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そこまで話してハロルドは少し息を吐いた。両手で持ったままだったカップのお茶は、すっかり冷めてしまっている。
「じゃあハナヴァータッケ男爵令嬢は、その日のうちに行方が分からなくなったのね?」
エリューシアが訊ねれば、ハロルドは少し記憶を探る様に視線を斜め上に流してから頷いた。
「多分……マミカの行方が分からないって、彼女の母親が家に来たのは2、3日経ってからだったんだ」
ハロルドの言葉に、全員が眉根を寄せて顔を見合わせる。
「それは流石に……小さな女の子が帰ってこないなんて、心配ですぐに探すのが普通ではないの?」
問いかけたエリューシアの言葉には、ハロルド以外の全員が同意のようで、誰もが無言のまま頷いていた。
「マミカは何度か俺ン家に泊まった事もあったから、それで気づくのが遅くなったって言ってた」
「ちょっと整理させて……。
ハナヴァータッケ嬢の母親と言うと、バカ……バルクリス王子の乳母をなさってた方だったかしら?」
つい『馬鹿リス』と出そうになって、エリューシアは慌てて言い直す。
「うん。今は王妃様の侍女をやってて、王城に住んでる」
まぁその辺りは知らぬ者がいない話だ。
ハナヴァータッケ男爵夫人の為人は知らないが、王妃ミナリーが傍に置きたがったと言うのは有名な話である。
(王妃自身が元々子爵令嬢だったかしら…。
となると周りの侍女の方が高位ばかりだったでしょうし、自分と同等、もしくは以下であるハナヴァータッケ夫人を手放したくなかったというのは、わからない訳ではないけれど。色々と肩身は狭かったでしょうね。もしかしてそのせいで友人の邸に宿泊も許していた?)
「聞きたいのだけれど、ハナヴァータッケ嬢は他の侍女達から、何か言われたりされたりした事が?」
「ん? あぁ、以前はあったかな。バルクリス様が怒ってクビにしてからは聞いてない」
(クビって……はぁ、ほんとやりたい放題してるわね)
「そ、そう…。じゃあそう言った事があったから、御友人の邸に泊まる事を許可していたという事ね? 避難させると言うか…」
「そうかもしんないけど、マミカの母親って殆ど王妃様についてるから、あんまりマミカと居るところ見た事ないんだよな」
(放任主義って事なのかも?
今回は謹慎処分にも拘らず出歩いてたわけだし…きっと内緒で出てきたのではないかしら……それで更に発見が遅れたと……)
「纏めると、普段からハナヴァータッケ嬢はかなり自由に行動していて、親である夫人も不在が多く、子供の行動を把握しきれていないという事で間違ってないかしら?」
「ん~、ま、そうかな」
「その上今回は王子に言われて、謹慎処分中にも拘らず出てきたという事は、内緒でって事なのね?」
「……うん。チャコもそう聞いたって言ってた」
「それで? メッシング邸から消えたっていう事?」
「え!? 違う! チャコの話では俺が部屋から出てって、そんなにせずに帰ったって言ってたんだ。だけど、どうやら王城の方には戻ってなかったみたいで…」
「じゃあメッシング嬢も行方不明と言うのは? ハナヴァータッケ嬢とは別の話なの?」
「数日してマミカの母親が訪ねてきて、あいつが行方不明ってわかって……そうしたらチャコの奴、探しに行くって言いだしてさ……。
その頃には俺も自分が悪かったんだってわかって……だから、チャコにも俺らは大人しく反省しとかなきゃって言ったんだけど……」
(猪脳筋の姉もやはり猪って事かしらね)
「探しに行ってしまった?」
「……多分……父上にも反省しろって怒鳴られたし、部屋に押し込められたんだけど……あの時は……」
そう言ってハロルドはその時の様子を語り出した。
「どうしてダメなんですの…?」
メッシング伯爵は今にも手が出そうになるのを、顔を真っ赤にして堪えている。
「ハナヴァータッケ嬢の事はあちらの家が探すだろう…お前はまず自分がきちんと反省しなさい!」
「反省するような事なんて何もないわ!」
メッシング夫人が跪いてチャコットを抱き締めた。
「チャコ…お願いよ、ちゃんと反省して? 反省してくれないと、お父様はその火傷の跡を治す許可もくれないわ……。
どうして公爵令嬢に言い掛かりなんてつけたの?
淑女教育はちゃんと受けたでしょう? ずっと…とても良い子にしてたのに、どうして……」
チャコットは夫人に抱き締められたまま、だけど口をへの字に曲げて床を睨み付ける。
「言い掛かりじゃないもの。
バル様の事無視するし……それにあんな女をバル様ったら婚約者に、なんて言うのよ! 許せなかったんだもの!!」
「チャコット…いい加減にしろ。今の話だけでも公爵令嬢は被害者じゃないか」
チャコットの的外れの言い訳に、メッシング伯爵が真っ赤になった顔をくしゃりと歪めた。
そこに兄2人が便乗する。
「こんな常識ナシが妹なんて恥ずかしいんだけど」
「父上も母上も甘やかしすぎたんですよ。こいつに反省とか無理でしょ?」
「「………」」
夫人が何を思ったのか、チャコットを抱き締めたまま、ハロルドの方に顔を向けて目を吊り上げた。
「ハ、ハル! 貴方がしっかりしないからッ!!」
「え……俺…?」
突然の飛び火にハロルドもポカンとするしかない。
「はぁ、母上いい加減にしてくれませんか? それこそ言い掛かりって奴ですよ?
まぁハロルドもゴミな事に変わりはありませんけどね」
兄の苦言に夫人が顔を伏せた。ハロルドもクッと下唇を噛みしめる。
「父上も…。これまで散々甘やかしてきたツケを払う時が来たってだけです。
これ以上家門に泥を塗らないで下さい」
「そうそう、責任取って兄上に爵位譲って隠居するのが良いかもね」
「「………」」
「公爵家から抗議がくる前に、謝罪に行った方が良くないですか?」
「ラステリノーア公爵様って役職を蹴って領経営に専念してるって話だから、今から動いても、到着する頃には怒髪天かも……」
「だからと言って何もしないでは済まされないだろう」
「それはその通りだ……はぁ、それにしても御怪我はないと聞いたけど……ほんと、何て事してくれたんだよ。もう親戚筋に養子にしてくれって頼むしかないかな」
兄2人の会話が、耳にも心にも痛くて、両親は勿論、ハロルドも俯けた顔を上げることが出来なかった。
そんな中でチャコットだけは不機嫌さを隠しもせず、抱き締める母親を押し退けてその場を後にする。そんなチャコットに、兄2人は呆れたように別方向へ去り、両親はそのまま床に頽れていた。
ハロルドはつい気になってチャコットを追う。
「おい、チャコ、チャコってば!」
「うっさい!」
呼びかけるハロルドが癇に障ったのか、足を止めて苛立たし気に振り返った。
「なんなのよ!」
「チャコ、落ち着けって……でもさ、今回は流石に俺らが……」
「ハル、アンタまで私が悪いっていうの!? 信じらんない!!」
「だけど、母上泣いてたじゃんか」
「泣きたいなら泣かせとけばいいでしょ! 私は悪くないったら悪くないの!」
バルクリス以外の声に耳を貸した事等ないチャコットだとわかってはいるが、意地になってるだけに見えなくもない。これ以上は何を言っても拗れるばかりだろうと、ハロルドは話を変える。
「それと、マミカを探しに行こうなんてするなよ?」
「………なんでよ」
「チャコはマミカと仲悪かっただろ?」
何時も言い合いばかりしていたのは事実で、チャコットはプイっとそっぽを向いた。
「それは…そうだけど……」
「チャコが探すたって、どこ探すんだよ? チャコが思いつくような場所ならバルクリス様がもう探してるだろうし……後は大人に任しとくのがいいって」
チャコットの部屋の前に到着し、ハロルドはチャコットを部屋に押し込みながら念を押すように口を開いた。
「いいか? チャコが探しに出たって何もできないだろ? だから大人しく部屋で見つかったって報告待っとけよ」
「…………ハルの馬鹿」
「馬鹿でも何でもいいからさ」
「……わかった」
そう言っていたチャコットなのに…。
その日の夕食に現れず、部屋を見に行けば蛻の殻となっていた。
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