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西の国の王子様は精霊語を喋るぞ  作者: 苔茎花
第一章 三冬尽くまで
3/72

#3

 イスカ様の忠告を胸に仕事を頑張っていた。

ただ、いくら同じ館にいるとは言っても、もうリア様と会うことはないだろうと思っていたのだが、意外にもすぐに一緒になることになった。

「私がリア様の御付きのメイドですか?」

「と言っても、交代制だけどね」

そう言うのはメイド長。このお館の仕事の振り分けなどもするやや恰幅のいいベテランのメイドだ。このお館に勤めて早三か月。どうやら物覚えがよかったらしい私は、すでにほとんどの仕事ができるようになっていた。しかし、下女のする仕事などは、私からしてみれば、主に家事の延長という感じで、さほど責任のある仕事が渡されるわけではない。しかし、御付きのメイドなどは、本来だったら三か月ほどしか働いていないものに特別な理由もなく任せないだろう。

「言っちゃなんだが、リア様は怖がられていてね」

「怖がるですか?」

むしろ優しい方の印象があったからこれには少し驚いた。

「リア様は人間ではない言葉を喋るだろう」

「はい。何度か聞いています」

「私たちは言付けをもらったらそれを行動する。それがメイドの仕事だ。しかし、リア様は何を言っているかわからない。別にそれに対して怒ることもないが、何かを命じられているのに、それが達成できない。あの方はいつもニコニコとしているが、だからこそ、それが正しいのか、駄目なのか、わからない。あの方の要望通りにできているかわからないんだ」

なんとなくわかったようなわからないような。

「それで気に病むようなメイドもいるが、マリー。お前はその点図太そうだ」

それって褒めているんですか?

「ですがいいのですか? 私はまだ3カ月しかここにいないのですが」

「良いんだよ。リア様は喋れないから社交界にも出られないし、やる仕事なんて精々お茶くみとお食事を持っていくぐらいだ」

「それなら大丈夫だと思いますが」

本当のことを言えば、心が躍っていた。そりゃあメイドの仕事をしている時に、何度かちらりと遠目から見ることはあっても、話すこともない。自分が浮かれすぎな気がしていたので、イスカ様の言葉を思い出す。

私はただのメイド。ただのメイド。

大事な線引きだ。余りにも身分が違いすぎる。身分不相応にお慕いしてしまうなんて言語同断だ。

それに…もう、私のことなんて覚えていないかもしれない。

そう思うと少しだけ嫌な気分になる。しかし、そんな嫌な気分さえもきっと身分不相応なのだ。


「御茶をお持ちしました」

私の最初のお仕事は、午後のお茶の時間だった。部屋に入るとリア様が見えた。どうやら今の時間は、日向ぼっこの時間だったらしい。まるで老人の様に安楽椅子に座りながら、窓辺で船を漕ぐ。綺麗な緑髪に太陽光が反射してエメラルドみたいに綺麗だった。この方は今年で十五歳のはず、なのに穏やかな老後のような雰囲気がリア様にある。因みに私が十三で、イスカ様は十だそうだ。イスカ様も歳からするとかなり大人びた雰囲気があるが、リア様のはどちらかと言えば終の住処を見つけた老人のようだった。

その様子を奇妙に思いながらも近づくと此方に気付いた。

「#」

「はい、お久しぶりです」

何を言っているか、わからなかったが、そう答えた。

「御茶をお持ちしました。それから今日からお付きのメイドとして仕えることになりましたのでよろしくお願いします」

「####」

頑張っているねと言われた気がした。

「はい!」

そこから別に何か会話があった訳では無いが、その一言、二言の掛け合いが嬉しかった。御茶を下げると直ぐにメイド長に呼ばれた。

「どうだった?」

その質問の仕方には少し困ったが、以前のイメージと変わったことはない。

「いつも通り優しかったです」

「そりゃあリア様は優しいからね」

いっつも余り怒ってばっかりのイメージがあるメイド長がそう誇らしげに言うので思わず笑ってしまった。

「どうして他の方々にわかって貰えないかわからないくらいです」

調子にのってそう言うとメイド長は笑った顔を少し曇らせた。

「そりゃあ昔は大層優しくて賢くて可愛がられたものだがね」

「何かあったのですか?」

「ああ、リア様がまだ小さい頃まではリア様は普通の言葉を喋っていたのさ。大層優しくて虫が部屋にいるとなった時、潰さずに部屋に出してくれと言うもんだから、メイドは大層困ったくらいだよ」

困ったと言いつつ、何処か楽しそうであった。

「旦那様の前妻、つまりリア様の母君が流行り病にあった後、旦那様は仕事に打ち込みリア様は独りぼっちだった。リア様は大層な魔術の才能があったから期待されていた。私たち使用人が一緒にいたにも関わらず、当時五歳の時に突如いなくなってしまった。誘拐されたのか、何なのか全くわからない。この時旦那様は大層悲しまれたそうだ。旦那様の前妻、つまりリア様の母君が流行り病に倒れたことも合って、その時跡継ぎがいないことになり、イスカ様の母君であるブリギッテ様を娶る事にした。そしてイスカ様が五歳の時にリア様は戻ってきた。旦那様は大層喜んだが、その時リア様は精霊語しか喋れないようになってしまった」

メイド長は周りを気にして小声で話した。

「だからこそ今跡継ぎ争いが起こっている」

「え? リア様とイスカ様は仲がいいですよね?」

「そうさね。イスカ様はリア様を大層尊敬している。でも使用人は違う。リア様が本当に旦那様の息子か疑う声もある」

それはつまり喋れないから、反論出来ないから、その様なことが言えるのだろう。

「だからお前が、リア様の味方になったあげなさい」

ならメイド長は何方の味方なのかと言いたい気持ちをグッと抑えた。メイド長はきっと私以上にしがらみが多いのだろう。

「お前がリア様に気に入られてこの館で勤めているのは知っている。お前は良くも悪くもリア様を恐れていない」

こんなこと誰かに漏らすんじゃないよと注意するととメイド長は仕事に戻った。今までは、ただ言われたことだけをやればよかった。言われたやり方で、言われた通りにやればよかった。しかし、ここに来て何か自分が知らない強大なことが身に迫っているような気がした。そしてきっとそれには、明確な答えがないのだろう。まだ、それは、予感だけで具体的な策など思いつくはずもなかった。


 リア様のお付きのメイドは、言ってしまえば、仕事が楽だった。いや、考えて見てほしい。掃除をするのとお茶汲みをするのと何方が簡単かなんて明瞭だろう。しかし、何故か周りのリア様のお付きのメイドは私に変わって欲しいと頼んだ。当然仕事が楽になるならと変わった。最初は、四、五人で交代制だった筈が、ほぼ専属になってしまうのは、喜ばしいことなのかどうかわからない。

「マリーは怖くないの?」

同じリア様のお付きのメイドにこう言われたことがある。

「リア様はお優しいよ」

「でも、何を言っているか、わからないじゃない私はもうリア様のお言葉を聞くといっぱいいっぱいになってしまうわ」

「別にリア様の思惑と違うことをしてしまってもきっと笑ってくれるだけよ」

「でも、リア様はあの恐ろしい魔獣を簡単に倒してしまうんですってよ。実家のお父様は偉大だなんて言うけど、私は怖くて仕方がない」

「......」

「これからもマリーに頼んでもいい?」

この時は私自身リア様が怖いなんて思わなかった。しかし、私はこの後にそれを知ることになる。


 リア様は、貴族らしくないように見えた。いつもお気に入りの安楽椅子で植物の様な生活を送っていて、いつも穏やかだ。戦っているのを見たのもこの前の一回だけ。イスカ様の様に自分が上の存在であることを意識しない態度。私としてはそっちのほうがいいと思っていたけど、兵士だか、騎士だかはリア様が下の身分の人と同じような態度を取ることに文句を言っていた。何でも貴族としての立ち振舞がなっていないそう。私にはよくわからないことも多い。

「#>##」

此方に座ったらどう? と言わんばかりに席を引いて座らせようとしてきた

「いえ、それは恐れ多いです!」

午後のお茶の時間にお茶とスコーンを持ってきた時だった。あの時の兵士達の気持ちが少しわかってしまった。目の前に座っている所を誰かに見られでもしたらどうすれば良いというのか?

「##゜##」

気にしないでもいいのにと言わんばかりだが、そう言う訳にはいかない。

確かにリア様の部屋に入るものは僅かではあるが、見られでもしてチクられたらどうしようもない。しかし、リア様は少ししつこい所があるのでどう断ったものかと思っていると突如として戸が開いた。

「リア子爵。ちょっといいか」

部屋に入ってきたのは、リンゴォ氏だった。

「君はまたメイドを困らせているのか?」

「#<>##」

そんなことはないみたいなこと言っていますけど、困っていましたよ。私は。

「リンゴォ様はお茶は如何されますか?」

「いや、私はいい」

リンゴォ様は壮年の男性で南の国から来た方で髪は巻き毛の短髪だ。精悍な顔つきをしているが、昔は官僚として勤めていて、だけどそれを辞めて言葉の学者様になったそうだ。リア様の喋る精霊語を研究する為に、客人としてこの館にいる。この方こそ、数少ないリア様と喋る人の一人だ。

「どうぞ」

そう言って先程までリア様が私を座らせようとしていた椅子に座って貰おうと椅子を引いた。そこにドカッと座るとリンゴォ氏は喋りだした。

「それじゃあ始めようか」

そう言ってメモ帳とペン、そしていくつかのガラクタをポケットから取り出した。

「まずこれは何か言ってみろ」

そう言って取り出したのは、丸い積み木だった。

「#」

「次はこれ」

次は四角い積み木。

「#」

「次はこれだ」

次は三角柱の積み木。

「#」

「ありがとう。最後に聞くが、ふざけては居ないんだよな?」

「#」

同じにしか聞こえない返答を受けて、リンゴォ氏は手を振り上げたのを見ると、私は目を逸らした。大きな物音が聴こえないので、恐る恐る見ると至って真面目そうなリア様を見て途中で辞めたようだった。

「##¥#」

リア様は心配しなくても彼は大人だよと言っているようだった。

「私には、君が何を言っているか全くわからないよ。東、西、南、北の国全てのアクセントの違いに加え四か国語を喋れるのに、君の言っていることは全くわからない。まるで君が喋っているのは言語じゃないみたいだ」

リンゴォ氏が落ち込んでいるのを見るとリア様は私を指差した。

「わ、私ですか?」

「そのメイドがどうした?」

こっちに来いというジェスチャーに応えてリア様の隣に行くとリア様は喋りだした。

「゜##=#」

私ならわかる?

「そんなことないですよ」

「ん? 待てよ。君はリア子爵が何を喋っているかわかるのか?」

「いえ、わかりませんよ。ただ」

本当にリア様が何を発音したかなんてわからないし、さっきだって何が違うかなんてわからない。

「ただ何が言いたいかはわかるかもしれません」

そう言うとリンゴォ氏は考え出した。

「アプローチの違い? それはあるだろうが、今までも日常会話は試したことはあった筈だ。となるとだ」

1人納得し終えるとリンゴォ氏は言った。

「リア子爵。一つ聞きたいのだが、YESかNOで応えて欲しい。私達の間に日常会話はあったか?」

リア様は首を振った。

「ふむ。そういうことか?」

「メイドよ。君の名前は何という?」

「マリー、ただのマリーです」

「君とリア子爵の会話に同席させてくれないか?」

「え?」

リンゴォ氏は一人で勝手に悩んで納得するので、何が起こったのかわからない。

「リア子爵がいいのなら」

「君もいいだろう」

「#」

「でも、何でその結論に至ったか教えて頂けませんか? 生憎私は学が無いもので」

「ああ、そうだったね。まあ、これに関して言えば難しいことは何もない。私は彼の精霊語を学ぼうとしていたのは知っているね? 一年と半年程だが、正直言って全くとして成果が出ていない。法則性が見つからない。全く同じような事柄を別の発音で言っていたりね。本当は彼がおちょくっていて、私を怒らせようとしているのかと疑うくらいには研究が進んでいないのさ。私は彼の言語を分析するアプローチを続けていた。彼の発音に文字を付けたりね。しかし、それは全くの間違いだったんじゃないかと君に出会って思い至ったわけさ」

「全くの間違いですか?」

何だか学者様が言っていることの方が合っているような気がしてしまうけど。

「人の言葉とは、会話から始まるものなのだよ。決して文字から始まるわけではない」

それがピンときたわけではないが、何故か記憶に残った。

「最初の頃は彼が誰とも喋れないのを見てその手助けをしたいと思ったのだが、どうやらそんなことも、忘れていたらしい。ありがとう。マリー氏。君のお陰で大事なことを思い出せた」

「い、いえ」

褒められるとは思っていなかったので、少し恥ずかしい。

「出来ればこの三人で御茶をするというのは、どうだろうか?」

「わ、わかりました」

何だかよく分からないが、リア様のお役に立てるということは嬉しいことだった。

「ん?」

しかし、何か忘れているような?

当初恐れ多くてリア様と御茶をすることを断っていた事は、ベッドで横になっていて気づいた。


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