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「奥様、これ以上はもう……」
重苦しい様子でドリスが口を開けば、セシリアが一瞬痛みを堪えるかのように、その唇を噛みしめた。
回復促進魔法の為に翳したいた手を静かに下ろし、耐える様にギュッと握りしめる。
「……そうね…どうにもできないのなら、このまま苦しみを長引かせるのは……力が及ばず……許して頂戴」
「そんな奥様、勿体ないお言葉です。それに私どもの様な者に回復魔法等……本当にありがとうございます。サネーラ、苦しませてごめんなさい。さぁ、行きましょう」
ぐったりと力の入らない様子のサネーラの身体を、掬い上げるようにしてドリスが抱き上げた。
「……ッァ…」
傷だらけのサネーラの顔が、抱き上げられた事で痛みが増したのか、酷く苦し気に顔を歪めた。
(な、にを………何を、言って、る。の……?
これ以上とか、長引かせるのはとか……)
「サネーラ、どうにもしてあげられなくてごめんなさい……最後に何か言いたい事はありますか?」
セシリアが涙を堪える様に震える声で、抱き上げられたサネーラに言葉をかける。
(待って、待ってよ……最後って…)
「……お、く…ッさ、ま…じょ…さ……あ…りが………い、ま……した」
苦しい呼吸の合間を縫うように、最後の気力を振り絞って出された掠れて小さな声は、それでも彼女の言葉をはっきりと伝えてきた。
―――奥様、お嬢様、ありがとうございました―――
どうして?
私がお願いした……いえ、命じたせいでそんな怪我を負ったのよ?
痛いでしょう?
苦しいでしょう?
辛いでしょう?
それなのに最後って……そんな覚悟決めないでよ…お願いだから!!
そんなのダメ…そんなのダメなんだか……
セシリアが立ち上がり、抱き上げられたサネーラの頬に張り付いた髪を優しく払ってやる。
「……ら…」
傍らで小さな身体を震わせているエリューシアは俯いたまま、その両手を祈る様に胸の前で組み合わせている。
「エルル?」
その彼女が声を発したような気がして、セシリアとドリスが向き直った。
「……メよ…そん、な…の」
「……エルル…」
「お嬢様……お嬢様のそのお気持ちだけで、私達にはもう十分で「ダメなのよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」
ドリスに最後まで言わせないとばかりに、エリューシアが叫んだ。
するとエリューシアの姿が一瞬見えなくなるほどの光が、彼女から放出される。
「っな!!」
「!!!」
その光は精霊の加護とは違う、どこまでも優しく温かく、柔らかな黄金色。
だけどその神々しい光は部屋中を埋め尽くし、眩しくて目が開けていられない。
あまりの眩さにセシリアもドリスも咄嗟に顔を背けるが、暫くして瞼裏の白い闇が収まると、ゆっくりとその目を開いた。
「………ぁ」
「……これ、は…」
セシリアの部屋一杯に光の粒子が降り注いでいる。
まるで光の雨のように、止むことなく次から次へと。
その光の雨粒が、今室内にいる全員に静かに落ちて来る。顔に、肩に、腕に……そして黒い靄を纏う傷口に。
傷口に纏わりつく黒い靄は、光の雨粒に怯えたかのような動きをする。まるで生きているような、意識があるような、そんな動き。
怯えて離れる様に、忌々し気に逃れる様に。
雨粒が触れて弾けると、黒い靄は大きくブルリと震えて、溶けるように蒸散していく。
一つ、また一つ……。
後には、セシリアがどれほど回復促進の魔法を使おうと閉じる事のなかった傷口が、ぴたりとその口を塞いでいた。
「奥様、これは一体……」
あまりの光景に呆然としていたドリスが、声を絞り出す。
その声にハッと我に返ったのか、セシリアが傍に居たエリューシアに顔を向けた。
エリューシアは、未だその全身が黄金色に淡く輝いていた。
表情は何の感情も映し出していないようで、透明な冷気を纏っているかのような、いや、呼吸さえしない人形になってしまったのではないかと言う錯覚まで覚える。
「エルル……エルル!?」
セシリアが切り裂くような声で名を呼びかけるが、虚ろなエリューシアはその声に反応しない。
反応しないどころか、まだ金色の光を帯びた手を、未だ抱きかかえられたままのサネーラに伸ばす。
ゆうるり、ゆうるりと近づき、伸ばした手をサネーラの閉じた傷跡に翳せば、その傷跡は跡形もなく消えていた。
無表情のまま、サネーラとドリスの傷跡を淡々と消していく。
切り裂かれ見えている部分の傷も、まるで最初からなかったかのように消え失せている。ボロ布のようになっているメイド服に覆われ見えない部分はわからないが、それでもサネーラとドリスの表情からは痛苦の色がなくなっていた。
そんなエリューシアに手を伸ばし、だけど触れて良いものか躊躇っていたセシリア達の目の前で、フッとその身に纏っていた金色の光が粒子となって霧散すると、エリューシアの身体は糸が切れたかのように床に倒れ伏す。
ドサリと言う音で硬直が解かれたように、セシリアは倒れたエリューシアに駆け寄るが、抱き上げた娘の身体はピクリとも動かなかった。
動かないどころか、小さなエリューシアの身体は本当に人形になってしまうかのように、体温がゆっくりと奪われ、冷たくなっていった。
「エルル……エルル!!!???
………ぁ……い、いやあああぁぁぁぁぁあああ!!!!!」
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