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ふいに落ちる沈黙にエリューシアが顔を上げると、テーブルを挟んだ向かいの席で、メルリナが口を開きかけては閉じるという動作を繰り返していた。
「メルリナ?」
どうしたのだろうと声をかければ、メルリナが意を決したかのように両手を拳に握りしめる。
「えっと、あのですね、ずっと不思議だったんですが!」
「ぅん?」
「エリューシア様はどうして人攫いというか行方不明なんか気になさるんですか?」
唐突な質問ではあるが、聞きたくなる気持ちはわからないではない。
何度も言ったと思うが、人攫いに限らず行方不明なんて日常茶飯事とまではいわないが、決して珍しい事ではない。
とは言え正直に理由を話すわけにもいかない。荒唐無稽すぎて、まず信じて貰えないだろう。
「そう、ね……そう、誘拐って裏組織が一番手っ取り早くお金を得る手段になりうるじゃない? だから気にかけておくべきだって思ったの!」
何とか言い訳できただろうか……少々苦しい言い訳になったとしても、メルリナが納得してさえくれればそれでいいのだが。
「なるほど!! 北の辺境伯領でも窃盗団とか、裏組織には手を焼いていました!
あいつらって潰しても潰しても湧いて出て来るんですよね。確かに資金源を断ち切るのは有効そうです!」
納得してくれたようだが、それでいいのか? まぁ、突っ込んだら負けかもしれない。
そんな話をしていると扉がノックされる。
『どうぞ』と返事をすれば、入ってきたのはオルガだ。
昨日教室で自己紹介はあったが、名前を憶えている人物は限られていたので、オルガに名前他教えて貰おうと、メルリナに伝言をお願いしていたのだ。
オルガはちらりとメルリナを一瞥した後、エリューシアの脇に控えようとするが、エリューシアがそれを止めた。
それでは話し辛くていけない。
エリューシアの対面、メルリナの隣へと促す。先ほどのメルリナ同様の光景が繰り返されるが、これも同じように言えば渋々ながらも促した席に腰を下ろしてくれた。
「それで……えっと、クラスメイトの名前を……」
しどろもどろと切り出せば、オルガは無表情にあっさりと頷く。
「承知しました。どなたからお話しすれば宜しいですか?」
「ん…自己紹介と同じく10位からで」
フラネア嬢は名前と顔が一致してはいるが、色々と抜けがあるはずなので聞いておいて損はない。
「畏まりました。
フラネア・ズモンタ様は伯爵家の第1令嬢。
ご両親は健在で妹君が一人。
領地はなく王城にお勤めの文官貴族ですが、問題の多い家のようです。
当主である父君には賭け事による借金があるようです。
母君はドレスに宝石と、散財が目立ちます。
妹君については申し訳ございません。まだ調べ始めたばかりです。
フラネア嬢本人については、あまり良い話は聞けませんでした。茶会などの場では令嬢方よりも令息方との交流に重きを置かれているようで、令嬢方からの評判はあまり良いものではありませんでした」
何時の間にそこまで調べたのだろう。素直に凄いと感心すれば良いのか、恐れおののけば良いのか悩むところだ。
「ぁ、うん……流石、だね」
「オルガってば凄いね! 昨日の今日でしょ!? 人間業とは思えないわよ!」
「この程度、エリューシアお嬢様の専属メイドなら出来て当然でございます」
―――ううん、出来て当然じゃないから。
「って言うか、オルガってそんなに喋れたの!?」
「喋らなければ報告できません。何を当然のことを?」
―――ごめんね、私もそんなに喋ってるの、初めてかもしれないわ…。
「続けて宜しいでしょうか?」
「ハイ、オネガイシマス…ぁ、9位をお願い」
「畏まりました」
…………
…………………
………………………………
全て聞き終えた時にはもう昼食前の時間になっていた。
適宜メモを取りつつ、生徒7名の色々な話を聞くことが出来た。
簡単に纏めると…。
9位のバナン・ドコス伯爵令息は4男で、通常棟担当教師のウティ・パラジック先生の甥っ子に当たるそうだ。
8位のシャニーヌ・マポント子爵令嬢は養女となっているが、実は庶子らしい。実子として引き取らなかったのは何故かと言う疑問が残る。爵位も高くなく、シモーヌと何らかの接点があっても不思議ではない人物。今後は要観察か。
7位のマークリス・ボーデリー侯爵第2令息は、現王ホックスの実妹カタリナの息子で、先述のフラネア嬢とは幼馴染。父君であるボーデリー侯爵がズモンタ伯爵と学友と言う縁がある。
6位のポクル・ボゴヘタス子爵第1令息は例の呟きクンだ。アレのおかげでエリューシアが無駄に注目を集めてしまったのだ。下位貴族ではあるが男子という事で、シモーヌとの繋がりはそれほど気にしなくても良いかもしれない。とはいえ天然クンの可能性ありだから、あまり関わらないでおこう。
5位はオルガだから割愛。
4位はソキリス・ツデイトン侯爵第3令息。髪色が薄い赤金なので少し目立つ。
3位はアイシアなので、こちらも割愛。
2位は言わずと知れたクリストファ・フォン・グラストン公爵第2令息。現王ホックスと現ボーデリー侯爵夫人カタリナの弟であるリムジールを父君にもつ。そのボーデリー侯爵令息繫がりでフラネア嬢とも顔見知りだが、友達ではないと言っていた。まぁどちらでも良い。エリューシアにとってはまるっと纏めて地雷なのだから。
そう言えば聞き忘れていた事を聞いておかなければと、エリューシアはメルリナの方へ顔を向ける。
「話は変わるのだけど……メルリナ、さっきの話…もしかして被害者の中に常識では考えられないような状態だった人っているかしら?」
メルリナとの話を知らないオルガは当然のこととして、メルリナ自身も一瞬何を聞かれたのかわからなかったのか、ポカンとしている。
「ぇ?」
「お嬢様、何の話です?」
「あぁ、オルガが来る前にメルリナが聞いた話を教えて貰っていたのよ」
そう言うと、オルガは隣に座ってポカンとしたままのメルリナに視線を向けて小突いた。
「メルリナ、どういう話なのです?」
「へ? ふあっ、あ~…何と言うか、人攫いの話?」
「詳細は?」
以前ノナリーから聞いた常軌を逸した死体の話を気にしていた事を、オルガは覚えているのだろう。
「詳細って言っても、通常棟の令嬢がちょっと前に攫われかけたって話を昨日聞いたのよ。ほら、お嬢様がその手の話気にかけてるでしょ? だから報告はしておかないとって思ったのよね」
「お嬢様に聞かせた話をもう一度繰り返してください」
蛇に睨まれた蛙状態でメルリナが、さっき話した事を再度オルガに語って聞かせる。
すべてを聞き終えたオルガが、エリューシアをじっと見つめてきた。
「お嬢様、その話は私の方で追います。
どうにも危険な印象が拭えませんので、どうぞお嬢様は手出しなさいませんよう」
「だけど…そんな事でオルガの手を煩わせるのは……」
「サネーラたちにも手を貸してもらいますので、問題ございません」
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