くこの部屋から出たいだけだ。私ってズルいなと思いつつも止まる気はなかった。
「マリーは死なないよね」
「人はいつか死ぬわ」
「そういうことじゃなくてさ」
そう言われて気付いた。この子はライムさんが殺されたことに気づいているのだ。でも信じたくない気持ちと死に対する恐怖がごちゃ混ぜになった。
「犯人は捕まったって言っていたでしょ」
「…うん。でもさ…いや、やっぱりやめる」
私は沸かしたお湯を紅茶のポットに淹れると彼女に背を向けてこの部屋から出ようとする。
「マリー生きて帰ってきてね」
「怖がりすぎよ。大丈夫」
ドアを閉めると廊下の冷気を感じる。外は、未だに雪が降っていた。
紅茶のポットとティーカップを物を運ぶ用のエレベーターに入れ、二階に回る。滑車を引くと段々とポットとティーカップが上がっていく。
私がこれを持っていく先はリア様ではなかった。