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本人は小さく呟いたつもりなのかもしれないが、まだ人の気配が薄い朝の教室内では存外大きく響いた。
「フラネア、やめとけって…声が大きいよ」
しかめっ面で止めようとするマークリスを、フラネアは忌々し気に睨みつけてからどこか嘲りを含んだ視線を投げてよこす。
「だって本当の事じゃない…ダンスは貴族の仕事よ? それなのにした事がないなんて恥ずかしい事、良く言えたものね。この学院に相応しくないわ!」
シャニーヌとポクルが、恥ずかしさと悔しさの滲んだ表情で俯く。
「ダンスが仕事とは異なことをおっしゃいますのね。確かに社交と言う仕事でダンスは武器の一つであることは否定しませんが、それが出来なければ社交が出来ないという事にはなりませんでしょう? それに社交だけが貴族の成すべき事だとおっしゃる?」
エリューシアが低く呟く。ただでさえ冷淡さが際立つ声をしているせいか、教室内が凍り付いたように固まった。
「入学試験にもダンスと言う項目はありませんでした。
つまりそれは前もって習得しておかなければならない事、学院側が力量を知っておかなければならない事ではないという事…違いますか?」
(あちゃぁ……やらかしてしまったわ……だけど、フラネア嬢の言い方にカチンときてしまって、どうしても言い返したくなっちゃったのよね……困ったなぁ、どうしたものかしら…まぁいっか…うん、きっとなるようになるわ)
「!………な…なによ! だけどダンスが出来なかったら貴族失格って言われるのは本当の事じゃない!」
「そうですか…では私も貴族失格という事ですね」
アイシアとオルガを除く全員の視線が、エリューシアに集まる。
「私はダンスの授業そのものを受けることが出来ません。つまり研鑽できないという事に他なりませんから、私、エリューシア・フォン・ラステリノーアも貴族失格だとおっしゃりたいという事ですね?」
「!!……」
フラネアだけでなく、その場にいた者の多くが次の言葉が出ないとばかりに固まったままである。そんな中、空気を読まずになのか、読めずになのかわからないが、クリストファが話しかけてきた。
「受けることが出来ないと言うと、何か理由が? あぁ、勿論口外できない事であれば黙っててくれて構わないから」
しれっと訊ねてくるクリストファに、反対に力が抜けて、エリューシアはくすりと笑みを零す。
「口外できない事ではありません。学院にも事情をお話ししていますし、いずれ社交界に出れば嫌でも口の端に上るでしょう。
私が精霊の愛し子と呼ばれているのは御存じですね?」
「勿論。その髪、瞳を見れば一目瞭然だからね」
「今も私の周りには多くの精霊達が飛び交っています。皆さんには見えないかもしれませんが」
ざわりと教室内の空気が揺れる。
「その精霊達は私の思考や感情、立場、その場の空気等一切合切お構いなしに、彼らが認めない相手には勝手に反撃してしまうんです。
ですので私は不用意に何方にも近づくことが出来ません」
「そういう事か。なかなか痛し痒しな力だね。だけど勝手にという事は魔力消費もないって事? それは羨ましいな」
本気で羨ましいと思っているのか、クリストファが小さく肩を竦めて笑った。
「!……怖く…ないのですか?」
完全に発動条件を把握しているわけではなく、家族や近しい使用人としかほぼ接してこなかったので、正直全くの他人の反応には怖さを感じていた。
自分で言うのも何だが、まるで歩く爆弾そのもの…怖がられるのが普通だろう。あからさまに怖がられなくとも、知られればさりげなく距離を取られるだろうと思っていた。
辺境領で治療練習をしていた時も、念の為、近づきはしても触れたりする事はしていなかった。ただジールと言う名の新兵に、転びかけた所を抱きとめて貰ったことがあった。その時は精霊防御もカウンターも発動しなかったので、不思議に思い、後程辺境伯一家であまり接触のなかった嫡男スリンに試してもらったのだが、見事に吹き飛ばされていた。
「怖いって…何故? 御令嬢に不用意に近づく方が悪いし、ごく普通の距離を取るだけでこれまで反撃なんてされた事ないからね」
きょとんと首を傾けるクリストファとは、確かにお昼休憩時の温室で、なし崩し的に軽いお喋りくらいはするようになっていた。
当然のようにアイシアとオルガ、メルリナに挟まれているので、そこまで近づく事はなかったが、友人として問題ない距離では発動したことは一度もない。
「そう…でしたね」
「でしょ?」
場違いに生暖かい空気を醸すエリューシアとクリストファに、教室内に漂っていた緊迫した空気が弛緩しそうになったその時、フラネアが目を吊り上げて噛みついてきた。
「な…なんなのよ……人のこと馬鹿にして……何で貴方なんかがクリス様と……公爵令嬢だから許されるって言うの!? そんなのってないわ! ふざけないでよ!」
「おい、フラネアやめろって」
マークリスが慌てて宥めようとするが、フラネアは止まらない。
「身分が上だからって私は屈してなんかやらないわ!
ずっと気に入らなかったのよ!! クリス様に気にかけて貰っていい気になってんじゃないわ!! 姉離れの出来ないお子様の癖に!!
妹が妹なら姉も姉よ!! 妹に成績抜かれて平気だなんて、恥ずかしくないの!!?? 高位の公爵令嬢が聞いて呆れるわ!!」
エリューシアがフラネアの言葉に纏う空気を一変させた。
その紫に煌めく瞳を微かに眇める。
「私の事はどうおっしゃろうと構いません。
姉離れが出来ない子供…その通りです。ですがお姉様への暴言は許せません」
「は? 暴言? 私は本当の事を言っただけよ!!」
「フラネア!!」
流石にこれ以上はマズいと感じたのか、マークリスがどうか誤魔化されてくれと願っているかのような、大きな声で彼女の名を叫ぶ。
だが彼のそんな見当はずれの願い等、届くはずもない。
エリューシアが眇めた双眸を一瞬苦しげに細める。
(シアお姉様の事を言われるだけで怒りが……感情が上手く制御できない…。
ダメ……相手はまだ10歳にもならない子供よ。落ち着いて自分!
あぁ、だけど私が私に引き摺られる……頭が沸騰しそうで…ダメよ、抑えて!
って彼女…まさかと思うけどヒロインかヒロインの協力者だったりする?
だから私に絡んでくるのかしら……いや、だけど悪役ムーブで近づいたって警戒されるって分かるだろうに。
それに、こういう直情的なのってシモーヌらしくないと言うか……スピンオフ作品では印象が異なる作品もあったけど、少なくともゲーム内では矢面に立つ事なんて……あぁ、今思い出しても腹立つわね…何が『あたし、突き落とされたんですぅ~ 怖かったですぅ~』だ……いけしゃあしゃあと嘘かましまくりやがって……
って、今はそんな事を言って現実逃避してる場合じゃない!
いやいや、気づいてって…私が溢れそうになっている魔力を抑え込んでいるのに気づいてってば!
もうこれ怒ってるのが真珠深なのか、エリューシアなのかわかんないな……どっちかっていうと真珠深の方かしら……フラネア嬢が言い掛かりをつける姿が部下の子達にダブって……)
エリューシアが感情を抑え込もうと、自分で自分を掻き抱いた。
(これでも前世含めれば良い年の大人なはずなのに……ぁ、マジでヤバイ……)
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