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西の国の王子様は精霊語を喋るぞ  作者: 苔茎花
第一章 三冬尽くまで
6/72

#6

 リア様は常ににこやかだ。まるで自分が危険な人物ではないと主張するみたいに笑顔を絶やさない。だからこそ何を考えているかわからない時がある。笑顔の裏で何を思うかはわからない。私はリア様の笑顔の裏もまた優しい方だと思っている。しかし、そうは思わない人も知っている。そしてリア様が優しい方だと思っている私でも、リア様が怒った時に思わず怖いと思ってしまった。


 私は初めてリア様の怒りに出くわした。

 リア様は険しい顔つきをして魔法を展開した。その魔法は4つ。狙いは3つ。旦那様。イスカ様。リンゴォ氏。いずれもこの食事会の参加者だった。残りの一つの魔法だけが所在なく漂っている。

「兄上!」

イスカ様の驚く声。

「リア子爵!」

リンゴォ氏の宥めようとする声。

「……」

旦那様の見極める様な目つき。

まさに一触即発と言った雰囲気。この場の雰囲気を制するのはリア様一人。リア様が何を考えて魔法を出したのか? 何について怒っているのか

「#<%##€¥$!?」

しかし、この場の誰もがリア様の言っていることなぞわからなかった。

隙を見た使用人がこの部屋から逃げた。恐らくは助けを呼びに行ったのだろう。

最初に思いつくのはやはり魔法でこの三人を殺そうとしているということだ。

リア様がいきなり意味もなく魔法を放つなんてあるわけがない。あるわけがないのだが、余りにも突然のことで、理由もわからないことも相まって、リア様を心の何処かで疑ってしまう。

しかし、一つだけ。この場を解決する方法がわかった。

この4つの魔法は私を絶対に狙っていないのだ。

リア様は背中を私に見せる。私なら飛びかかって止められるのではないかと思うぐらいに無防備だ。

しかし、私の使命はそうではない。

私の使命は、リア様の正しいお言葉を伝えることなのだ。

でも、リア様のお言葉がわからない。

何が伝えたいことなのか。何に怒っているのかを。

それならば私が推理するしかない。

ギュッと拳を握る。

おそらくこの推理が間違った場合には、リア様はすべて失ってしまうかもしれないのだから。


 まずはことの始まりを考えなければならない。この食事会を最初に教えてくれたのは、意外にもリンゴォ氏だった

「食事会ですか?」

リア様は普段食事を一人でとる。それは偏に旦那様の現在の奥様に怖がられているからだ。しかし普通に考えれば、リア様の年齢なら当然社交界にでるのが普通である。しかし、リア様は精霊の言葉しか話せないため、”配慮”があって社交界に出ることもない。家族からもリア様は微妙な立ち位置である。だからパーティほど立派な催しではない食事会はいい練習になるだろうと思ったそうだ。

「そうだが聞いていないのか?」

「年末年始が忙しいのは知っているのですが、リア様は出ることはないと思っていましたから」

「別に辺境伯は、リア子爵を社交界に出さないつもりはないらしいしな」

「そうなのですか?」

それは意外だった。どうやら奥様に好かれていないらしいということは聞いていたから、旦那様にも好かれていないものだと思っていた。

「まあ、リア子爵があの力の割に不遇な扱いを受けているというのは同意だが、リア子爵ほどの人間を今の地位にしようとは思わないだろう。辺境伯も」

私はリンゴォ氏が思ったよりもリア様を評価していることが意外であった。

「リア様を評価されているのですね」

そう言った私を見てリンゴォ氏は意外そうな顔をした。

「なるほど。むしろ君はリア子爵の本気の力を見ていない訳だ」

そう仕切り顔で言うのは、少し嫉妬してしまう。まあ、リア様と一緒にいるのはここ最近、リア様のことはだんだんと分かってきたといえど、リア様の昔など、本人が語ることがないのだから、わかろうとしてもわからない。

「本気の力ですか?」

「君は竜を見たことがあるか?」

「魔獣は見たことありますが、竜は…」

思い出すのは、あの時の魔獣、リア様と出会った時の魔獣だ。それ以降この城壁の中にいるのだから会いようもない。

「まあ、私も遠目でしか見たことないよ。竜に会う人間なんて凄腕の魔術師か既に死体になった者かだろう」

つまりは、凄腕の魔術師でなければ死ぬと暗に言っているのだ。

とあればリア様は凄腕の魔術師となる。

「古くからの言葉でこの様なものがある。魔獣は村を滅ぼす。竜は都市を滅ぼす」

「都市ですか?」

危険を知らせるようなことわざのようなものなのだろうが、その規模の違いにびっくりする。私が出会った魔獣は確かに大きかった。しかし、この城壁を越えられるかと言えば否である。だからこそ城壁の中の人々は安心して暮らし、城壁外の人間は明日生きられるとも知らずに生きる。

「竜は空を飛び、大抵の魔術は効かない。一般的な魔術師では、まず竜鱗を超えてダメージを当てられない。そして空を飛んでいる為にそもそも当たらないという一流の魔術師でも死ぬ可能性が高い生き物だ」

「その竜をリア様は倒してしまったのですか?」

リア様ならそれぐらいをしてしまえるだろうと期待を込めて言った。私だって知っているリア様だって飛べるのだ。それぐらいできてもおかしくない。

「ああ、それも20体ほどな」

「え?」

「さっきも言ったが、一匹いれば都市が滅ばされる。だが一流の魔術師何人かの命を犠牲にすれば何とか凌げるんだ。しかし、二十匹はどうしようもない。流石にこの都市ももう終わりかと思った時、当時十四のリア子爵がその竜を全て倒してしまったのだ」

「流石ですね」

もはやそこまで行くと凄いのかよくわからない。ただ何だか自分まで褒められたような気分になって素直に喜んでしまった。

「それはそれで問題があるのだがな」

「問題ですか?」

そんな強い化け物を殺して何の問題があるというのだか。

「君も知っている通り、リア子爵は民衆の人気は高い。竜を倒したからね。そしてこの都市の魔術師連中の人気も高い。今この都市で一番強い魔術師は、リア子爵だろうからね」

最初にこの町に来た時の馬車を思い出す。確かにリア様は人気だった。それも途轍もない人気だった。あれは貴族というものが慕われるものということではなく、リア様の人徳あってのものだったんだ。

「君も知っている通り、この館の味方はあまり多くない。本来であれば民衆の人気と家臣の人気は比例するはずなのだよ。しかし、そうはなっていない。となると何が起こるか。予想は容易い」

「容易いんですか?」

私には全く予想もつかなかった。

「とは言えど私はクローバー家の客人、例えメイドだろうと滅多な口を聞くべきではない」

リンゴォ氏は私を試す様な笑顔を浮かべた。

試されている。

あの顔は私の答えを待っている顔だった。正直言えば言葉には上手くできないが、リンゴォ氏が何を言うかは何となく想像出来た。

でもこう答えるべきだ。

「ではリンゴォ氏が口を慎むことを私が口を開いてはいけないですね」

私の返答を受けるといたずらが失敗した少年の様にへの字に口を曲げた。

「世の中答えは一つでないと言えど、教師の答えには模範解答を述べることが賢い生き方だと思うが」

心の中であっかんべーして答えた。

「これがメイドとしての模範解答ですので、きっとその教師の方は賢さをきっと褒め称えてくれますね」

「はあ、君の賢さは後天的なものだろうけど、小賢しさは先天的なものだろうね」

「リンゴォ氏に褒めて貰えるのならきっと素晴らしい才能なんでしょう」

そんなどうでもいい会話をしているとすぐに夜が来た。こんなこと言っておきながらリア様のメイドとしての意識が足りなかった私は食事会は別のメイドがやってくれるとおもっていたのである。


 今日は太陽が大地に届かないほど、雲が厚く、そして何よりも寒かった。お館は日光が入らないと夜のように暗くなる。

「本日は雪が降りそうだ」

執事長が食事会の準備をしている際にポツリと言った。不思議な話だが、執事長の天気予報は何故か当たる。それが長年の経験によるものなのか、何か他に理由があるのかは知らない。

でも確かに肌に突き刺さるくらいに寒く、湿気を感じる。イスカ様はともかくリア様は雪が降ったら喜ぶのだろうか? 雪が降って喜ぶリア様は想像できるようなできないようなそんな感覚に陥る。

「マリーさん。ボーッとしていないで」

「はい、ごめんなさい」

久しぶりにお叱りを受けた。最近は自分でも弛んでいる自覚が少しあったから背筋を伸ばした。

「あなたも食事会でお側に仕えるのですから気をつけて下さい」

「はい!…」

え?

その疑問を声にも顔にも出さなかったことを褒めて欲しい。まるでわかっていますというような顔をしてやり過ごした。


 食事会の準備は忙しかったが、忙しかったのは毎日のことだった。そこからこんな事件に発展するとは露ほども思わなかった。ここから言えるのは、リア様にはしっかりと動機があるということだった。だって殺してしまえばその地位も何もかも奪えるということなのだから。しかし、リア様がそういうことをわざわざするかと言えば否だろう。今の領地だってリア様単独の力では維持できないのだから、ここでこの三人を殺しても領地を運営できない。そもそもそんな俗な方ではないので、リア様が領地や権力が理由でやるとは思えない。いや、むしろこの三人を殺してデメリットを大きく受けることになる。そうなると思いつくのはこの魔法は殺すために展開している訳では無いということだ。

 だったらなぜ?

 顔を上げるとリンゴォ氏と目が合う。まるで私に何か期待しているような目だ。その目を見て気付いた。

「わかりました。リア様が言いたいことが」

四人の男性の視線が私に突き刺さった。今から私はとんでもないことを言うのだから、当然だ。

「この食事に毒が入っています」


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