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夕食後のお茶時間を終え、エリューシアが部屋へ戻って行く。
それを普段と変わりなく笑顔で見送った家族だったが、暫く部屋の空気ごと固まってしまったかのように、使用人まで含め、誰一人として微動だにしなかった。
そこへ誰が漏らしたのか『ふぅ』と小さく響いた音を合図に、全員が一気に弛緩した。
どこからともなく、疲れたような『ふふふ……』という苦笑まで聞こえてくる。
「お疲れ様、皆もリラックスして頂戴」
セシリアの明るい声に家族は頷き、使用人達は反対に姿勢を正した。
「さて、アイシア。今日はよくやってくれたわ、本当にお疲れ様」
セシリアは、同じく残っていたアイシアに満面の笑みを向ける。
「もう貴女でダメなら敗北を覚悟していたのよ」
「私もホッとしました。先にエルルからお願いされたら屈していましたわ」
どうやら宝飾品戦にアイシアが勝利したことを労っているらしい。
「私も援護射撃くらいは……」
「貴方は黙ってて」
「お父様は黙ってて」
「ぁ、ハイ……」
父アーネスト形無しである。
「後はドレスなんだけど……」
そう言いながらナタリアに目線を流せば、心得たようにナタリアが一歩前に出て、何か書かれた紙を手渡す。
「まぁ、ナタリア、これは?」
紙には何やら数字が所狭しと書かれていた。
「はい、エリューシアお嬢様の現在のサイズでございます」
「え……ど、どうやって? エルルは着替えの手伝いもさせてくれないと言っていたのではなかったか?」
セシリアの手に渡った紙を覗き込みながら、アーネストが驚愕の声をあげる。
「はい。普段着もゆったりとしたものを好まれますので幾分苦労はしましたが、オルガがやり遂げてくれました」
ナタリアが礼を取りながらそう言うと、後ろの方で控えていた黒髪の少女が恭しく頭を下げている。
オルガ・バーネット、ナタリアの娘にしてアイシア専属となったヘルガの妹である。彼女は5歳のお披露目会の後、エリューシア専属になる事が予定されている。
「オルガ、よくやってくれました。大変だったでしょう」
ナタリアから目配せされて、オルガは頭を上げた。
「いえ、奥様。エリューシア様は勉強中などはとても集中されますので、その隙を伺わせて頂きました」
「隙って……」
思わずアイシアが呆然と呟く。
「アイシア様と同じでございますね」
アイシアの後ろに控えていたヘルガがにこやかに囁くと、アイシアはその顔を少し赤らめた。
「まぁ……私も、なの? それは…気を付けるわ」
「そのままで良いと思いますが?」
「そう? ヘルガがそう言うなら、今まで通りで良いかしら」
「はい」
アイシアとヘルガの仲良し内緒話に目を細めていたアーネストだが、ふと真顔になって執事のハスレーに声をかけた。
「エルルを騙す形になるのは心苦しいが、金を使うのも貴族の務めだからね。それに何より、あのエルルの可愛さを更に引き立てられる機会を逃すなどあり得ない。ではこのサイズで発注を。デザインはセシリアとアイシアに任せても良いか?」
「旦那様、裁縫店にいくつか既製品を持ち込んで下さるように頼んで頂けませんか?」
「あぁ、そうですわね。既製品に一部手直しと言う形なら、エルルも断り辛いでしょう。流石お母様ですわ」
「既製品の手直しと思わせて、デザインもエルルの希望を反映させたドレスをオーダーするという事か? あぁ、やはり愛しの我妻だ、素晴らしい」
サイズの書かれた紙をセシリアから受け取り、今一度ざっと目を通してから執事のハスレーに手渡そうとしたところで、そのハスレーが口を開いた。
「旦那様、少々宜しいでしょうか?」
「ん?」
「実は少々お耳に入れたい事が」
「珍しいな。勿論聞こう」
「ありがとうございます」
受け取った紙を丁寧にネイサンに渡してから、ハスレーは姿勢を正して口を開いた。
「メイドのノナリーからの情報なのですが、どうやら竜心石が入るらしいというお話が」
「なん、だと……それは本当か?」
「はい。ノナリー」
ハスレーがメイドのノナリーを促す。
「は、はひ! だ、旦那様、今日聞きたて知りたてホヤホヤです!」
普段使用人の仲間内でしか話す事のないノナリーなので、緊張が極まっているようだ。
「まぁ、ノナリー、落ち着いて」
セシリアが気の毒にと言いたげな表情になっていた。
「えっと…あの、です……今日、連絡が届いたデス」
余計な汗をかきながらそこまで話すと、助けてくれと言うように、ノナリーはハスレーにすがるような視線を送った。それに気づき、すっと手信号で彼女を下がらせ、ハスレーが一歩前に出る。
「竜心石は宝石ではございませんが、その輝き、色、エリューシアお嬢様にお似合いになるのではと……この話を先だって聞き、他の者とも話したのですが、旦那様はじめセシリア様、アイシア様にもご一考頂きたく…」
「竜心石…私は見た事がないのだけど、皆が推薦する程凄い石なの?」
アイシアの疑問にアーネストが答える。
「あぁ、竜心石は魔石の一つなんだが、ドラゴンの心臓が変化したものだと言われている。含有する魔力も桁違いだが、何よりその美しさが人を惹きつけてやまないのだそうだ。確か青から紫といった色合いになる事が多いと聞いたことがあるな」
「希少性もとんでもないものだわ。まずドラゴンなんてお目にかかる事がないし、それを倒すなんて、ね。それこそ王家も欲しがるでしょうね」
セシリアの補足に、アイシアが眉を顰めた。
「まぁ、では入手できそうにありませんのね」
「ご、ご安心くださいマス、です!!」
アイシアの諦観を含んだ言葉に、一旦下がったノナリーが声をあげた。
最早礼儀もくそもあった物ではなく言葉も文法そっちのけで、ハスレー達使用人も一同揃って天を仰いでしまった。
そんな様子に主人一家は穏やかな笑みを浮かべるばかりで、この公爵家は使用人達にとっても良い環境なのが窺える。
「ふふ、でも安心って?」
セシリアが促せば、ノナリーがグッと両手を拳に握った。
「お、覚えてらっしゃるか、わか、わかりまセンが、以前旦那様がお助けになった者が手に入れたモノなんです! だから、もし良かったら直接持ち込むって!!」
「私が?」
ノナリーの言葉にアーネストが首を傾げた。
「はい!! 旦那様が辺境領へお行きになっていた時に」
「あぁ、彼らが……そうか」
思い当たる人物がいたのか、アーネストがふと過去に思いを馳せるような笑みを口元に刻んだ。
「あの……だから、ギルドには…」
「そうか。だがそんな希少で価値あるものをギルドに卸さなくて、彼らに迷惑は掛からないだろうか?」
「旦那様、今や押しも押されもせぬ8等級ですよ! そんじょそこらの王侯貴族だって頭下げるデス!」
「ノナリー!!」
「ぁ…はわわ、す、すみません、デス!!」
真っ青になって慌てるノナリー以外は、皆苦笑交じりの笑いを振りまいていた。
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