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アイシアの何処か不安そうな表情に、アーネストとセシリアは心配気に顔を見合わせる。
「まずはお入りなさい。そのままでは風邪をひいてしまうわ」
セシリアがアイシアの小さな肩に手を添えて、室内へと促す。廊下と違って部屋は暖かかった。アーネストの方はというと、いつの間にかお茶の用意をしている。しかしその様は無駄に手馴れており、蜂蜜を一匙垂らすところまで見惚れるほどに鮮やかな所作を披露していた。
「お姫様、どうぞ♪」
茶目っ気をふんだんに盛り付け、大仰なポーズで置かれたお茶に、思わずアイシアの顔に笑顔が浮かぶ。
娘の笑顔にアーネストとセシリアも口元を綻ばせると、アイシアを挟むようにソファに座り直した。
アイシアがカップを置くのを合図に、アーネストが優しく話しかける。
「暖まったかい?」
「はい。お父様、ありがとう」
笑顔がフッと萎れる様に消え、アイシアは視線をテーブルに落とすと、ゆっくり口を開いた。
「今日、教室で話しかけてきた令息が居るのです。
彼は他の誰でもなく、真っすぐにエルルの方を見ていました」
「ふむ…」
「まぁ…それは……令息の名前は憶えてるかしら?」
セシリアが労わるようにアイシアを覗き込んでくる。
それに頷きを返して、再び視線を戻した。
「クリストファ・フォン・グラストンと名乗ってらっしゃいました……グラストン公爵って王弟殿下ご夫妻でしたよね?」
アイシアの口から紡がれる名に、アーネストとセシリアの眉根が、わかりやすく不快そうに寄る。
「クリストファというと次男か…」
「そうですわね、優秀だと噂されていますわ。だけど何故エルルに? 会った事等ないはずですし、エルルの事は学院入学まで可能な限り、口の端に上るのを抑え込んできたはず」
「あぁ、接触する使用人も限定しておいたし……ふむ、領地に戻る前に行っておいた方が良いか…ダメ元で治療院襲撃だけ再度してから戻ろうとは思っていたが、行く先が増えてしまったな」
父母が揃って不快そうな表情を隠そうともしていない事に、アイシアは手間を増やすだけの余計な事を言ってしまったかと、身を小さくする。
それに気づいたアーネストが慌てて取り繕った。
「ぁ、あぁ、シア、違う、違うんだ。シアが話してくれて良かったんだよ」
「そうよ、もし知らないままだったらと思うとゾッとする程にね。だから、シア、よく話してくれたわ、ありがとう」
「うん、後は私達でどうにかするから、シアはもう休みなさい」
優しく気遣ってくれる父母には申し訳ないが、エリューシアに降りかかる火の粉をどうするかわからないまま眠るなんて、アイシアには出来そうになかった。
クリストファは最初からエリューシアしか見ていなかった。
その瞬間、クリストファはアイシアにとって敵になった。大事な妹エリューシアを狙う害虫として認定されてしまったのである。
「嫌です。エルルに関わる事ですもの、知らないままで居たくありません。それに学院では私がエルルを守ってやらなければなりませんもの。
どうかこのまま話を聞かせてください」
困ったように顔を見合わせる父母に視線を固定したまま、小さな桜色の唇をムッとへの字に曲げて徹底抗戦の構えだ。
こうなっては父母に勝ち目はない。苦笑交じりに眉尻をだらしなく下げた。
「仕方ないわね、シアもエルルの事となると頑固だから」
「私達に勝機はないな」
「それでお父様もお母様も、どう思われます?
私、とても嫌な予感がしますの」
アイシアの問いかけに、アーネストもセシリアも表情を改める。
「シアの言う通りだ。嫌な予感しかしないよ」
「えぇ、本当に……まぁ、我が家の天使エルルを見初めたのだとしても、それは至極当然とも言えますけど、ですが……」
「そうだね、一目惚れって所だろう……だが…」
「えぇ、納得は…して差し上げないこともないです。だけど…」
「「「気に入らない」ですわ!!」」
心底仲良し家族である。
「ハッ! リムジールん所の子倅などに、エルルをだなんてあり得ないだろう! 勿体なさすぎる!」
「えぇ、シャーロットにも断固抗議しますわ!」
「あんなの害虫です! エルルをどうにかしようだなんて許し難いですわ!」
妄想の結果、暴走一家となるの図。
傍迷惑な話とも言える。
「叩き潰すか」
「握り潰しましょう」
「磨り潰さなくては安心できませんわ!」
男性陣が震えあがったとか何だとか……?
一方その頃、自室のベッド近くに置かれた机の前で、エリューシアは唸っていた。右手に持ったペンはくるりくるりと指で弾いて回転させ、左手は規則正しく第2指の先で、トントントンと規則正しく机の天板を叩いて鳴らす。
行き遅れ社畜時代の癖が思い切り出ている。
そして机の上に広げられているのはエルルノート。
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・サキュール・ニゾナンデラ
上位棟担当教師
担当は魔法、中でも実践魔法
歴史他は別に教師がいる
なんか記憶に引っかかってる気がする、思い出せ私!
・フラネア・ズモンタ伯爵令嬢
入試成績は10位
グラストン令息に懸想してるっぽい
今の所席は遠い
ゲーム中に出てた記憶は今の所ない
・男子だった、以上!……名前が出てこなーい
入試成績9位
・欠片も思い出せない
入試成績8位
・サキュール先生に説明とかしてた気苦労系男子君(名前、以下略)
入試成績7位
背は高かったかも
・呟き君…やっぱり名前が思い出せぬ
入試成績は6位
一見人畜無害系かと思いきや、とんだ地雷だったぜ
今の所席は真後ろ
・名どころか顔もさっぱりわからぬ
入試成績4位
・クリストファ・フォン・グラストン公爵令息
入試成績2位
天使な美少年なのに、あれは石化毒か氷結ビーム持ってる
なんならス〇ンド持ちかもしれない やばい 回避推奨!
しかも名を呼べとか、どんな罰ゲーム? フラネア嬢が怖い 私逃げて!
『ぐらすとん』だもの、王弟一家の関係者だよね?
席が隣なのが辛い
ゲーム中に出てた記憶はないが、名前が引っかかっている
触らぬ神に祟りなしなのは間違いないだろう
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自己紹介は聞いてたはずなのだが、名前が思い出せない人物の多い事、多い事。
実際には聞いてたつもりだったと言うだけで、何も聞いていなかったという落ちに他ならない。ここまで記憶が抜けているといっそ清々しい。
反対に覚えてるのは先生と、生徒の方はヤバい人物ばかりと言う…それだけインパクトがあったという事であろう。
明日は休みで明後日から授業のようだから、明日皆に名前他を聞こうと考えつつノートを閉じ、ベッドの方へと進んでそのままダイブした。
(それにしても私は平穏な学院生活は送れるのかしら……この分じゃシモーヌが居なかったとしても、波乱万丈こんちきしょう、になるのは確定的に明らかよね……はぁ……初日から疲れるってどうなのよ。まぁお姉様の安息が守られるなら、それでも良いのだけどさぁ…。
惚れた腫れたの騒動は、どっか他でやってくんないかなぁ。第一あれでしょ? あのグラストン令息は私の方が1位なのが気に入らないのよね? だからあんな嫌がらせをして来るんだろうけど……でも、確かに2歳も下の女の子に負けるとか、プライドが許さないのかもしれないわね……。
とはいえ、私も負ける気はありませんけど!
何しろ手抜きするとお姉様が……もうね、お姉様から悲しそうな表情で滾々とお説教喰らうって、えぇ、ご褒美ですけどね? でもそれはお説教がご褒美なのであって、悲しそうな御顔はいけないわ、そう、ダメ、絶対。
ぁ、あれかしら、反対にもう何も言えないほどに締め上げるのが良いのかしら)
階下の談話室も、2階のエリューシア自室も、物騒な方向で同調していた。
謎である。
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