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(あれ、ここ、は…?)
いつか見た真っ白で、上も下も、右も左も…何もわからない空間
床と言うか地面もあるのかどうかわからず、普通ならそっと上体を起こすところなのだろうけど、何もできずに何処までも白い空間を見回している……つもりになっている。
【やっと気が付いたのですね】
何処からともなく聞き覚えのある声が脳内に響く。
ハッと飛び上がり、慌てて周囲を見回すが、その行動すべてが『つもり』でしかない虚しさに、思わず鼻頭を指で掻いた。まぁ、こちらもあくまで『つもり』だ。
「あの、前にお話しした方ですよね?」
【覚えていてくださったのね、とても嬉しいわ。貴方の意識が深く沈みこまないと声が届かなくて…本当にごめんなさいね】
「深く? えっと…つまり眠るとか程度ではだめという事ですか?」
【そうなのよ。ぁ、今の状況は理解しているのかしら?】
問いかけられて、エリューシアは今に至った経緯を思い出そうとする。
(確か……そう、サネーラが酷い怪我で…ううん、サネーラだけじゃなくドリスも傷だらけで。
だけどどうしようもないってお母様が辛そうに…それで、そんなの嫌だって思ったのよね。
で…ぁ、ぁれ? そのあと私何かしたのかしら……なんだか身体から一気に力が抜けた様な感覚しか…)
「ごめんなさい、力が一気に抜けたって事までしか……」
声の主がふっと笑ったような気がした。
【良いのよ。とりあえず現在貴方は、魔力枯渇で生死の狭間と言った所ね】
「は?……はいぃ!?」
【大丈夫。貴方を死なせたりなんかしないわ。安心して】
「ぃゃ、でも……」
【あれね、制度が悪いのよね……魔力測定はやっぱり5歳のお披露目?】
唐突に現実感のある話題に、エリューシアの思考が追い付かないが、辛うじて頷く。5歳のお披露目会の前に、貴族の場合は神殿から神官が鑑定魔具と共に派遣されてやってくるというのが一般的らしい。
そしてその時に初めて、魔力の有無、属性等々がわかるのだ。
エリューシアがその鑑定を受ける前に自身の魔力に気付いたり出来たのは、ひとえにそれが桁外れの大きさだったせいにすぎない。
【やっぱりね。あぁ、先に教えておくわね。神殿の鑑定は精度がそこまで良い訳じゃなく、鑑定漏れなんて珍しくないわ。最も、その精度のあまり宜しくない鑑定で示された力は確実にあると言えるのだけど】
「は…はぁ……」
【エルルは】
声の主に名を呼ばれ、それが家族しか使わない愛称だった事に少しびっくりしていると、声の主が少し凹んだように謝ってきた。
【ごめんなさい。そうよね、良く知らない相手に突然愛称で呼ばれるなんて嫌よね。私からは貴方の事は見える事が多いからつい】
(え? 愛称は別に良いけれど、見えるって……まさか24時間フル監視状態ですか!?)などと、咄嗟に声には出さないが突っ込んでしまったのだが、相手にはそれが聞こえているようで、酷く慌てて弁明を始めた。
【ち、違うわ! ずっと監視なんてしてないったら! 貴方が緊張してる時なんかは見えやすいけど、リラックスしきってる時なんかはそんなに見えないわ。だから就寝時とかはあまり……まぁ、見えてたとしても気にしないで頂戴な。どうせただの亡霊だわ】
思いもよらなかった単語に、エリューシアの方が固まった。
「亡霊って……」
【ぁ、嫌だわ、私としたことが…名も名乗ってなかったわね。
改めて自己紹介させて頂戴。
私の名前はアマリア。
随分と過去に死んだはずの亡霊よ。貴方を愛おしむ御方に拾い上げられて、今に至るわ】
「私を愛おしむって、精霊王とかそういう方ですか?」
【ふふ、精霊達が何時も付き纏ってるからそう思うのも仕方ないわね。貴方を抱きしめて離さないのは、この世界の守護神である女神 イヴサリア様よ。精霊達はその眷属と言った所ね】
「イヴサリア様って守護神と言われる?」
【えぇ、目立った御利益が言われず、忘れられそうな女神さまだけど、他の神々だけでなく精霊達の長なんかも仕えているから、第一神という地位に揺るぎはないわ。
だけど、やっぱり忘れられるのは寂しいものよ。だから良かったら偶に思い出してあげてね】
精霊の愛し子とか言われるから、ずっと精霊王の加護だと思っていたが、どうやら世界の守護女神イヴサリア様の加護だった事がわかった。
「それはわかりました……だけど、どうしてアマリア様が?」
【あぁ、不思議に思うわよね。普通ならイヴサリア様が直接話しかければ良いはずだもの。あぁ、私の事は敬称なんて要らないわ。『アマリア』と友達のように呼んでくれたら嬉しいわ。
ごめんなさい、話が飛んじゃったわね。
エルル…ぁっと、さっきお許しが出たから良いわよね?
で、よく聞いてね。貴方は生まれてから前世の記憶があるんでしょう? それでずっと引っかかってることがあるのよね?】
『引っかかってること』と言われて、エリューシアが固まる。
そう、姉であるアイシア愛や家族たちへの愛に紛れてはいたが、エリューシアにはずっと刺さって抜けない棘のようなものがあった。
前世の記憶をここまで保持している自分は、転生ではなく転移というか憑依なのではないか。
もしかすると本来エリューシアとして生まれるはずだった魂を押しのけて誕生したのではないか。
そんな、誰にも答えが出せない苦悩をずっと心の内に隠してきたのだ。
憑依にしろ、エリューシア本来の魂を押しのけたにしろ、それは即ち本当のエリューシアを殺してしまったという事に他ならないのではないかと、ずっと悩み、苦しみ、怯えてきたのだ。
【誰にも聞けないものね、悩んで苦しかったわよね…。
だけど、エルルは悩む必要なんかないのよ。
エルルは間違いなくエルルなの。良い? それは絶対に忘れないで。ちゃんと伝えるから】
「………ぅん」
【ここからはイヴサリア様のお言葉よ。
神様だもの、嘘は吐いていないわ。だから安心して聞いて。
さっきも言ったようにエルルは間違いなくその身体の持ち主よ。
エルルはイヴサリア様の愛し子として、澱みの生じ始めたこの世界に、神との懸け橋として生まれ、世界に安寧をもたらすはずだった。だけどどうしてかエルルの死を回避できなかったらしいの。
その度にイヴサリア様は時に干渉したらしいわ。だけど、何度やっても……エルルに前世の記憶が残る様にしても、どうしてもエルルは死に至り、世界は崩壊を免れなかった。
もちろんこれまでのエルルも抗って、少しずつ変化はあったらしいの。だけど結果が覆らない。そうこうしているうちに、人の魂であるエルルは傷ついて疲弊して…もう限界に近くなってしまった。
それ故、他の世界の神様に頼んで、エルルの魂を一時的に避難させた。エルルが居ない間の時間をイヴサリア様が全力で凍結して。
そしてやっとエルルは魂の癒しを終えて、この世界に戻ってきたの。
だからね、エルルは元からこの世界のエルルなのよ】
アマリアの言葉が途切れたその瞬間、エリューシアは空間の白い闇に溶けているはずなのに、身体なんて感じられないのに、確かに熱いものがこみ上げるのを感じた。
―――私は……私は、間違いなく私として存在して良いのだ―――
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