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アーネストは手にした小箱を持って、元の位置に戻り腰を下ろした。
そっとテーブルに置かれた古びた小箱だが、蓋部分には繊細な透かし彫りが施されており、その透かし部分から覗き見える蓋板部分には、石か金属が用いられているように見える。
手を翳し魔力を流すと、覗き見えていた蓋板部分が輝き、透かし彫りのせいで途切れ途切れになって見えているが、魔紋が浮かび上がっているようだ。
カチリと小さな音が鳴って、静かに蓋板の片側が開けば、中には封書が収められていた。
アーネストは封書を取り出し、開いて娘達に手渡す。そぅっと……恐る恐ると言った感じでアイシアが受け取り、エリューシアと共に覗き込んだ。
書かれている内容は、概ね先程アーネストとセシリアから聞いた話の通りだが、焦燥、無念、憤慨、沈痛……そんな感情が文面から伝わってくる。
娘を救えなかった、息子を守れなかった、そして何より独り立ちして旅立ったアーネストに負担をかけてしまうだろう事も……そこここに滲み出る文章で、読んでいる側も胸が苦しくなるほどだ。
文末には王家から逃げろ、関わるな、そして家族を守れと、あった。
どれほど悔しかっただろう。
どれほど悲しかっただろう。
どれほど苦しかっただろう。
それでもなお残されるであろうアーネストと、その妻セシリアを気遣い、自分達の事はいいからアーネスト自身の家族を守れと、書き残したその気持ちが、本当に痛くて苦しい。
ただ静寂の内に時間だけが過ぎる。
娘たちの気持ちが落ち着くのを待っているのか、アーネストもセシリアも無言のまま、下げた視線を遠くへ流している。
アイシアも手渡された手紙を持ったまま、その綺麗な横顔を涙で濡らしていた。
「いつか……いつか伯父様を迎えに行きましょう、取り返しましょう」
静かな室内に、エリューシアの声が小さく響く。
そう、人質にされているのなら、何としても取り戻さなければ。
意識不明で、今なお王都に留め置くことを余儀なくされているのであれば、恐らく動かすのが難しい状態なのだろう。
もしかしたら面会さえ制限されているのかもしれない…というか、まず制限されていると思われる。
そうでなければ、この両親が黙って見ているはずがない。
エリューシアにはこの世界の者にはない、前世の記憶と言うアドバンテージがある。どこまで有用かはわからないが、折角あるのだ、使えるものは総動員するだけの事。
魔法だって使えるし、精霊……なんとか会話が出来ればいいのだけど、そちらは一朝一夕とはいかない。だけど希望がない訳ではない。ふんわりとでも意志は伝わって……いる気はするのだ。
王都に行って実際に様子を見れば、そう悲観したものでない可能性だってある。
「普通に連れ帰るのが難しい状態なら、普通じゃない方法を模索します。
会わせてもらえないというなら、忍び込んででも会いに行きます。
その為に、私、今以上に頑張ります!」
グッと小さな拳を握って見せれば、両親も姉も、一瞬目を丸くして硬直していたが、少ししてふふっと笑みが零れた。
「そうね。そうよね」
「あぁ、王都に行く度、何度面会を申し込んでも、殆ど合わせて貰えなかったが、エルルの言う通りだ。兄上は返してもらおう」
「私も…自分に何が出来るかわかりませんが、エルルだけを頑張らせるつもりなんてありませんわ。だって私はエルルの姉ですもの」
家族揃って、どこか痛みを抱えたまま、小さく笑いあった。
その頃、室内の様子に入るには入れないまま、廊下で夕食を載せたワゴンと共に立ち尽くすネイサン達使用人の姿があった。
色々あって今日は、日常ルーティンは大幅変更となったが、夜も更けきった頃、エリューシアは就寝の為にベッドへ……とは行かず、いつもの机に前に座り、エルルノートを開く。
ペンを片手に今日聞いた事を書き記していく。
我が公爵家と王家には、直接的に不愉快な関わりがあった。
不愉快なんて言葉じゃ到底足りないほどだ。
そして生き残ったフロンタールは今も王都にある治療院に留められていて、面会も難しい様だ。ゲームでアイシアが馬鹿リス王子の婚約者になった……ならざるを得なかった一因な気がするが、まだ釈然としない。最後にアーネストがアイシアを見捨てる理由としてしっくりこないのだ。
(他に何か理由があったのかしら……とはいえゲームとも、スピンオフ作品他ともズレがあるし…。
……待って……そうよ、アイシアが見捨てられたって言うけど、実際そう言った内容が明文化されていた訳じゃない。ユーザーであり、アイシア至上主義だった私らから見て、断罪が行われた事でそう感じていただけ……。
あれ、もしかしてアーネストめっちゃ冤罪?
あちゃぁ……もしマジで冤罪だったなら謝っとくわ……心の中で、ごめんネ。どのみちそんな結末にはさせないのだから、今更考え込む必要のない話なんだけど。
まぁ、それはさて置き、次に考えないといけないのは、5歳の誕生日一か月前のお買い物の事よね…。
冷静に考えたらドレスの受け取りが、まんまそれになるんじゃないのかしら?
それなのにお姉様にも一緒に来て貰おうだなんて……だけどお姉様にあぁ言われて、私に拒否なんてできる訳ないじゃない!
『良いかしら』って聞いてくださったときの御尊顔ときたらもう!!
ふああぁぁぁ、鼻血でなくて助かったわ……あぁ、でもお姉様を危険に晒すなんて愚かな事、してはならない事だわ。
って、ヤバ……思い出したら鼻血が……危ない。
どうにかしてお姉様にはお留守番か何かに……ぃゃ、お母様なら危険に晒していい訳じゃ、勿論ないわよ? だけどあのイベントは保護者必須なのですよ……私が一人で出かけるというのは、あまりに無理がありすぎるし…。
精霊防御とカウンターでまるっと守れたりしないかしら……いや、護衛を増やしてもらうのが良いかしら…一応お母様に何かあってはいけないから、最低3名か4名はお願いしようとは思ってたけど……お姉様もご一緒して下さるなら、その倍は必要よね?
あぁ、勿論護衛騎士は全員お姉様とお母様についてもらうのは決定事項で)
―――………
【何よ、良いじゃない。私には皆が居るし…守ってくれるでしょ?】
―――ソレハ トウゼン ダケド……ハァ
目の前にふわりと舞う桜色のオーブ達から感じる気配に、呆れの色を感じて拗ねたように返せば、苦笑が返ってきた。
まぁ、相変わらず言葉としてやり取りは出来ないでいるが、きっと、たぶん、恐らく? そんな返事が返ってきたんじゃないかと思うエリューシアだった。
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