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侍女もメイドも、この世界での呼称区分で、リアルとは異なっております。
「ホッ君、バルちゃん達何かしちゃったの? 学院の人が急に来て、いっぱい何か言ってたけど、ワタシよくわかんなくて」
まだ夕方にもなっていない時間の現王ホックスの私室に、王妃ミナリーがノックもせずに入ってきた。本当なら私室ではなく執務室に居るのが普通だろうが、普通とは言い難い王族一家だから仕方ない。
「あぁ、ミナか…どうやら公爵令嬢に絡んだようだな」
「え~公爵令嬢に絡んだだけで帰されたの?」
ソファに踏ん反り返って座っているホックスの隣に、ミナリーが駆け寄って腰を下ろし、ホックスの腕をポコポコと叩く。
「そんな令嬢、罰しちゃってよ! バルちゃんがかわいそうでしょ!」
「私もそう言ったんだがな……宰相がそれは無理だと言ってだな…」
「なんでよ! ワタシ達は王族なのよ!? 一番偉いの! 公爵家なんて臣下でしかないじゃない!」
「そうなんだがな、以前もザムデンには叱られたし……あそこには強く言えないんだ」
「あそこって、どこよ」
「ラステリノーアだ」
一瞬きょとんとした表情を浮かべてから、ミナリーは『あぁ』と頷いた。
「ロザリエのお家ね。だけどどうして強く言えないのよ」
「ロザリエが死んでしまったし、そのせいでザムデンには色々と手を貸してもらったからな」
「あの子は事故で死んだだけでしょ? あの子が間抜けなだけじゃない」
「いや、まぁ…その、なんだ……」
心なしかホックスの顔色が悪い。
王位に就いて暫く経ち、少ないとはいえ他の貴族家とも関わる機会を得た事で、流石にあれは不味いやらかしだったと、今なら何となくわかる…気がする。こんな調子だからお飾りの王にしかなれないのだが…。
実際はお飾りとも思われておらず、只管毛嫌いされている事に気付かないのは、いっそ天晴である。
「と、とにか、く、だな、あそこの心証を悪くする訳にはいかんのだ。バルの婚約者はできるなら、そのラステリノーアの娘をと考えているからな」
「えーー!? バルちゃんをかわいそうな目にあわせた女なんかを嫁にって言うの!?」
「それはそうなんだが、バルには優秀な嫁を付けないとってザムデンが言うんだから仕方ないだろう? そうは言ってもリムジールに止められたんだが」
「リムジールが何で出てくるのよ」
「さぁ? リムジールだけじゃなくシャーロットもダメだって言ったらしくてな」
「シャーロットですって!? あんな女の名なんて聞かせないで!」
何故帰される羽目になったのか、自分の息子が何をやらかしたのかというのは全く気にならないらしいく、謹慎処分になった事さえすっぽりと抜け落ちている万年花畑の現王夫妻の、実りのない言い合いはその後しばらく続いた。
「くそっ」
苛立たし気に手近にあったクッションを投げる。
学院で警備の者に連行された後、一人ずつ事情を聞かれる事になった。しかしバルクリスには何がいけなかったのか、さっぱりわからない。
珍しいモノ、美しいモノを自分のモノにしたいと思って何が悪いのだと、本気で思っているバルクリスには、謹慎処分なんて到底納得できるものではなかった。
謹慎処分もそうだが、側近であるハロルドとも引き離され、チャコットと一緒にメッシング伯爵の王都邸に戻されてしまった事にも腹を立てている。
現状に不満しかないのだが、その一方で心配でもあるのだ。拘束されただけなのに、チャコットの方は痛い痛いと叫んでいたのだ。
それに鼻を突いたあの臭いは、多分だが火傷を負ったのではないかと思う。
荒い足取りでテラスから庭へ降り、少し離れた場所にある別棟の部屋の窓扉へ近づき、ダンダンと叩きながら名を呼んだ。
「マミ、マミ!!」
本来あり得ない事だが、母親がバルクリスの乳母というだけのマミカには、王城内に部屋が与えられている。
勿論王族の居所とは少し離れた別棟の一室だが、母親は既に乳母としての役目も終えており、本来なら自家に戻って然るべきなのだが、ミナリーとバルクリスに望まれるまま、ずるずると居座り続け、何となくミナリーの侍女のようになってしまっていた。その娘であるマミカも同様だ。
ただこちらは主に王子であるバルクリスに侍っているという違いはあるが。
ちなみにこの世界では王族の世話をする女性を侍女と呼び、他の貴族家では侍女と言う呼称を用いる事はなく、上級下級と言う区分はあっても等しくメイドと呼ばれる。
当然ながら基本的には伯爵家以上の令嬢でないと、王族居住区で働く侍女にはなれない。
声と音に気付いたのか、叩かれた窓扉が開かれる。
「あ、バル様ぁ~」
バルクリスを見て嬉しそうにするマミカに、バルクリスの方も苛立たしさが少し収まってきた。
開かれた窓扉から室内に入り、ソファに並んで座る。
「今日はもう会えないって思ってた~」
「あ、あぁ、部屋で大人しくしとけって言われただけで、別に会うなって言われてないからいいだろ?」
「それもそっか~、ここはマミの部屋だけど、部屋には違いないもんね!」
復活してきたイライラに、バルクリスはついつい爪を噛むが、急にマミカの方へ顔を向けた。マミカは菓子屑をポロポロと零しながら、口いっぱいにお菓子を食べている。
「マミ、お前リスみたいだな」
「!」
慌てて飲み込んでから、マミカはぷっくりと頬を膨らませる。
「マミはマミでリスじゃないもん!! あれ? リスってなんだっけ? 何でも良いっか。ねぇねぇバル様、それって可愛いの?」
リスさえ記憶から引き出せないとは、残念が過ぎる。
「俺は可愛いと思う。じゃなくって、マミ、お前なんて言われた?」
「なんて?」
お菓子を再び頬張りながら首を傾げる。
「俺、部屋で大人しくしてろって言われたって言っただろ? それだけじゃなく外に出るなって言われてさ……ハルやチャコとも会えそうにないし、心配だろ?」
「心配かな~? ハル様もチャコット様も暴れてて、元気そうだったと思うけど?」
「それはあんな風に縛られたからだろ? それにチャコは火傷してたみたいだしさ…マミは外に出られるなら、様子を見てきてくれよ」
膝の上に貯まった菓子屑をさらに追加しているマミカを、バルクリスはじっと見つめる。
「え~、歩くのヤだから嫌ぁぁ! それにマミは心配してないモン」
確かに子供の足ではそれなりに歩くことになるが、マミカの場合それ以前で、歩く事そのものを嫌っている。
嫌がるマミカにムスっと膨れるバルクリスだったが、何か思い出したようにポケットを探る。
「そうだ…マミ」
バルクリスが手を伸ばし、そっぽを向くマミカの目の前にちらつかせたのは、綺麗な色紙に包まれた小さな包みだ。
「これ、遠い国からの品でさ、で、すっげぇ美味しいんだ。マミが俺の為に行ってくれるならやってもいいんだけどな、どうしよっかな」
「え~~~! 美味しいのは欲しい!! このお菓子あんまり美味しくないんだモン!」
美味しくないと言いながら、ガツガツと食べ続けていたのはマミカだ。
とは言えベリーを混ぜて焼いただけの焼き菓子は、その味も素朴な物で、大して甘くもない。
最も、そんな素朴な菓子でさえ、平民勿論、低位貴族でも口にすることがなかなかできない。マミカは別棟とは言え、王城内に部屋を与えられているが、男爵令嬢に過ぎないのだ。それを考えれば、如何に分不相応な贅沢をしているのかと後ろ指さされても文句は言えない。
「じゃあ行けよ」
「ぶううぅぅぅ~わかったわよぉ~ 行けばいいんでしょ! 行くからハイ!」
マミカは食べ零しを床に撒き散らしながら、ソファから立ち上がって、くれと言わんばかりにバルクリスの前に手を広げた。
「帰ってからな」
「ええ~~~~~!! バル様ひどーーい! 意地悪うう~~!!」
渋々部屋を出て行くマミカを見送ったバルクリスは、来た時と同じように庭に面した窓扉から出て戻って行った。
まさか、それがあんな事になるなんて思いもせず……。
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