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写り込んだ自分の髪は確かに銀髪だった。
間違いなく、見事に父親譲りと言って良い銀髪だ。アイシアや母セシリアのように髪先が柔らかなウェーブを描く事もなく、サラッサラの直毛。
だが、どう見ても真珠様光沢に薄く発光しているように見える。人の毛髪って発光するものなのだろうか……解せぬ…?
そして問題の瞳は菫色から紫色へグラデーションを描き、それだけでなく虹を埋め込んだかのような煌めきが見える、所謂精霊眼――宝石眼とも呼ばれる、精霊の愛し子の証。
だが、意識が遠退きそうになったのは、そのせいだけではない。
母セシリアや姉アイシアの可愛らしさを含んだ、春の妖精を彷彿とさせる顔立ちではなく、エリューシアは父親似なのだろう。
愛らしさよりも冴えた美しさの際立つ顔立ちだった。
美しく、幼いにもかかわらず怜悧さを持ち、精巧な人形のように整ったその顔は、忘れようにも忘れられない、忌々しく嫌悪する『シモーヌ』の面影をどこか含んでいるように感じた。
―――どういう事!? 何がどうして!!??
思考も何もかもが吹っ飛ぶ破壊力だ。
何故自分の顔が、あのヒロイン……いや、ヒドインというかヤバインというか…あのキワモノな存在とダブるように見えてしまうのか、理解できない。
一見しただけでは似ているとはとても言えない。別人だとはっきり言える。しかしじっと見つめていると、どうにも像が被さって見えてくるのだ。
彼女は間違いなくゲームでは平民の子設定だった。更に両親は亡くなっている為、孤児院で育ち、ベタな設定だが光だっけ結界だっけ……ほんと、興味がないにも程があるだろうと自分を叱咤したくなる程希薄な記憶を掘り返してはみるが、彼女の設定の細部はやはりどうしても思い出せない。そのうち何か切っ掛けがあれば思い出すかもしれない。
まぁ何か魔法を発露したとかで、貴族に引き取られたとか言う設定だったはずだ。
リアル父親の浮気も考えにくく、親族にも彼女の父親になりえそうな血族はいない。
おかしいおかしいおかしい……
ありえないありえないありえないありえない………
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうし、て…………
思いもよらなかった現実に、エリューシアは耐えきれず、とうとうその幼い意識を手放した。
【……え…すか? あぁ……届か…い……しら】
ふと、どこか悲しげな声が聞こえた気がして、エリューシアは薄く目を開いた。
開いて辺りを見回すが、全く見覚えのない場所だ。
見覚えがないどころか、一面真っ白で、何処と言う判別がつく手掛りなど何も見えない。
ゆっくりと半身を起こす……起こしていると思う。上下も左右も何もわからない場所だと、自分で自分を認識するのも難しくなるのだと初めて知った。
【……ぁ】
何処かで聞いたような音に、エリューシアは再び周囲を見回した。
【気づいたのですね! 良かった……あぁ、本当に良かった】
「だ……誰」
【ちゃんとお話しするのは初めてですものね】
声の纏う、何処か寂しさとでも言えば良いだろうか、その色が深まった気がして、エリューシアは何だか落ち着かない。起こしたと思う半身を少し捩ると、ふと床? それとも地面だろうか…それが揺らいだ気がする。
【そんな! あぁ、この感覚は…よく聞いて、これから貴方は、纏わりつく悪意に立ち向かわねばなりません。
ですが敵は手ごわい。良いですか、貴方は……】
寂し気な色から焦りの色が強くなった声音を聞いてはいるが、その実エリューシアには余裕がなかった。
地面の揺らぎがどんどん大きくなっているのだ。
すでに起こしたと思う半身も伏せ、身を縮こまらせているような状態だ。
「ぃやぁ、何、どうして、んぎゃぁぁ! 床が…地面が…」
焦る声は確かに重要な事を伝えてくれているはずなのに、聞こえているはずなのに、そちらに意識を向けることが出来ない。
グラグラと激しい揺れに、頭を抱える。
「待って、いかに日本育ちでも、こんな揺れは勘弁してよ! 震度8? 9? いやぁぁぁ!!」
真っ白な地面が割れ、そこへ身体が飲み込まれる。
慌てていてもつい『震度』が口をついて出てしまうのは、日本人あるあるではないだろうか。
何処もかしこも白一色なのに、確かに落ちる感覚はあって、襲い来るエレベータ―感覚に悲鳴を上げる事しかできなかった。
真っ暗だった視界が明るくなっていく。
「お嬢様! お嬢様!!」
「オルガ、旦那様と奥様へご報告を」
「はい、急いで行ってまいります」
「ネイサンは侍医殿を」
「はい!」
目の前が明るくなったように感じたのは、目が覚めたからなようだ。
薄ぼんやりとした視界に、自分を覗き込む見慣れた――外見は好々爺な執事のハスレーと、心配そうな表情を隠さないメイド長のナタリアの顔が写る。
心配をかけてしまったらしい事は望むところではなかったが、エリューシアはホッとしたように微笑んだ。
ちなみにオルガはメイド長ナタリアの第3子で、エリューシア付きのメイドの一人。ネイサンは執事長ハスレーの孫で執事見習いである。
ホッとしたのも束の間、廊下の方から何やら騒々しい音が近づいてきたかと思えば、両親が半泣きの顔で勢い良く扉を開き、部屋に駆け込んできた。
「「エルル!!」」
母セシリアの潤んだ双眸は、彼女の美しさを損ねてはいないが、父アーネストの顔はと言うと、涙と鼻水でゲテゲテになっており、本来の美貌は影も形もない。
「あ”あ”ぁぁぁ!! エルルゥ~~~!! よがった…よがっだぁぁぁ!!」
涙声のせいか、色々な部分に濁音が混じっている……残念感が半端ない。
「本当に……よかった…わ、心配した、のよ?」
セシリアにもかなり心配をかけたのだろう、声に心労が浮かんでいた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期かつ、まったり投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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他作もございますので、お暇つぶしにでも!!
修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)