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長く……本当に長くお付き合い下さり、ありがとうございました!
本日投下の以下の話を以て完結となります。
短編としてアップした本作でしたが、思いがけず長編をと言う声を頂き、本当に泣いて喜んだ事が昨日のようです。
最初は幸せな結末の後、少し不穏な空気を残そうかと考えていたのですが、最終話を書きながら、蛇足は省くか~と言う気分になってしまいました(笑)
これまで応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。
皆様のおかげで完結まで辿り着く事が出来ました。
誤字報告を呆れずしてくださった皆様、感謝しかございません。
感想を下さった方、貴方の声にどれほど励まされたかわかりません。
次回作は……ぼんやり出来ているようないないような……ですが、是非また次回作でもお付き合い頂けましたら幸いです。
重ねて、ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
あれから暫く経った―――いや、もしかすると随分経ったと言う方が正しいのかもしれない……。
扉をノックする。
中からの返事はないが、目覚めているらしい気配はするので、そっと開いて中へ入った。見れば室内は片付けの途中と言った感じで、恐らくもう少しすれば誰か戻って来るだろう。
そう思って扉は開け放しておく。
目指す人物は薄く目を開け、顔をこちらに向けていた。
嬉し気に目を細めてくれるのが、とても嬉しい。
「伯父様、おはようございます」
そう、父アーネストの兄で、エリューシアにとっては伯父にあたるフロンタールだ。
あの事件の後、少ししてエリューシアは前倒しでの卒業を決めた。
何の憂いもなくなった後は卒業して家も出るつもりだったが、アイシアの婚約話他もあり、そうもいかなくなった。
もう姉アイシアを脅かす影はなく、カーナを始めとして彼女に友人も徐々に増えて行き、そこも決断する切っ掛けとなった。
勿論暫くは警戒していた。
しかしフラネアとコダッツの刑が執行され、少しずつ…誰からも記憶が薄れかけ始めたように感じ、エリューシアは領地に戻る事にしたのだ。
誰から記憶が薄れても良い、だけど自分だけはそう出来なかった…否、したくなかった。
自分が抗った事が間違っていたとは思っていない。だけど結果としてフラネアを追い詰め、逃げ場のなかったコダッツにも罪人の肩書を与えてしまった。
そこを自分で否定出来なかった。
何よりクリストファとフィンランディアと言う犠牲が、エリューシアには重かった。
「……ぅ、ぁ……ぁ、ぁ」
10年以上寝たきりだった伯父は、宰相の失脚と王家への調査開始と共に、中央治療院から連れ出す許可がやっと下りた。
エリューシアは、卒業と同時に伯父を領地へ連れ帰る事にしたのだ。このまま治療院で治療を続けるより、エリューシアが光魔法を行使した方が回復するのではないかと思ったから……。
そしてそれは正解だった。
領地へ戻り、離れに伯父の部屋を設け、毎日光魔法による治癒を続けていると、ずっとピクリとも動かなかった伯父の瞼が開いたのだ。
これにはアーネストやセシリアも大喜びで、その日は大宴会となった。
王都で学院生をしていた頃は、短時間の面会が許されるだけで、監視もついていたし、傍に近寄る事も難しく、正直どんな治療を受けているのか不安であったが、末端で働く魔法治療師達は、思った以上に手厚くしてくれていたらしい。それが功を奏したのだろうと思っている。
寝たきりだった事による運動能力の低下も最低限で済み、今は発声等も含めて日々リハビリに励んでいる。
「お嬢様、すみません!」
開け放っていた扉から、大きな盥を抱えた青年が入ってきた。
彼は中央治療院で魔法治療師として働いていた青年で、働きだして直ぐ伯父の担当となったらしく、領地への帰還にも、中央治療院を辞めてまでついて来てくれた。
「毎日ありがとう」
「うえぇ! そそそ、そんな…お嬢様、お止め下さいってッ!」
エリューシアが感謝の会釈をすると慌てるのが少しおかしく、朝から小さく笑ってしまう。伯父も楽しそうに目を細めている。
「今日もお願いね。
あぁ、朝食はまだでしょう? 今日は確か伯父様と貴方の大好きな物もあったはずだわ。楽しみにしてて。
それとこれ、御実家からかしらね」
エリューシアは手に持っていた沢山の封筒の中から1通取り出し、魔法治療師に手渡した。
「あ、ありがとうございます!」
「返事が書けたら何時ものように、ね?
それじゃ伯父様、また後できますね」
エリューシアは伯父の部屋を辞し、同じ離棟の2階を目指す。
この離棟にもエリューシアの部屋があり、最近はもっぱらこちらで寝起きしている。
自室の前を通り過ぎる。
すぐ隣の扉をノックした。
返事はない…。
返事がない事等、わかり切っているがそれでも毎回ノックする。
「おはよう…」
薄暗い室内を進み、窓にかかったカーテンを開けば、朝の眩しい光が室内の空気を浄化してくれる気分になる。
「今日も良いお天気よ」
大きなベッドに近づく。
そこに横たわるのは……クリストファだ。
彼はあれ以来一度も目覚めていない。
動かず、呼吸もしてない……だけど…。
そっとシーツの上に組んだ彼の手を取る。
――温かい…。
診てくれた誰もが口を揃える。
―――考えられない。
―――不思議だ…いや、奇跡だ。
―――呼吸も鼓動もないのに、確かに生きている、と
だから伯父を連れ帰る時に、クリストファも連れて行きたいと、ベルモール家に手紙を送った。
返事は直ぐにきた。
クリストファの母、シャーロットが直接持ってきた。
転移紋が必要になるかもしれないと、やってきてくれたのだ。エリューシア自身が転移を使えるので、必要ないと言えばそうなのだが、気持ちを無下にしたくなくて、伯父含めて転移紋を有難く使わせて貰った。
シャーロット自身はその後離婚。
現在は修道院に入っていて、そこを終の棲家とするつもりのようだ。
「今日も手紙が沢山届いてるわ」
ベッドの端に腰を下ろして、クリストファの寝顔を覗き込む。
「これは貴方宛よ。
シャーロット様からだわ。こっちはシャネッタ様。
きっとあれね……王と王妃、王太后も皆幽閉に決まったからだわ」
バルクリスの協力の元、王家の不都合は公にされた。
幽閉として発表後、そのうち病死にでもされるだろう。
民達は動揺したものの、ベルモール家が先頭に立って抑え、現在はある意味王不在となっている。
王弟リムジールが暫定的に王位に就くかとも思われたが、これはシャーロット夫人や他貴族達による反対で実現しなかった。
ならば元王女カタリナをと言う声も上がったが、本人があっさり拒否をし、途方に暮れていた所、ずっと消息不明だった公爵家の当主が仮の代表として立ってくれたのだ。
何とも驚いたが、雑貨屋の店主スヴァンダット老人が、過去凍結されていたソドルセン公爵家の行方不明となっていた嫡男だったのだ。
これを機にソドルセン公爵家も復活し、ラステリノーアも含む(逃げられなかったらしい)各公爵家主導による暫定中央として落ち着いた。
おかげでアーネストはぶつぶつ文句を言いながら、ほんのちょっぴりだけ王都に行く機会が増えていた。
「こっちは馬鹿リ……ぁ、バルクリス様からだわ。また早く目覚めて代わってくれって言う手紙ね。
そうそう、メルリナったらまた卒業前倒しに失敗したんですって。
結局普通に卒業って事になりそう」
学院生で居られる時間等短いモノなのだから、急いで卒業をする必要はないと思う。
だから今はまだ、アイシアは勿論、ヘルガもオルガもメルリナも王都に居る。
エリューシアと共に領地へ足を向けたのは、伯父フロンタールとその魔法治療師、アッシュとジョイにセヴァン、何故かギリアンもついて来てしまった。後はグラストンでクリストファ付きだったメイドのニーナとシディルもラステリノーア公爵家で雇う事になった。そしてクリストファ……。
手紙を脇に退け、エリューシアは唇を噛みしめた。
今日の治療をしなければ…と光の魔力を流し込む。
今日も動かない…。
何の変化もない…。
「もう、起きてくれないと、私の方が年上になっちゃうわよ?
もしかしたら御婆ちゃんにだって……。
………
……………お願いよ…目を覚ましてよ…」
エリューシアはクリストファの手を握ったまま、顔を伏せる。
声もなく肩が揺れ、雫が1つ、シーツに零れ落ちた。
「……ごめんなさい。
また後で来るわ」
エリューシアが手を離そうとする。
「………………ェ……」
掠れた音を耳が拾い上げた気がした。
『まさか、ね』と、期待する事を恐れて否定する。
だって期待してしまったら、そうじゃなかった時に負うダメージが一際大きくなってしまう。
だから期待しない…信じない……きっと空耳……。
そう思い込もうとしているのに、今度はシーツが微かに音を立てる。
自分のドレスがきっと擦れた音だ、そう思いたいのに、どうしても頭を擡げる期待が、視線をクリストファに向けようとする。
黄金色……。
以前とは違って、宝石のような煌めきが見える…だけど確かに黄金色と見つめ合う。
「…リュ……ア……」
「!!」
起きたばかりの病人……いや、病人と言うのは違うかもしれないが、確かに弱っているはずの人物に、勢いよく抱きついた。
「お……おそ、よう……寝坊が、過ぎるわ……」
まだ動きが緩慢で、思うように動けない彼はエリューシアにされるがまま、甘んじて揉みくちゃにされてくれる。
細やかなそんな事が本当に嬉しい。
「今日は、大宴会ね…知らせてくるわ」
身を翻そうとするエリューシアの手を、目覚めたばかりのクリストファが離さない。
それさえも嬉しいのだから、どうしようもない。
クリストファが目覚めたなら、この先王位の話やら色々と舞い込んでくるだろう。その話を聞かされた時には固まってしまったが、何にせよ全て、今は後回しだ。
エリューシアは手を繋いだままベッド端に座り直し、窓から空を見上げる。
空に思い描いたのはイヴサリアかフィンランディアか…それともアマリアか……わからないが、その表情はとても穏やかだった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。
そしてブックマーク、評価、感想等々、本当に…本当にありがとうございました!
とてもとても嬉しかったです。
これからつけて頂ける皆様にも、先んじて御礼申し上げます。
次回作でも応援いただけましたら泣いて喜びます(笑)
誤字脱字他多数散見出来てしまう作者ですが、呆れる事無くお付き合い頂けましたら幸いです。
有難い事に砂糖ドバドバな話のご希望も頂けまして(紫の思い違いじゃないのか?)、現在『悪役令嬢の妹様 徒然綴り~悪役聖女降臨』と題しました続編を連載中でございます。
もしよろしければ、此方も併せて宜しくお願い致します<(_ _)>
最後に…重ねて、本当に長らくありがとうございました<(_ _)>
ではでは、次回作で、再びお目にかかれる事を願っています。




