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いつもなら元気に手を振りながら近づいてくるのに、今日はとても大人しい。顔色も何だか冴えなくて、不思議に思って首を傾ければ、メルリナが口をへの字に曲げていた。
「ぅぅ…お嬢様、すみません……」
「「「??」」」
唐突に謝るメルリナに、エリューシアのみならず、アイシアもオルガも首を捻っている。
「その…こういうのほんと困るって断ったんですけど……。あ、先に! 断っても良いですから!!
ちゃんと伝える事しかしないよって言ってあるので!」
ますます意味不明である。
「えっとですね……魔法実技の時のメンバーって覚えてます?」
覚えてるも何も、メルリナと魔法合戦の2人、そして馬鹿リス王子以外は上位棟の面子だったので全く問題ない。
当然だと頷けば、メルリナが視線を泳がせてから肩を落として項垂れた。
「えっとですね……その中のカリアンティ・ゼムイスト嬢がお嬢様方にご挨拶がしたいと言ってですね」
あぁと納得はする。
カリアンティとチャコットのぶつかり合いのおかげで、魔法実技の授業は綺麗に消し飛んでいた。
「それで場所の指定をお願いしたいと言われまして…」
「今からという事ですか?」
声に棘を含ませてオルガが問えば、メルリナが口をへの字に曲げたまま頷く。
「流石に失礼だよとは言ったんですけど、どうしてもって……」
エリューシアは一番にアイシアの意向はと、顔を向けると、アイシアも困惑の表情だ。場所の指定をこちらに委ねてくれたのは良いが、今すぐと言うのはどういうつもりなのだろう。
今年度入学生の中で、一番高位の者は家格的にバルクリス、クリストファ、ついでアイシアと続く。つまりそれ以外は軒並み家格としては下位となるのだ。
「アイシアお嬢様、宜しければ私が伺ってまいりますが」
どうしたものかと悩むアイシアに、オルガが一歩進み出る。
「少々無作法ではあるけれど、茶会でもないし目を瞑りましょう。オルガ、気を使ってくれてありがとう」
アイシアがそういうとオルガが一礼して一歩下がる。
「ただ…エルルも一緒にという事?」
「はい、アイシア様とエリューシア様、どちらも…と言ってました」
「そう……エルル、疲れてない?」
ふむと考え込んでから、アイシアがエリューシアの顔を覗き込んで問いかけてきた。魔法実技の時、彼女らの後始末をした事を心配してくれているなら問題ない。
しかし、こうしてアイシアの伺うような表情…御馳走様です。
眉尻を下げ、気遣うように細められた深青の大きな瞳が愁いを若干含んで……。
(はぁぁぁぁぁ、何ですか!? この艶っぽい事!! シアお姉様、まだ若干9歳でらっしゃいましたよね!!?? くあぁぁぁぁ、たまらん!!)
本日もシアお姉様の麗しさに、エリューシアは無事打ち抜かれて悶絶していた。
「エルル? 大丈夫? エルルだけ先に連れ帰ってあげてくれる? とても辛そうだわ」
いえ、辛いのではなく身悶えているにすぎません……等と言う訳にもいかない。
「ぁ、大丈夫です。お姉様心配をおかけしてごめんなさい」
殊勝に言うがアイシアはどうにも心配そうだ。
ただ、オルガの冷ややかな視線とメルリナの苦笑交じりの視線が痛い。
「私も行きます。お姉様をお一人になんてできません」
こほんとワザとらしい咳払いなんかをしてみたりしつつ、メルリナへ向き直る。
「場所はこちらが指定して良いのですね?」
「ぶはッ!! ぁ、いえ、ハイ、そうです!!」
エリューシアの態度にメルリナが堪え切れずに吹き出しているが、後で擽りの刑にでも処しておこうと決意しつつ、何となく周囲を見回し考え込む。
(下校タイミングだし、適当にすると余計な誰かに出くわしそうよね……ぁ、この奥から少し逸れれば、今日の魔法実技の時に使った野外訓練場にでたわよね…なら)
「お姉様、魔法野外訓練場の近くはどうでしょう? 見通しも悪くありませんし、人目が全くない訳でもない場所です。
ゼムイスト嬢が何を考えて挨拶と言っているのかわかりませんので…」
「そうね…確かに何処かの部屋でと言うより、その方が今回は良いかもしれないわね」
エリューシアの提案にアイシアが頷き、そのままメルリナに伝えてくれるように頼んで送り出した。
「だけど、エルル…本当に大丈夫? 今日はあんな事があったし…」
「大丈夫です。ふふ、お姉様が心配して下さるのが擽ったくて、だけど嬉しいです」
「まぁ、エルルったら。でも疲れたり、何かあったらすぐに言うのですよ?」
「はい」
ふと視線を感じて振り返れば、オルガと目が合った。いつも通りの能面だが、口から盛大に砂を吐いている姿が二重写しのように見えるのは何故だろう。
突っ込んだら負けな気がして、そのまま歩き出した。
本日二度目の魔法野外訓練場だ。
囲いが設置してあり、そこには魔具で結界が張られている。かなり広く作られていて、隣接する魔法室内訓練場……日本で言うと大きめの体育館の様な建物なのだが、結構小さく見えた。
野外訓練場の方に今は生徒の姿はなく、学院の職員らしき人物が的として置かれている人形の整備を行っている。
そこへカリアンティを連れてメルリナがやってきた。
「お嬢様、お待たせしました」
アイシアが無言で頷いた後、カリアンティに向き直る。
視線が向けられた事に気付いた彼女は、黒いローブを摘まんで無言でカーテシーの姿勢を取った。
「どうぞ楽になさって。
ラステリノーア公爵家が第1女 アイシア・フォン・ラステリノーアです」
「ラステリノーア公爵家が第2女 エリューシア・フォン・ラステリノーアと申します」
「私も妹も家名は同じになるので、名の方で呼んでくださって構わないわ」
カリアンティは頭を下げ姿勢を変えない。
「このような不躾をお許し下さりありがとうございます。
そして御名を呼ばせて頂く事をお許し下さり、ありがとうございます。
ゼムイスト侯爵家次女、カリアンティ・ゼムイストにございます。以後お見知りおきください」
言い終えて頭を上げたカリアンティは二パッと笑った。
その様子にアイシアが微かに睥睨すると、カリアンティは口元に指先まで綺麗に伸ばして揃えた手を添えて一瞬固まる。
「ぁら、どうしましょ、メルちゃん、これ呆れられたってことかしら? そうなのかしら?」
「はぁぁ、まぁ呆れられても仕方ないと思うけど? その笑い方はやめとけって言ったでしょ?」
「あら……だって覚えて頂くのに、こう…インパクトが」
「インパクトなんて要らないから」
分かった事はカリアンティとメルリナは仲が良さそうだという事。しかしこの無駄な寸劇にオルガが動いた。
「このような無駄な時間の為にお嬢様達を引き留めたというのですか? そうだというなら覚悟して頂きますが…」
「ちょ、オルガ! 早々に臨戦態勢に入らないでよ!!」
エリューシアはその間もカリアンティを観察している。
シモーヌを見た時に感じた様な、ゾワリと背筋を虫が這うかの如き酷い怖気はない。
今も変わらず静かに飛び交っている精霊達も、いつも通りで特に何か反応しているわけではない。
あの一方的な初邂逅から既に年単位の年月が流れている。
そうであって欲しくはないが、今はもしかしたらあの禍々しい気配も何もかも隠せるようなっているかもしれない。
あの時とはもしかしたら姿も違うかもしれない。
疑い始めたらキリはないが、今の所カリアンティも要観察で済みそうだ。それに何より彼女から、こう…落ち着かない、そわそわとした急く様な気配を感じる。
臨戦態勢になったオルガを、エリューシアが手で制した。
「エリューシアお嬢様…?」
エリューシアが一歩前へ進み出る。
「お姉様には節度ある行動態度をお願いします。
それで?
貴方は何故そんなにそわそわとしていらっしゃるの?」
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