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両親、使用人達に見送られ、邸を出て学院に向かう。
借り上げ邸からだと学院正面より裏側の方が近いくらいで、通常棟より先に上位棟の校舎に行き当たる程だ。当然正面方向にある馬車止めの場所からもそれなりに離れる事になるので、微かな喧噪は響いてきても、王都に自邸のある生徒達とは顔を合わせることなく済む。本当にありがたい。
そのおかげか、未だエリューシアの事は学内に大きく広まっていない印象だ。
「今日は授業の前に一斉小試験があるみたいで……はぁ、憂鬱ぅ」
「メルリナ、朝からそんな顔しないで」
初授業の前に、上位棟通常棟、どちらも一斉テストが行われるらしく、ガックリと肩を落とすメルリナに、エリューシアがやれやれと肩を竦めた。
アイシアはそんな様子にコロコロと笑みを零し、オルガは片眉だけ跳ね上げてからこれ見よがしな溜息を吐く。
通常棟へ向かっていくメルリナを見送り、上位棟の教室へ3人で向かえば、女子生徒が一人、既に席についてボロボロのノートを広げて唸っていた。
「(入試順位8位のシャニーヌ・マポント子爵令嬢です)」
誰だっけと首を傾がせる前に、オルガが耳打ちしてくれる。
栗色の癖毛を肩口で切り揃えており、普通に可愛い顔立ちと言えるだろう。瞳は赤茶色だ。オルガからの情報を聞いて、要観察と考えていた人物である。
「ぁ……」
教室内に入ってきたエリューシア達に気付いたのか、シャニーヌが顔を上げるが、視認した途端おろおろとし始めた。
おろおろし始めた理由として考えられるのは、挨拶についてだろう。この世界では爵位の高いものから声をかけない限り、話しかけてはならないというルールがある。
養女という事からも彼女は、元々平民かそれ以下だったことが予想できる。仮に生家が貴族位だったとしても男爵家辺りだろう。
「……おはようございます」
「おはようございます」
ほぼ同時と言って良いタイミングでオルガとアイシアが挨拶する。
その様子にオルガはしまったと言わんばかりに顔を顰め、アイシアは綻ぶようにふわりと微笑んだ。
(フ……本日何度目の眼福でしょう…頂戴いたします)
二人に少し遅れて小さな声ではあったが、エリューシアも声をかける。
「…おはよう」
途端にシャニーヌが起立し、まるで人形のようにカチンコチンになって頭を、ブンと音が聞こえてきそうな程勢いよく下げた。
ゴン!!!!!
ぁ…と声をあげる間もなくシャニーヌが額を押さえ……。
「ったぁぁぁぁいいいい!」
―――良い音しましたものね。そりゃ痛いでしょう。
「大丈夫かしら?」
アイシアがスッと進み出て、両手で額を押さえ、しゃがみ込んで悶絶しているシャニーヌの横に並び、その手に魔力を纏わせる。
アイシアの魔法属性は氷と水なので回復促進が可能だ。
「……う、そ…え? なんで……痛く…ない」
目を真ん丸にして呆然としていたシャニーヌは額から両手を離し、呆然と自分の手とアイシアを交互に見つめる。
「痛くなくなったのなら良かったですわ」
目に見えて人が赤面する様など、初めてみた気がする。
アイシアに声をかけられて、シャニーヌは茹蛸のように真っ赤になって、口を真一文字に引き結んだ。
(フ……シアお姉様の美しさ、優しさ、そして素晴らしさに慄くが良い!! そして頭を垂れてひれ伏すのです!!)
「ぁ、あの! あ…あり、がとう、ございますッ!!」
シャニーヌは勢いよく立ち上がって姿勢を正し、アイシアに……こう何と言えば良いか…そうまるで893の下っ端が、若頭や組長に頭を下げるような光景を思い浮かべてくれれば、それが一番近いかもしれない。
要観察対象だし、まだ気の抜けない現状で、あまりアイシアに近づいて欲しくない人物だが、さっきの表情を見るに、アイシアに溺れそうな気配が垣間見える。
こうなっては仕方ない。エリューシアが関わったほうがずっとましな気がする。
(ダイレクトアタックはするつもりなかったんだけどね……仕方ない。シアお姉様の危険度が増すよりずっと良いわ)
「そのノート……」
「あ!」
机の上に広げられたボロボロのノートに目を向ければ、シャニーヌが恥ずかしそうに慌てて閉じて抱え込む。
ノートと言っても羊皮紙の切れ端を束ねただけの、メモ帳に近い代物だ。
「その、ごめんなさ…じゃない! えっと、すみません! お目汚しを……」
「そういう意味ではないのだけど…いえ、違うわね。反対に不躾を許してください。勝手に見るなど失礼な事をしてしまいましたわ。ただ、とても分かりやすく書かれていると思いましたの」
エリューシアがそう言うと、シャニーヌが再び目を丸くする。そしてくしゃりと歪めたかと思えば、輝くような笑顔を見せた。
「お、お褒め頂いて、とても嬉しいです! これ、お義母様のノートだったそうなんです! 学院入学にあたってわざわざ探し出してくださって!!」
前世を思えば、若干押しが強い子だなと思いこそすれ、取り立てて忌避する程ではないのだが、大きな声で話す様子はこの世界では褒められた事ではない。
すかさずオルガが注意する。
ここでエリューシアやアイシアが注意してしまっては、シャニーヌに身の置き所がなくなってしまうと考えたのだろう。
流石色々と出来るメイドである。
「そんな大きな声を出さなくても大丈夫ですわ。それで、何を唸ってらっしゃったの?」
教室に入ってきた時に、彼女がノートを見ながら唸っていた事を覚えていてのセリフだ。
「……その………今日、一斉試験があると聞いて……だけど、あた…わたし、魔法なんて…全然…」
この世界では5歳のお披露目時に神官から、魔法の適性等を初めて教えて貰う事になる。
しかしそれはお布施ありきの話で、平民以下は余程才能がある子でなければ、確認の為だけに神殿に赴く事はない。これは貴族であってもお金がなければ同じである。
その後も、例え適性があっても独学で進めるのは難しい。書物はおいそれと手の出せるような代物ではないし、鍛錬するにもその辺で好き勝手に……と言う訳にもいかない。
何しろ初心者が知識も何もなく魔法を発動すれば、待っているのは魔力枯渇。それもあっという間にその状況に陥る。
如何にエリューシアが規格外だった事が、ここからも分かろうと言うものだ。
「そう、不安なのかしら? それとも具体的に御自分がわからない部分をわかっていらっしゃる?」
「不安もありますし……その、まだ一度も使った事がなくて、ここの部分が」
示された箇所には、魔力を出力する前に行うコントロールについて書かれていた。
放出され術者の手を離れた魔力をコントロールする事も可能ではある。しかし、それが出来るのはかなり高度な使い手に限られる為、普通は放出前に威力や軌道、着弾点等々を自分のイメージに合わせていくのだ。
(なるほどね、魔法はイメージと言われる。私の場合、前世のアニメやゲームなんかが大いに役立ってくれてるけど、こっちの人はそんなベースがある訳じゃなく、最初から作り上げないといけないものね。確かに敷居は高いかもしれない。しかしどうしたものかな……これは私ではうまく説明できないかもしれない…だけどシアお姉様にはあまり関与させたくはない。彼女が白と判明したなら問題ないけど……オルガにお願いすべきか…でもオルガも感覚派だと思うのよね。うぅん、メルリナが居たら話が早かったのだけど…)
そうしてシャニーヌの席近くで固まっていると、扉が開く音がした。
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