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思い出したようにスヴァンダットが店の奥に一度引っ込んだ。
暫く何やらごそごそとしていたかと思うと、手に小さな箱を持って戻って来る。
『ほれ』と蓋をあけながら何故かアーネストに渡し、そのまま流れる様にエリューシアに手渡された小箱には、小さな銀細工のブローチが入っていた。
「お得意さんになってくれそうな者に渡してるんじゃよ。店番が孫の時もあるからのぉ」
「なるほど」
「それを付けるか見せてくれれば、全商品2割引きじゃ! どうだね、お得じゃろ?」
何気なく渡されたソレにエリューシアは微かに目を瞠る。
僅かに魔力を感じるのだ。ブローチが薄っすらと纏う魔力には悪意は全く感じられず、飛び交う精霊達もいつも通りだ。
しかしお得意様の目印にしては高価すぎる代物ではないだろうか。
銀細工そのものもとても繊細で、安価であるはずがない品だ。その上施された魔紋もかなり緻密な物で、良く調べてみなければわからないが、ただの割引目印の魔具としては度を越している気がする。
「……ありがとうございます」
「私の時にはありませんでしたね」
「ヒャヒャヒャ、当然じゃ。アーン坊が通ってた時分はワシが一人で店番もしておったからのぉ。そんな目印なんぞなくても割引してやっとっただろうが」
「そうでしたね…って、その呼び方は御容赦ください」
エリューシアは二人の会話を聞きながら、貰った箱にきちんと蓋をしてから振り返ってオルガに預けた。スヴァンダットが居なければそのまま収納に入れてしまうのだが、流石にここは控えるべきだろう。
アーネストとスヴァンダットの話が一段落したところで店から出る。
結局いつの間にか、アーネストが新しいペンや羊皮紙等、あれもこれもと購入してしまっていた。爺の営業、侮りがたしである。
他にも馴染みのお店はあるか尋ねてみれば、そう遠くない場所にちょっとした広場があり、そこに何軒か出ていた屋台には行った事があるというので、是非とも行ってみようという話になった。
アイシアとセシリアが買い物をしている店から少し離れてしまうが、実のところそんなに時間を消費できていなかったので問題ない。
大通りから更に離れ、スヴァンダットの雑貨屋の通りからも横道にそれる。
店や人家の裏側の通りらしく、薄暗く人通りはほぼないので、アーネストや他の誰かが居る時でないと通ろうとは思わない。
目指す広場が通りの先に見えてきたので、早々に抜けようと歩調を速めた所で何かの音を耳が拾い上げる。
「…………」
さっきまで楽し気に、だけど速足でアーネストを引っ張っていたのに、急に立ち止まって建物と建物の間の小道の奥を見つめる。
「エルル? どうしたんだい?」
「………」
オルガも緊張を高めて小道の奥の方を見据えた。
「…………っぁ…」
「旦那様、お嬢様、私が見て参ります」
オルガが言うや否や小道の奥に気配を消して素早く入り込んでいく。
暫くしてオルガが戻ってきた。
顔色が冴えず、視線も逸らすように下の方へ流したまま、エリューシア達への報告の為に口を開く。
「……犬が…怪我をした犬が居ただけでした。ですので気に掛ける必要はございません」
オルガの言葉を信じる者がいるかどうかはわからないが、少なくともエリューシアは嘘だと思った。アーネストも同じくなのか、微かに眉根を寄せている。
「そう、怪我をしているのなら手当くらいしてあげないといけないわね」
「お、お嬢様!? いけません、その…薄汚れていましたし」
「オルガ……オルガのそんな苦しそうな顔見るのは辛いわ」
「!」
オルガが何を見たのか……微かに耳が拾い上げた音は、犬ではなく人の…それも小さな子供の呻き声の様だった。ならば、見捨ててしまっては良心の呵責に苛まれてしまうだろう。
それはオルガだけでなく、エリューシアも、そしてアーネストもだ。
貴族は目の前に見える不幸にだけ、対処すれば良い訳ではないというのは十分理解しているが、目に見える不幸を見過ごすというのも違うように思うのだ。
「子供ね? 怪我をしているの?」
「……お嬢様…どうか…それに子供一人救った所で……」
「えぇ、そうね。貧民街には苦しんでいる人も子供も山のように居る、わかっているわ。だけど、今苦しんでいる子供をオルガは見たのでしょう? そして私達の事を考えて見なかった事にしようとしてる。でも、それはオルガには苦しいのでしょう?」
「お嬢様……」
「確かに領民ではないけれど、だからってオルガにそんな顔をさせたい訳じゃないの。
お父様、ここは領地ではなく王都だと分かっています。知らぬ顔で通り過ぎた方が良いというのも分かっていますが、とりあえず様子を確認させてもらえませんか?」
「申し訳ございません…申し訳ございません! わ、私は……」
仕える主人一家の安全や、今後降りかかるかもしれない面倒事や不利益を考えれば、何事もなかったかのように振る舞うのが最善であると分かっていたのに、自身の動揺を隠しきれなかった事でオルガが涙を浮かべる。
「オルガ、君は気にしなくていい。
君はちゃんと回避しようとしていた。それなのに関わろうとしているのはエルルの方だからね。とは言え苦しんでいる声を無視するというのは夢見が悪いというのも確かな事だ。
しかもそれが子供となれば尚更だ」
「お父様…」
「……旦那様…」
「という事で確認に行こうか」
領地では孤児院を整備し、仕事のない者には健康状況なども考慮した上で、仕事の斡旋も行っている。勿論をそれで諸々をゼロにするには至っていないが減らす事には成功していた。
しかし王都ではそうではない。
オルガが顔をくしゃりと歪めながら、小道の方へ先導していく。
小道の奥には半ば壊れた家屋があり、通りからも中で草臥れた大き目の上着を身体に掛けた子供が横たわっているのが見える。
耳に届く小さな声は苦しそうで、怪我なのか病気なのかは見ただけではわからないが、何かしらの不具合を負っている事は分かる。
お邪魔しますと小さく告げながら壊れて開きっ放しの扉から中へ入れば、饐えた様な臭いが鼻を突いた。
壁も扉も壊れていて、子供が横たわる空間は外気温と変わりない。春になったとはいえまだ肌寒い日もあるのに、これでは身体を壊す一方だろう。
所々に穴が開いた床板の上で、顔を赤くした子供が苦し気に浅い呼吸を繰り返している。
周りを見ても保護者どころか人影ひとつない。
触れてしまうと子供を反対に攻撃する結果になりかねないので、触れないように、だけど、容態を確認するために近づけ翳した手から魔力を流す。
これは光魔法の鍛錬の賜物か、それとも鑑定魔法でも生えたのかわからないが、そうする事で容態がわかるのだ。今の所病気や怪我しか分からないので、恐らく光魔法の鍛錬の結果だろうと思っているのだが、こういう時ラノベや転生モノお約束の、ステータスを見ることが出来ないのが心底口惜しい。
(風邪……というか肺炎になってるじゃない…怪我は…ない、わね)
いつの間にかアーネストも入ってきていたようで、エリューシアの後ろから覗き込んでくる。
「お父様、この子は病気の様なのであまり近づかないで下さい。お父様が倒れては一大事です。オルガもよ」
「えーっと…エルル?」
「お嬢様……それはお嬢様の方です」
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