#4
カルロス・フェルディナンドの悪癖は、お節介を焼いてしまうことだった。余計なことをしている自覚はあった。ましてやリア君との関係性は生徒会の先輩と後輩でしかない。だが、前回の総合演習以来マリー君を気に入ってしまった。もちろんその好意に恋愛感情はない。ただ、気に入ってしまった後輩にあれこれと世話を焼くのが好きなのだ。といってもマリー君は僕より仕事ができるし、むしろいつもは僕は世話を焼かれている。しかし、僕はマリー君がどうしてもできないものを見つけてしまった。日頃何か恩を返せないかと思っていた僕は思わず首を突っ込んでしまった。僕だってただ単にマリー君とリア君が付き合えばよいと考えているわけではない。ただ、この二人がお互いの思いに気づけないという不幸だけは避けたかった。そう僕が避けたいのはその不幸のみだった。誰がどう見たって二人は両想いではある。しかし、一方でその想いを伝えられない何かがあるのかもしれない。それが恥ずかしさなのか、それとも何か別の障害なのか。
ああ、いや。
難しいことばかり考えて自分を正当化しているが、どうやら僕は、ただ単にマリー君とリア君が付き合えば良いと考えているようだった。
談話室はいつ、誰が使ってもいいものだが、まさかリア君と話すためにこれを使う日々が来ると思いもしなかった。だって彼は精霊語しか話せないのだから。
「リア君すこしいいかい?」
柄にもないことをやっている自覚はあるものの、リア君を談話室に呼び出した。
「#」
「思えば、マリー君と話してばかりで、君とは中々直接話してなかったよね」
「#」
「うんうん」
やばい、一体何を話せばいいんだ?
てか何喋っているのかわからん。
マリー君、連れてくればよかった。
いや、マリー君連れてきちゃ駄目だよ。何言ってるんだ。馬鹿か。
「どうやら最近マリー君との距離が微妙みたいだね」
「・・・#」
「.....」
これ相手が何言ってるかわからないから俺が喋らないといけないのか。
「リア君は彼女をどう思っているんだい?」
「##%>\」
「うん」
ヤバい。何言ってるかわからん。
どうしよう。先輩としてここで引くには行かないだろう。
「まあ、気持ちはわかるよ」
いや、わかる訳ないだろ!
どうしよう。今、実は何を言っているかわからないと言ったら許されないだろうか。
「><##!」
あ、何か喜んでいる。
これは許されない奴だ。
「だが、マリー君はどう思っているかな?」
「゜゜:」
「実際、マリー君がどう思っているか知らないけど、今までの君達は仲が良かった。それは違わない」
「#」
「でも、関係性は変わった」
「#」
ああ、本当に。
「何が原因で変わったかは知らないけど」
本当に。
「関係性が変わったことを受け入れないといけない」
マリー君が好き避けでリア君を避けてるって言いてええええ。君が嫌われているんじゃなくて好かれているからこうなっているって言いたい。
おい、マリーはお前のこと好きらしいよ。
って言いたいいいい。
馬鹿か。気づけよ。何真面目な顔して聞いてんだ馬鹿野郎。
いや、ていうかマリー君も馬鹿野郎だよ。お酒飲んで甘えてから、気になり出すとかアホか。
もっとあるだろ。他にも良いところが。どうせこいつら両方好き何だから告って終わりだろ。早く告れ。
「#」
「なんだい?」
早く告れ。
「###%€=」
何言ってるかわからんから、早く告れ。
「うん」
早く告れええええええい。
「リア君、僕が思うにマリー君は君のこと」
「少し良いかい?」
好きだと思うんだがって。
「え?」
「すまない。何か生徒会関連だろうか?」
「ああ、いや、別にプライベートなことだから。別にね」
良くないよ!
と一瞬思ったが、ヴィクトリア君と話していたことを思い出す。危ない。勝手にマリー君の気持ちを言うところだった。
「すまないが、カルロス先輩、席を外してもらっても?」
この子はダーシー君。確かリア君やマリー君と同じクラスの人のはずだ。
「別に構わないが、何か大事な話をするのなら、部屋に戻るか外で話した方が良いと思うけど」
ダーシー君は一瞬何かを言い掛けて、止めた。まさかただの気遣いのつもりがこうなるとは思わなかった。
「いや、私に恥ずべきことはない」
何かボタンをかけ違えたかのような、いや、何か踏んではいけない尻尾を踏んでしまったかの様だ。
「リア君、君に言わないと不誠実だと思うから言う。僕は今からマリー君に白薔薇を渡しに行く」
え? 今なんて?
「これは君に許しを請おうと思った訳ではない。ただ黙っているのが、不誠実だと思ったからだ。失礼する」
そう言って、そそくさと談話室から出て行ってしまった。
意外と唖然としているのは、僕だけだった。
リア君は困った様に笑うのみだった。
そのリア君になんて声を掛けて良いかわからずいるとリア君も談話室から出ていった。
「今年の1年やばすぎだろ」
僕の独り言は、談話室に消えて行った。
先輩風を吹かせようとしたものの、僕は所在気なく談話室に取り残された。
ヴィクトリア君の言葉がふと思い出された。
「自分の気持ちが、愛に変わった時にさ。誰かに背中を押されたからじゃなくて、自分の気持ちで告白したいじゃん。背中を押したら、私達のせいで告白できなくなっちゃうよ。そうなったらきっと後悔するよ。私だったら自分自身が信用できなくなっちゃう」
人の恋路に勝手に手を出した罰みたいだ。
「ねえ、昨日何が起こったのよ」
廊下でばったりヴィクトリア嬢に会うとそのまま捕まった。
「何がって何が?」
何か事件でも起こったのかと思うが、十中八九昨日のダーシー君の件だろう。
「マリーが体調崩したって、あいつが体調を崩すなんてありえないじゃない」
ダーシー君が告白した件がすぐに広まったと思ったが、どうやらそうではないようだ。幸いダーシー君の宣戦布告は、僕とリア君以外誰も聞いていなかった様だった。男子には少なくとも広まっていないのだが、どうやら女子にも広まっていないらしい。だが、どうやらマリー君の様子でヴィクトリア嬢は何か疑っている様子だった。
「体調は崩すこと自体はあり得るだろうけど」
君はマリー君を何だと思っているのだと問いただしたい。しかし、ダーシー君が告白したと言いふらすつもりはなかった。誰が言い触らしたかわかってしまうし、マリー君の恋路は応援しているが、ダーシー君の勇気を踏みにじって良い訳ではない。どうやらダーシー君は誰にも知られず、告白したみたいだ。
「誰が告白したか知らない?」
「知らない」
「へえ、じゃあやっぱり告白したのね」
ヴィクトリア嬢の勝ち誇ったような様子にたじろいでしまった。
「鎌かけるの止めて貰えないかな」
「私に隠すのが悪いのよ」
やっぱり嘘をつくのは下手だ。そもそも嘘すら吐けない副会長ほどではないが、僕もまた嘘が苦手である。
「それにマリーが体調悪いってのに、アンナがニコニコしているのよ。怪しいじゃない」
それは確かに怪しい。つまりは自分で抱えきれなくなってアンナに話たってことか。
「しかし、あんたが隠しているってことはあんたが知っている人でしょうね」
「少なくとも目の前で推測するのは止めて欲しい。何だか僕が秘密をばらしているみたいだ」
「それで誰なの?」
「…言わないよ」
危ない。そのまま言いかけた。
「それなら全員に鎌かけて見るしかないわね」
鎌かけられるダーシー君が可哀想に思えた。
「…それは止めてあげてくれ、ダーシー君だよ。ダーシー君」
それを聞くと目を丸くした後、笑った。
「いや、無理でしょ」
「その反応は酷くないか?」
正直言えば僕は一年生同士の関係性を知っているわけではない。ダーシー君のことは顔くらいはわかるし、リア君の友達の一人だったことくらいは理解しているが、それ以上は何もしらない。
「いや、マリーの眼中にないじゃない。同じクラスでちょっと喋るだけよ。何の関係性でもないじゃない。リアとマリーの方が何倍も関係性が深いわよ」
「いや、そこら辺はよく知らないが」
「大体男って告白するってことがゴールか何かと勘違いしているのよ。いきなり舞踏会に誘ってはい、終わりなんて訳ないでしょ」
何故かダーシー君だけでなく、全ての男が傷つけられた。僕の心にもナイフが突き立てられた気がする。
「ダーシーじゃあ無理無理」
まあ、ヴィクトリア嬢の言っていることを信じる限り、ダーシー君の勝ち目は薄いように感じた。別に僕はダーシー君の味方でもなんでもないんだから、応援はしない。邪魔もしないが。
「だけどどうしてマリー君は休んだんだろ。絶対に無理なら元気に来ても困らないだろ」
「断る方だって疲れるのよ」
なるほど道理である気がした。
「しかし、マリー君だったらバッサリ断るかと思っていた」
別にヴィクトリア嬢の考えに反するつもりはなかったが、ヴィクトリア嬢もどうやら同じ様に思っていたのか押し黙った。
言ってしまえばらしくないのだ。もちろん恋愛という物事において、らしさというのが的外れということがどれだけ意味があるのかと疑問に思う。
「案外僕らが思う彼女らしさこそ全くの嘘だったりしてね」
「はっ」
冗談で言ったつもりではあるが、鼻で笑われるとは思わなかった。
「ありえないわ。もしそうだったらこの私を欺いているのよ」
まるで自分は騙されないと思わんばかりのセリフだが、案外簡単に騙されそうなタイプにも見える。しかし、それを指摘するほど野暮じゃない。
「ただの冗談さ」
「知っているわ。でも、マリーだったらもう少し冗談のセンスも良いわ」
彼女の嫌味の無い生意気さと一緒にされても困る。
「彼女の中央国の喋り方は洗練されているしね。もともとの生まれが良くないとああまではならないだろう」
彼女は両親を失った後、スプリングフィールド家の養女になったと聞いた。元の両親については知らないが、少なくとも洗練された高等教育を子供にさせられる家なのは明らかだ。
「まあ、箱入り娘なのか、世間に疎い所はあるのよね」
「うん。この前適当に言った下ネタを拾われて、〇〇ってなんですか? と聞かれたときは焦った」
「…最低よ」
「ああ、いや、マリー君に言ったわけじゃなくてね」
「なんだって最低よ」
「まあ、否定はしないが、でも、マリー君もそういった物事に疎いからね」
この前の酒盛りだって、危うくあらぬ疑いがかかりそうだった。
「まあ、そうね。リンディの奴もマリーには、下ネタ言わないしね」
リンディという娘は知らないが、まあどういう娘なのか、なんとなく想像できる。
「ふふっ」
その時、何の脈絡もなくヴィクトリア嬢が笑ったのでびっくりした。
「ああ、いや、ごめんなさい。思い出し笑いなの。あの娘の着てるドレスの何着は私があげたものなの。学園に入学する前にね。リア様との馬車を交換してくれたら、ドレスをあげるって言ったら、そんなことはできませんって言いながら、目ではそのドレスが欲しいって訴えていたの」
「そんな可愛らしいことしていたのか」
堅いイメージからは想像がつかないようで想像がつく。
「あんまり可愛いものだから、二着も三着あげるつもりだったのに、いっぱいあげちゃった」
ドレスは可愛いから何着もあげるものではないが、それを言ったら野暮だろう。
「ああ、本当に可愛い」
そう言って笑う彼女を見て気づいた。
なんであまり関りもないこの少女とこうして話し込むまでなったかを疑問に思わないわけでもなかった。
でも、答えは簡単なことだ。
同じ人間を好きになったからだ。
その人について話すだけでこんなにも話に花が咲く。ヴィクトリア嬢は口にこそ出さないが、マリー君を相当気に入っているのだろう。
何度でも言うが、僕にマリー君への恋愛感情はない。
可愛い後輩だからだ。
でも。
そう自分の中で冷静に関係性を思い浮かべる。
マリー君とヴィクトリア嬢が仲が良いのは、リア君を好きだからではないだろうか?
同じ人間を好きになる人同士が仲良くなるというのは、彼女たちの関係でも言えると僕は言えると思う。
ヴィクトリア嬢がリア君を好きではないと言うが、それが真実だと思っていなかった。
だが、彼女が嘘をついているとも思えなかった。きっと僕が知らない関係性がある。ヴィクトリア嬢のリア君への感情は時に想像もできないような複雑さを見せる。
しかし、それに突っ込もうとは思わなかった。
その理由は簡単だ。
多分僕とヴィクトリア嬢はお節介を焼いてやるほどには、仲が良くない。
僕はそれを良しとしていた。
そして彼女もそれを良しとするだろうと思った。