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学院敷地内に幾つか設置されている借り上げ邸は、どれも学院校舎まで近い。
寮よりも近く、例え蝶よ花よと甘やかして育てられた子息子女であっても、十分歩いて通える距離にある。
その為今日は新入生たちの賑やかな声が聞こえてきそうなものだが、そんな喧噪は全く耳に届いてこない。
聞けば防音遮音の結界が今朝から張られているのだそうだ。他にも侵入者対策の結界も今朝から追加発動させたとの事で、その結界を抜ける為に魔力登録を行っていると、少々草臥れ気味なアイシアとセシリアも談話室に入ってきた。
朝からお疲れ様ですと眺めれば、準備に携わったメイド達の晴れやかな……言うなればやり切って満足気な顔が並んでいて、苦笑が洩れた。
草臥れ気味なアイシアとセシリアとは、対照的である。
だがメイド達がやり切って満足気な顔をしているのも頷けた。
アイシアは制服を着ているが、その間から覗く私服のワンピースは白に近い水色で、裾の部分には繊細なレースが覗き見えている。
深菁の髪はサイドを編み込み真珠をあしらった髪飾りで留め、流した後ろ髪は髪先の自然なウェーブをのこして、上品に仕上げられていて、溜息が出るほど美しい。
セシリアの方もドレスの色は深い藍色だが、光沢があり、光の加減で決して単調には見えない。更に同色の刺繍もアクセントになっていた。首元はあまり大きく開いていない事もあり、ドレスと同色のチョーカーに、アイシアの髪飾りと対になるような真珠の飾りがあしらわれている。
「お母様、お姉様、とてもお綺麗です」
「あぁ、セシィはいつだって美しいが、今日はまたとびきりだな。シアもとても可愛いよ。セシィと揃いの飾りにしたんだね、とても似合ってる」
先程までエリューシアに問われるまま、難しい顔で話していたアーネストだが、我が家の花達を前にして、その相好を崩した。
「メイド達が頑張ってくれましたわ」
セシリアが眉尻を下げてそう言えば、同じく苦笑しながらアイシアも頷く。
「学院まで近いし、少し休むと良い」
アーネストが二人を手招くが、一瞬アイシアとセシリアは顔を見合わせ、フっと疲れた笑みを載せて首を横に振った。
「今座ってしまったら、そのままソファで眠ってしまいそうですわ」
「えぇ、私も否定できそうにないわ。旦那様、時間も時間ですし、もう出かけませんこと?」
アーネストが少し表情を曇らせ、エリューシアを見つめる。
「エルル……エルルはどうする? やはり後からにするかい?」
「はい、私はお式が始まった頃合いで向かいます」
にっこり微笑んでそう言うと、アーネストは仕方ないと言いたげに肩を竦めた。
「わかった。オルガとメルリナもエルルと行動を共にするんだったね?」
「はい、旦那様」
「はい! エリューシア様をしっかり護衛して参ります!」
オルガもメルリナも同じく入学なので、アイシア達と先に行くように言ったのだが、二人共頑として頷かなかったのだ。
サネーラともう一人の専属護衛騎士であるセヴァンも付いてくれるので警護面は問題ないと言ったし、折角の入学式だからとナタリア達にも説得をお願いしたが、全て無駄骨に終わった。
ちなみにセヴァン・トルマーシはエリューシアの専属護衛騎士であり、同学院の先輩になる。
借り上げ邸の敷地を出た途端、ガヤガヤとざわめきが聞こえるが、その中で声をかけて来た者がいる。
「ラステリノーア公爵様、お嬢様、本日はおめでとうございます。お待ちしておりました」
「君は…ルダリー伯爵の…確かディオン君だったね」
「はい、覚えて頂いたとは、感激です」
「大げさだよ」
「いえ、本当の事ですから……あぁ、御令嬢はご案内させていただきます。皆様はあちらから父兄席へ入れますので」
ディオンが示した方には教職員らしき者達が集まっている。どうやら新入生とその父兄には、それぞれ在校生と教職員らが案内係としてつくようだ。そのおかげか、目立った混乱は見られず、賑やかさはあるものの順調に進行している。
「では、お父様、お母様、行ってきます」
「あぁ、私達も移動しておくよ」
「えぇ、また後でね」
笑顔の両親と離れ、ディオンに改めて向き直る。
「ルダリー伯爵令息様、どうぞ宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします。では行きましょうか」
先に立って歩くディオンについて行けば、同じように真新しい制服を着た子供の集団が見えてきた。
その子供たちの近くに、同じようなローブの上着を着た女性が立っている。ディオンはその女性の方へ近づいて行った。
「ウティ先生、新入生をお連れしました」
「あ、ありがとうです! えっと、名前は?」
ウティ先生と呼ばれたので、女性は教師のようだ。
「アイシア・フォン・ラステリノーアと申します」
「えっと、ラステリノーア嬢……ラステリノーア嬢っと……あぁ、二人いるんだったわね。えっと上位棟組ですね、上位棟の3…じゃなくて、2番だから、あちらの扉近くに」
上位棟とか聞きなれない言葉が飛び出してきたが、来る途中アーネストが話してくれた成績で校舎を分けるとか言う話の事だろう。何ともセンスのない名前だが、わかりやすいと言えばわかりやすい。
示された方を見れば、既に何人か同じ年ごろの子供たちが固まっている。皆静かにしている中で騒がしい子も居り、つい顔を向けてしまうが、ディオンに連れられてその集団に近づけば、開始時間となったようですぐに入場となった。
恐らく机を並べる者達だと思うが、挨拶をする暇もなく慌ただしく式典会場へ、先程のウティ先生に先導されて入っていく。
その頃、エリューシア達はゆっくりと邸を出た所だ。
オルガとメルリナが居るので、サネーラとセヴァンには邸でゆっくりしてくれて良いと言ったのだが、やはりと言うか何と言うか、二人もついてくるという為、結局5人で向かう事となった。
式典会場ではなく教職員のいる部屋を目指すが、在校生でもある彼らが付いてきてくれたおかげで迷うことなく進める。
それにしても驚くほど近い。
敷地を出た途端、低い男性の声が微かに耳に届く。前世でもお馴染みの式典演説のようで、抑揚が少なく、眠りに誘ってくれる事、間違いなしな棒読みっぷりだ。
鬱陶しくも懐かしい演説を聞き流しながら更に奥へ進めば、一人の男性が待ち構えている。
同じような黒のローブタイプの上着を纏った男性は、エリューシアを見るや、わかりやすくその両目を見開いた。
「話は伺っていましたが…本当に精霊の愛し子にお目にかかれるとは、思っても見ませんでしたよ」
見開いた目をフッと柔らかく眇めて微笑むその男性は、名をビリオー・ベーンゼーンと言い、現ベーンゼーン侯爵の弟にして、この学院の新しい副学院長その人である。
(おうふ、イケオジキタコレ!)
別にエリューシアも、前世の真珠深もオジスキーと言う訳ではない。あくまで一般的感想と言うやつだ。
くれぐれも、そこ、誤解しないでくれたまえ、うん。
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