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アイシアが起床したらしく、2階へ上がっていく使用人達の姿が見える。
暫くして使用人達に整えられたアイシアが降りて来た。
真新しい制服のローブにはまだ袖を通しておらず、本日の装いがはっきりと視認できる。
淡くほんのりと萌黄色に色づいたワンピースで、胸元とたっぷりとしたスカートの裾にレースがあしらわれている。それに合わせてか、深青色の艶やかな髪を飾るのは同色のリボンで、リボンには小粒のエメラルドが輝いていた。
(はうっ……何という、何と言う麗しい御姿…お姉様、本日も眼福、あざーーーーっす!!)
後からやってきたオルガがアイシアに挨拶をした後、自分の主人であるエリューシアを見て小さな溜息を零したのだが、何故だろう? と首を捻る。
思わずエリューシアは自分を見下ろすが、白の木綿のワンピースに制服であるショートブーツとローブ。何の問題もない姿のはずだ……解せぬ。
朝食を終え、いつもの4人が揃うと学院への道を歩き出した。
もう3年も通っている道だが、借り上げ邸にも公爵家の庭師の一人が常駐してくれているので、季節毎に手を変え品を変えして、その彩に変化を持たせて目を楽しませてくれる。
ただ、エリューシアの意識は少し違った所に飛んでいた。
(今日、ゲームだとシモーヌが攻略対象であるクリス王子にぶつかると言うイベントが、正門近くの庭園で発生するはずだけど……裏手から上位棟に入って、そのまま教室に向かう私達には関係ない話のはず。
えっと、もう一度整理しとこ…。
まずは攻略対象からにしようかな。
攻略対象は7人。
その内カーティスことアッシュは、私が召し抱えて借り上げ邸で忙しくしているから除外できる……かな。いや、気を抜くと碌な事にならないわね、ニアミスが発生したりしないように今後も注意が必要よ。
ニックは、学院が平民に門戸を開いていないので、学院内での彼のイベントはまるっと無視できる。こっちもアッシュ同様今後も注意は必要だけど…現在は兄達と行商に出ている事が多いみたいだから、接触できる機会そのものが多くないかも。
バルクリスこと馬鹿リス王子は初年度のアレ以降休学している。
王家の方はシアお姉様に婚約の打診とか、ふざけた事をしでかしてくれちゃったりもしたけど、それ以降は宰相以下家臣団が頑張っているのか、あまり目立った噂は広まっていない。まぁ元々がやらかし王家だから評判は最初から地を這っていて、これ以上下がりようがないのかもしれないけれど、とりあえずは大人しくしていると言って良いかもね。
ただゲーム内の『クリス王子』を馬鹿リスと思って良いのかは、まだ迷っている。なにしろ同学院の同学年に『クリス』は3名も居るのだ。
王子であるバルクリス。
公爵家第2令息であるクリストファ。
侯爵家第2令息であるマークリス。
ややこしい事この上ないが、3名が3名とも王族の血を引いているので、まだ要観察中だ。
ハロルドもバルクリスと同じく初年度のアレ以降休学中だ。
チャコットの件で少し接触はあったが、それ以降は全くない。気になって調べてみたが、どうやら親戚筋の騎士団に預けられていたようで、真面目に訓練を受けていると言った報告しか届かなかった。
まぁ真面目に勤しんでいるなら問題はないが、当然ヒロインとの接触については要警戒と。
ロスマンはもう前提からして覆っている。
ゲーム内ではラステリノーア公爵家に養子として引き取られ、好き放題やってくれていたが、母セシリアも無事だし、父アーネストも家族溺愛は軽減される事なく継続中だ。しかもゲーム内では故人だった私が居るのだから、養子の話とか出たとしても叩き潰してやったがな。
一応彼の生家も男爵家で学院に在籍はしているが、そも学年が違うので、これまで姿を見かける事もなかった。
こちらも調べてみた所、既に婚約者がいるようで、学院を卒業と同時に婚家へ入る予定らしい。ただ当の婚約者は平民で商家の娘らしく、学院に在籍していない。
ヒロインシモーヌとの接触には警戒し続ける必要があるだろう。
ギリアンは相変わらず、学業の傍ら温室の管理を続けており、昼食時には気持ちよさそうに昼寝している。
ゲーム内ではクリス王子の取り巻きの一人として描かれていたが、リアルではバルクリス王子とは接点がなく、クリストファと仲が良い。
このせいもあってバルクリスが『クリス王子』と決めつけかねているのだ。
ほぼ温室の住人と化しており、温室か魔具製作実習室でしか姿を見る事がないので、ヒロインとの接触機会は少なくて済みそうだ。
勿論注意を怠る事は出来ないが、昼食時に近しくできているので、何らかの変化があれば掴みやすいはずだ。
残る一人
ベルク・ザムデン。
現王を支える宰相であるザムデン侯爵の孫にあたる。担当はインテリメガネな攻略対象だが、実は彼も前提が覆っているのだ。
現在の名前はベルク・キャドミスタと言い、キャドミスタ東方辺境伯家の嫡男として存在している。
調べて分かった事だが、ザムデン宰相の嫡男であったベルクの父親が跡継ぎの座を拒否し、婚約者の生家である辺境伯家に婿入りしたようなのだ。
この辺り、どう言った経緯でそうなったのかまでは調べ切れていないのだが、ゲームとは大きな違いだろう。
そして当のベルクはギリアンと仲が良いらしく、昨年から同じ温室で昼食を摂る仲間となってしまった。
しかも……多分、思い過ごしとかではないと思うのだが、ベルクはシアお姉様を狙っている気がする。気づけばかなりな頻度でシアお姉様を見ているのだ。
すっごくすっごーーーーーーーーーーく、許し難い!!
まぁ攻略対象であるのでイケメンなのは間違いないし、インテリメガネ担当という事もあり学院内での成績はトップクラスだ。
だが、それでシアお姉様と近づきになるのを許せるかどうかは別問題である!
何と言っても、彼の祖父であるザムデン宰相は祖父母、伯父様、叔母様の事件をもみ消そうとした輩で、私としては本当に…本っ当に!! 憎き相手なのだ……だが、現在の彼はそのザムデン宰相とは距離を置いているようで……ぐぬぬ…複雑だ。
以上が攻略対象なのだが、不穏分子と言うか……立ち位置が未だに不明なのがクリストファとマークリスだ。
先にマークリスの方から考察すると、彼は王女カタリナが降嫁したボーデリー家の第2令息で、当然王族の血筋という事になる。
ただ、フラネアの一件以降、クリストファと少し距離を置いているようで元々影が薄かったが、現在は更に薄くなっている。
とは言え表だって対立するとかはない。
距離を置くと言う言い方も少し適切ではないかも……以前よりも寡黙になったと言った方が適切かもしれない。
最後にクリストファだが、彼については相変わらずだ。
何故か妙に私に絡んでくる。好意を持ってくれている事は分かるのだが、私は前世持ちで、足せば中年と言って良い年齢なのだ。天使クンによろめく等あってはならない…そう、公序良俗的にもブー!!なのだ。
オバサンは気をしっかり持たねばならないのだよ…それに好意は好意でも、どういった種類の好意か実の所不明だ。
万が一恋愛的な好意でなかった場合、私がとんでもなく勘違い君で恥ずかしい輩に成り下がってしまうではないか…それは何としても避けなければならない。
まぁこの容姿だし、物珍しさとスペアであるという立場に、親近感を覚えてくれているのではないかと考えるようにしている。
もし、万が一恋愛的な意味であったとしても、私はいずれ家を出て行く身だから、貴族で貴公子で天使な彼との接点はなくなってしまうだろう。だから今のお友達ごっこを存分に堪能させて貰っておくくらいが、双方にとって丁度良い塩梅ではないかと考えている)
そんなアレコレ考えている間に、メルリナは通常棟の方へ行くべく離れていたようで既に姿はなく、気づけば教室の扉の前に着いていた。
「エリューシアお嬢様?」
オルガが心配そうに覗き込んできたので、苦笑交じりに大丈夫と首を振る。
多分ずっと考え込んでいたせいで、何か話しかけられても反応しなかったか、しても上の空だったのだろう……反省反省。
まだ少し納得していない表情をしていたが、何時ものように教室の扉を開けようと、オルガが手を伸ばした時、慌ただしく後ろを走り抜けていく教師に気付いた。
思わず振り返ったが、教師の行く先が通常棟方向だったので、特に呼び止めたりすることなく見送った。
触らぬ神に祟りなし……。
何しろ上位棟を抜けて通常棟へ向かう方向の先にあるのは……正門なのだから。
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