等級③
続きです
魔獣を見つける方法、ぶっちゃけ探査系の魔術が使えるわけでは無いので只管出現区域を虱潰しに探すのが妥当な策ではある。今回は僕一人ではなく、後ろに強者がいるから中級上位程度の魔物だとそれを本能的に避けてしまうからあちらから襲いにかかってくるという事はまずないだろうし。
但しこれは試験である。試験である以上は聖かいがある。今回の場合、試験官が言った魔獣の特徴から恐らく魔獣はヤマネコ系である。ヤマネコ系の魔族の特徴、兎に角動きに一貫性がない。昔どこかで見た論文だと、互いのテリトリー同士の干渉が無いように、その中を完全にランダムに徘徊しているらしい。そしてもう一つ、血に対する反応が良い。山間での調査は血の匂いを消すための薬剤を持ってくるのが主流だとか、そんな話を知っている。
細かい行動原理は知らないが取り敢えず血の匂いでおびき寄せるのは恐らく今回の場合は正解だ。知識も包括した相互的な実力を測るわけであるし。
一番出血しても問題なさそうな場所、腕である。ただ、匂いでおびき寄せるなら工夫は施したい。回復魔法の使用を前提として多めに血を流すか、いやそれは違う。良くない、近くにいたら回復が間に合わずそのまま先頭に突入する可能性がある。マドさんは相変わらずこちらを真っすぐ見ている。
匂い、匂いに対応するのか。ならあの手も行けるかもしれない。バッグから火打石を取り出す。そして、携帯食の一つである魚の干物を取り出した。ヤマネコも猫ならもしかしたらこの匂いで連れるかもしれない。手頃な石で台を作り、そこに落ち葉を入れて火打石で火を付ける。そしてそこに雑に魚の干物を投げ込む。
風は下に向かって吹いている。もう少し上の方でやった方が良かったかもしれないが一旦これで様子を見ようと思う。半刻立ってこなければ諦めて血の方を試してみるしかない。そうして、火にあたりながら待つこと20分、そろそろ風が冷たくなってきた。
草木が風になびく音に耳を澄ませていると、いきなり引き裂くような強い風が吹いた。引っかかったようである。仮に違かったとしても魔族或いは魔獣なら処理するわけだが。
目の前に躍り出たのは、二対の羽を持つ、魔族である。いずれにせよ、冒険者と魔族が会えば殺し合いに発展する物である。籠手の紐をもう一度締める。その時、いつの間にか隣に来ていたマドさんが僕の肩をポンと叩いた。マドさんは明らかに高揚していた。
「テイアさん、あれは私が最近請け負った依頼の駆除対象です。多分この煙を見て何事かと見に来たのでしょう。本来は1級相当の依頼なので君は引くべきですが、折角の機会なので試験内容を変更します。一緒にあれの駆除を手伝ってください。倒せれば、その時点で2級は確約しましょう。そして1級昇格試験の条件の一つ、1級保持者からの推薦という条件を私が満たしましょう。如何ですか?休んでいても構いませんが」
「推薦状、お願いいたします」
「ハングリー精神は冒険者の素質の中で最も大切です。では行きましょう」
「さっきから駆除駆除って、動物みたいな扱いだね。僕にはアドロって言う名前があるのに」
魔族は切り株に腰を下ろしてニタニタと笑っていた。
「動物と言うか害獣ですけどね」
「それに1級だっけ、実力者なのに僕に一回負けて、二回目は格下に頼るんだ。そりゃダサいね」
「元々泥水をすするような職業です」
マドさんはそう言うと腰に着けたポーチから手袋を取り出し、すちゃっと手に嵌めた。ここに来るまでに、マドさんは何かあった時の為という事で魔術を教えてくれた。マドさんの魔具は「鉄人の御手」である。効果は至って簡単、五感及び身体能力、肉体の強度の超向上、ただひたすらに身体を強化するという物である。故にファイトスタイルは愚直そのものである殴り合いを貫いている。だからこそ合わせやすい。
「良いですか。相手は他人の血液を操作します。出血は出来るだけ控えましょう」
インファイトに出血はつきもの、間違いなく不利だ。ここは即決である。どの程度の魔力が要求されるか分からないが、ここで決まれば御の字であるし、決まらなくても1級ならば手負いの魔族くらいは一方的に屠れる。
身体強化、そして駆け寄る。マドさんが僕の名前を叫ぶのが聞こえた。そして魔族まであと一歩二歩と言うところで頬を苦無、或いは投げナイフと思わしきものが掠れた。そして頬から出た血が瞬時に僕の目を覆った。怯んではいけない。その一念で体を前へと動かす。腹部に触れた。瞬間、滾る魔力を魔術に流し込む。この間使った時と比べ物にならない程手は熱を放っている。
そのまま腹部を抉り取る。可能なら思い切り腹部に穴を開けたかったところだが、すんでの所で体軸をズラされ当たらなかった。が、これでも十分である。今は僕が一人で戦っているわけではない。
「強いですね、驚きました」
マドさんは魔族がよろけた隙に、頭を鷲掴みにし地面に押し倒し、その後後頭部を思い切り蹴り潰した。魔族はそのまま動かなくなり、足の方から段々と気化していった。思わず見とれるほどの鮮やかな瞬殺である。
「思ったよりあっさり終わりましたね。あの位の魔族の肉体を一撃であそこまで破壊できるのはお見事ですね。ただどうやら、」
「ああ、すいません。魔族相手に使うと熱傷が酷いんです」
酷い火傷のように爛れた腕を宙に浮かす。山から吹き下ろす風にさえ過敏に反応してしまう。
「魔力のオーバーフローですね。稀に見ます。治療しましょう」
そう言うとマドさんはバッグの中から包帯と軟膏を取り出した。
「そのまま包帯を巻くと、後で剥がす時に死ぬほど痛いです。だから軟膏を潤滑剤代わりに塗るのです。覚えておきましょう」
マドさんは慣れた手つきで手を消毒し、軟膏を優しく塗ってくれた。1級って言うのは本当に何でもできるんだなぁ。
「いやぁ、阿野魔族には痛い所突かれましたね。ええ、自分が情けないです。それはそうとして君は光る物がありますね。あれはどんな魔術何ですか?」
「分からないんですけど、何でも破壊出来ます。ただ色々あってつい最近使いだしたせいでまだ使いこなせてはいないですね。それでこのざまです」
爛れた腕に目配せをする。マドさんは相変わらずスン、という顔をしている。そして包帯をゆっくりと巻きながら口を開いた。
「強い力ですね。使い方を間違えないで欲しい限りです」
何と返せばよいのか、よく分からなかった。
「そして、鍛え上げてください。1級を受けるまでに、魔族数匹程度ならこんな派手な怪我せずに倒せるようになることを願っています。治療も終わりました。下山しましょう。魔獣は後日私が駆除しておきましょう」
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帰りの列車は出発地点が魔獣の出る山なので人はほとんど乗っていなかった。車掌が切符を確認した後、マドさんは静かに喋り始めた。
「テイアさん、これは僕の例ですが多分貴方も出来ると思います。体を魔術を慣らす方法です。
実の所、1級以上、そして一部の2級冒険者は大抵魔力のオーバーフローをしています。僕もそうです。しかしこれは魔術の出力を上げるのの必要な事です。筋繊維を破壊し、その差異性の過程で筋力が増強する。あれと同じです。魔力は肉体を巡る物です。より多くの魔力を一度に使えるようになれば魔術の強度、完成度は格段に向上します。
但し、君の場合少し違いますね。普通は魔力を意図的に、少しずつオーバフローさせる訓練をします。これはオーバーフローの出力になれるためです。しかし君は現時点で魔力は大量に放出できているんです。しかしその放出量に肉体が追い付かない、普通はオーバーフローさせる訓練を経ると肉体がそれに耐えるので体を壊さずに済むようになります。じゃあどうするか、体を鍛えるんです。筋力を鍛えてください、魔術を沢山使ってください。長くぶつぶつと喋りましたが、要は強くなるためには体を鍛えるしかないのです。毎回体をぶっ壊しながら戦っていたら、キリがありませんよ」
最もである。当たり前の話だが現場至上主義たる冒険者業界に於いて、1級の実力を持つ人から賜る話と、学校で先生から話されるのとでは全く違う。要はコツコツと努力を続けるしかないのである。
「これは試験前に言ってなかった事なんですけど、試験終了後は商会の直属の病院に二日間までなら泊まれます。次の駅で降りた方が近いのでここでお別れですね」
「本日はありがとうございました」
「ええ、ではまたいつか」
電車はなだらかにホームに入って行く。僕はマドさんに会釈をし列車を降りた。
次話はマドさんにまつわるスポイラーです