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本日は入学以来初めての週末である。
忘れられてしまっている気配が濃厚だが、まだ両親――アーネストとセシリアは学院内の借り上げ邸に留まっている状態だ。
しかし授業も始まり、日々色々とありはするが予測範囲内に収まっている。収まらずとも対処可能な状態で落ち着いていたので、明日には領地へ向けて出発する運びとなった。
カリアンティから齎された不穏な情報の事は些か気にはなるが、何かあれば王弟御夫妻に連絡するなりすれば良いだろう。
朝食後の弛緩してゆったりとした時間、お茶を楽しんでいたアーネストが口を開いた。
「今日はセシィとシアは追加のお土産を買うのに出かけるんだったね?」
「えぇ、思ったより王都滞在が長引いてしまいましたし、ハスレー達に追加をと」
セシリアが頷きながら返事をすると、アイシアも顔を上げてにこやかに話し出す。
「王都の本屋に子供達の丁度良い手本になりそうなものが売っていると聞きましたの。もし本当なら孤児院へのお土産に良いかと思ったのです」
アイシアは領地にいるときは孤児院の慰問に良く行っていた。
「なるほど。じゃあエルル、エルルは私と警備隊舎の方へ行ってみるかい?
以前警備に関わる者に顔繫ぎをしておきたいと言っていただろう?」
アーネストの提案にエリューシアが思わず立ち上がる。
「宜しいのですか?」
「あぁ、エルルが行きたいというなら、セシィとアイシアを送ってから行こうか」
「はい!」
「エルルとお父様は一緒に行かないのですか?」
エリューシアとアーネストの話を、何とはなしに聞いていたアイシアが表情を曇らせる。
「孤児院のお土産となると、私には何が良いのか皆目見当もつきません……。
残念な事に一度もお会いしたことがないですから」
困ったようにエリューシアが言えば、アイシアは寂しそうにその目を伏せた。
「そう…だったわね。ごめんなさい」
「ぅぇ!? ぁ、そ、そんな、お姉様に謝られたりしたら、私、どうしていいかわからなくなってしまいます!
そ、そそ、そう! 分担! 分担というだけです!!」
「ふふ、そうね。だけど警備隊の方と言うなら、私もお会いしておいたほうが宜しいのではないですか?」
途中、顔をアーネストの方へ向けてアイシアが訊ねる。
「シアは以前会っているよ。
覚えていないかな? ハンフリー・ヨラダスタン」
「ヨラダスタン様……ぁ、ヨラダスタン子爵様ですか?」
「そう。だからシアは既に顔繫ぎは出来ているから、気にせず買い物の方を楽しんでくると良い」
「はい、そうします」
ゆったりとして大きいが、家紋の入っていない地味目の馬車に乗り込む。
お忍びと言う訳ではないがあまり目立つ格好をしては、ならず者に目を付けられるだけなので全員落ち着いた……はっきり言えば地味な服装をしていた。
エリューシアに至ってはいつもの変装グッズ、カツラと瓶底眼鏡は装着完了している。
一家以外の同行者は、メイドのオルガ、ヘルガ、ドリス。
護衛騎士もセヴァンの他数名が、騎馬で随行していた。
途中目的の店の前でアイシアとセシリアが馬車を降り、それに伴ってヘルガとドリス、そして護衛騎士の殆どがここで外れる。
エリューシアとアーネストの方には、オルガとエリューシア専属護衛騎士のセヴァンだけが随行となりかなり手薄に思えるが、面会場所として予定している警備隊舎と店は然程離れておらず、純粋な戦力としてはエリューシア側の方が実は高いので問題ない。
セヴァンが馬から降り、馬車の扉を開いてくれる。
「セヴァンもおいで。皆顔繫ぎをしておいた方が良いだろう」
「はいッ」
出入り口の警備に立っている騎士達が敬礼してくれる間を抜けて隊舎内へ入る。奥の方に2階に上がる階段があり、そこを登っていけば警備隊会議室と書かれた扉の前に出た。
扉横に控えている警備担当の騎士らしき人物が、階下から上がってきたエリューシア達に気付くと、軽く一礼してから護っていた扉をノックをする。中から『どうぞ』とくぐもったような声が聞こえた。
開かれた扉の奥に続く室内は窓がなく、まだ早い時間だというのに照明用魔具がつけられて少々薄暗い。会議室と言う使用目的の為に窓がないのだろうか…理由は分からないものの、そんな薄暗い中、机についてペンを片手にしている男性が顔を上げていた。
「よぉ」
「忙しいのに済まないね」
「ここ最近はまだゆっくりできてるから問題ないよ。それで、そっちが?」
「あぁ、下の娘で名をエリューシアと言う。エルル、おいで」
アーネストに呼ばれて少し前に出てからカーテシーをする。
「エリューシアと申します。以降お見知りおきくださいませ」
「ハンフリー・ヨラダスタンです。こちらこそ宜しく頼みます」
一見温厚そうな面立ちだが、その身体は騎士らしく鍛え上げられているように見える。とはいえ威圧を感じるようなごつさはなく、細マッチョ系の範疇に分類できるだろう。
聞けば学院副学院長ビリオー先生の甥にあたるらしい。確かに目元には面影があるようにも感じる。
「あぁ、学院の方なら巡回コースだし任されよう。隊の者にも伝えておく」
「助かるよ。学院敷地内の邸だし、何かある可能性は低いとは思うんだが心配でね」
「まぁ、それは仕方ないな。以前見かけた上のお嬢さんは可愛らしかったし、下のお嬢さんはこんなに小さいのだから当然だ」
その後オルガとセヴァンの紹介も終わったが、肝心な事を伝えないまま雑談しているアーネストに、エリューシアがとうとう袖を小さく引っ張った。
「エルル? どうした?」
「お父様……肝心な事を伝えておりません。その……私の…」
「あぁ、そうだったね」
アーネストはハンフリーの方へ向き直り、改まった様子を見せる。
「ハンフリー、人払いをお願いできるか?」
「人払い? いや、室内には他に誰もいないが……部屋の前の警備も外せって事か?」
「君が静かにしていてくれるなら良いが……どうだろう…念の為外してもらっても良いかい?」
「静かに?……ふむ、わかった。今日の当番はニーデンだったか…おーい、ニーデン、少し外してくれ」
ハンフリーは途中から顔も扉の方へ向けて声の音量を上げた。
「(了解。ですが今日の当番はニーデンじゃないですよ。俺はブロッタでーす。では終わったら声かけてくださーい)」
扉越しのくぐもった返事に全員が一瞬押し黙る。
「あ~、その、失礼…。言い訳を許してもらえるなら、ニーデンとブロッタはうちの隊に居る双子でね。それはそっくりなんだよ」
困ったように頭を掻きながら言うハンフリーに、アーネストが笑みを深めた。
「そう言えば見た事があった気がするよ。
それから、人払いさせて済まなかった。ありがとう。じゃあエルル」
アーネストがエルルの方を向いて頷いた。
それを合図にエリューシアは灰色の長い癖毛というデザインの特製カツラと瓶底眼鏡をはずす。
「なッ!!??………」
現れたのは、淡く光を放ちつつさらりと流れ落ちる真珠のような艶を持つ銀髪、そして紫のグラデーションの内に宝石のような煌めきが見える精霊眼という、精巧な人形のような少女。
驚きのあまり声が洩れた事に今更気づき、慌てて口を押えるが、固まったまま次の言葉を紡げないでいるハンフリーに、アーネストが苦笑を浮かべた。
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