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中庭の方へ走って行くネイサンの背中から視線を剥がし、アーネストにこの場を任せて、セシリアは娘達のいる部屋へと足を向ける。
淑女としてギリギリどうかと言う速度で足を進めるが、さっきまでお茶を楽しんでいた部屋のドアノブに手をかけて開いた丁度その時、パァァンという鋭く甲高い音と眩い光に感覚を奪われた。
時は少し遡って、セシリアがナタリアと共に部屋から出ていった後の事。
慌ただしい展開にエリューシアもアイシアも、暫し呆然としていたが、部屋に呼び入れられた護衛騎士のロベールが、止まったようになっていた空気を静かな声掛けで破った。
「アイシア様、エリューシア様、御心配には及びません。賊が侵入した等という事態ではありませんから」
ロベールが幼い令嬢二人に優しく声をかけながら、控えていたヘルガに目配せをする。まだ少女と言って良い年齢のヘルガだったが、それを正しく理解したようで、冷めたお茶を淹れ替え、お菓子も追加で置いた。
「何があったのです?」
不安が混じったのか、やや硬さを内包した声音でアイシアが訊ねる。
「私も詳細は聞かされていないのですが、どうやら隣領の方々がお見えになったようです」
「そう」
まだ幼い少女なのに、似合わぬ難しい表情を浮かべるアイシアに、エリューシアも沈痛な面持ちになってしまう。
エリューシアと違い、父母について領内の事も学び始めているアイシアがそんな表情をするという事は、あまり良い事態ではないのだろう。気掛かりがあるのなら、話を聞きたいし、何なら悩み相談だってウェルカムだ。
とはいえ、エリューシアは…中身は兎も角、見た目はアイシアより幼い幼女でしかない。それに最推し令嬢であるアイシアには『可愛い妹』と思われたい。それはもう切実なほどに!!
その為にはグッとお口を貝にすることだって苦ではない……気にはなるが、後で得られた情報を整理するだけで満足しようと思う。
そう思っていたのだが……。
「エルルは何か気づいたかしら?」
生意気な口を叩くことなく、『可愛い妹』と愛でて欲しさに必死に幼女の振りをするのだが、それを知ってか知らずか、アイシアは時折こうしてエリューシアにも意見を求める。
アイシアは5歳のお披露目以降、父母による領地の勉強とは別に、数名の家庭教師もつき、本格的に教育を受け始めた。
一方エリューシアはと言うと、日々勉学に励んでいるとは言え独学で、どうしたってアイシアに敵うはずはないし、エリューシアというか真珠深の感覚だが、年上と同じ目線で話す幼児など、疎まれるのではないかという恐怖心もあるのだ。
槍が降ろうと天地がひっくり返ろうと、シアお姉様に嫌われたくないのだが、こうして意見を求めて来るという事は、反対に幼子であってもおバカは嫌いなのかもしれない。
そう思うのだが、嫌われたくないと言う感情がどうしても払拭できず、つい口の開くのも、おずおずとした躊躇いがちなものになってしまう。
「お隣の領の人が、先触れもなく来たなら…火急の用件かなと思います」
「えぇ、そうね。続けて」
「ぇっと……とても重要で、とても急ぐ御用となると、今なら……ずっと続いていた雨が原因かもしれないと思います」
「えぇ、えぇ!」
「だけど公爵家の領地内は落ち着いてきたから、今日はお父様もお母様も、シアお姉様も出かけなかったのですよね?」
「私もそう聞いていたのよ。だけど……」
「お隣の領で何かあったか、その影響がこちらまで届きそうなのではないでしょうか?」
「私もそう思うわ。隣領の影響となると街道の寸断、難民の流入、他となると…」
「難民の流入なら、その後の治安悪化も気にしなきゃいけませんよね? 他にお隣と跨るものとなると……ぁ、川」
エリューシアが呟いた『川』と言う単語にアイシアも反応する。
「そうだわ。あぁ、私のエルルはなんて賢いのでしょう。私の自慢の妹だわ」
ぱぁっと満面の笑みを見せるアイシアに、エリューシアは頬を染めて見惚れる。
(お姉様、本日も眼福です!!)
「確かあちらの方が上流になる川があったわ。そこで何かあった可能性もあるわね」
「はい! お姉様」
会話の内容は正直あまり御令嬢らしくないが、公爵家ではドレスやアクセサリーの流行の話等より、余程話題に上る回数が多い。
エリューシアは大抵先に自室に戻るので、あまり知らなかったが、領経営などのお堅い話が飛び交うのが日常茶飯事だ。
「ヘルガは何か聞いてないかしら?」
「私…で、ございますか?」
「えぇ、さっきもナタリアと一緒に来たでしょう?」
「正面玄関の方が騒がしくなり、隣領の方々が来られたという事しか…申し訳ございません、詳しい話は私は聞いておりません」
「そう、ロベールはどう?」
自分に振られると思っていなかったのか、一瞬きょとんとした顔を晒すが、すぐにそれを引き締めるのは、流石公爵家の騎士と言った所だろう。
「自分も大差ないです。詳細を知る前に部屋の護衛に当たりましたから」
今わかる範囲ではこのくらいだろうか。
妄想や憶測をふんだんに盛り込んで良いなら、また違った展開も想像できるかもしれないが、あまり盛り込みすぎても良くないだろう。
室内の空気が落ち着き始めたその時、中庭の方から何か声が微かに聞こえる。
「(待…! そっち……くれ)」
「(見つけ………まえま…か?)」
一人は執事見習いのネイサンの声に聞こえる。
他にもロベールの同僚騎士の声がしている。
それにいち早く反応したのはロベールだ。すっと身を少し低くし中庭側の方へ進み出る。テラスに続く大きな窓越しに外の様子を窺い、ついで開いたままの窓を閉めようと、そちらに手を伸ばした。
「(見つけ…! おい、暴れ…な!!)」
「(こ…つ! 持って……なせ!! あ!!)」
外の声が息を呑んだ様に鋭くなったその時、ロベールが閉めようと手を伸ばした窓の隙間から何か飛び込んできた。
咄嗟にその何かを止めようとロベールが手を伸ばす…が、その小さな何かはロベールのグローブの先を掠め、僅かに軌道が変わったものの、本当に僅かだった為そのままほぼ軌道は変わらず奥へ……そして…
パァァァアアアアアァァンンン!!!!
甲高い炸裂音のような音と共に室内が閃光に埋め尽くされる。
その後間髪入れずギュンンッという音が鳴ったかと思えば、外から幾つかの悲鳴が飛び込んできた。
ほぼ同時に廊下側からセシリアも飛び込んできたが、ゆるゆると眩しい程の光が収まった後、室内に居た者が見た光景は、酷く幻想的な光球の乱舞だった。
エリューシアの周りをまるで守護するかのように光のオーブが舞い踊り、その軌跡が更に光の欠片を散らしていて、息を呑むほどに美しい光景。
しかし外…中庭の方ではネイサンと騎士、そして悪ガキが一名、泡を吹いて倒れていた。
そう、この時エリューシアは新たな力を得ていた……いや、元々あった物が発露しただけかもしれないが。
それは………
―――エリューシアは精霊防御を発動!!
―――エリューシアは精霊カウンターを発動!!
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