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「やっぱり気付かれてたわね。
…ま~いいわ。
どうせこの姿とも今日でお別れだし」
軽い口調で楽し気に言うフラネアに、嫌悪感が湧き上がる。
(落ち着いて……落ち着くのよ。
何とかアッシュ達が近付けるように……でも、此処…身を隠せる場所がない。
失敗したかもしれないわ……少しでも早く連絡をと、ジョイに行って貰ったけれど、連絡はセヴァンかアッシュにお願いすべきだったかも……。
そうすれば、ジョイなら間近まで地中を進んで近付けたものね…今更言っても始まらないけれど…。
兎に角時間を稼ぐのよ)
「その姿って誰なの?
その髪色って貴方の父親の愛人譲りの色よね?」
フラネアの笑みが消え、不愉快そうに眉を寄せた。
「ほんと……何処までも気に入らない…そんな事まで調べたの?
ま、そうね……貴方にはもうすぐ消えて貰うつもりだし、最後に教えてあげるわ。
そう、この姿は忌々しい異母妹のモノ。
存在さえなかった事にされた哀れな動物。だって名前もなく言葉さえ話せなかったんだから、動物で良いわよね?
愛人だった母親そっくりで、愛らしい容姿なのがまた癪に障ったのよ。
でもあいつはそんな動物の容姿が気に入ったみたいでね」
「あいつ?」
「シモーヌとかって言う馬鹿女よ。
あいつもホント忌々しい……あぁ、それで何だっけ…そうそう、貴方のせいで私は修道院へ送られる事になったの。
手足も治して貰えないまま…ね。
その馬車を襲撃してきたのがあいつ等だったわ。
だから取引を持ち掛けたの。
最初は吃驚したわよ? だって襲撃犯がアホマミカだったんだから。
マミカってアンタは知らないかもしれないけど、王子のお気に入りの女なのよ。そんな女の姿でうろついてたら怪しまれるって言うのにね。
ま、マミカもシモーヌも、どっちも馬鹿だったから、もしかしたら気付かれずに成りすませたかもしれないけど…。
誰にも知られてない…だけどあいつが気に入りそうな姿をあげるって持ち掛けたの。
ほんと、笑いが止まらないくらい簡単だったわ。
ついでに私を修道院へ送ると決めたお父様も、殺して貰ったわ。
使用人達も殺して貰って、火をかけた…」
「貴方…自分の父親も消したの?」
「頭も下半身も軽い男だったし、お母様もずっと苦しめられた。
そんな男が死んで、誰か困る?」
「………」
名もないまま殺された少女の姿で、フラネアが笑う。
「何か聞きたい事、ある?」
「……フィータ嬢も殺したの?」
「あぁ、名前の元の持ち主ね。えぇ、殺して貰ったわよ。
元々の持ち主が生きてたら困るじゃない。名前を使い易くする為にも、使用人も殆ど殺して貰ったのよ。それに異母妹の噂を知ってる古参も居たしね。
異母妹の存在を届け出てたら、それでも良かったんだけど……学院へ入り込むのに、実在の貴族の名が必要だったのよ。私の名前じゃもう学院に入り込めないし。
ただ我が家の使用人って殆どが平民か、マシな所で男爵位の血筋しかいなくて困ったわ。せめて子爵位か伯爵位の血筋の使用人が居たら、高位貴族に近づきやすかったのに。
入試も得意な暗記系じゃなくて上位棟に入り損ねるし……」
なるほど…。
だから盗聴であんな言葉が出たのだと納得した。
[どうって…………学院に入るための試験の出来もあんまりで通常棟になっちゃったし……何より男爵家では近寄り難くて、もう最悪よ]
[せめて子爵家の出か、伯爵家の出の者にしてくれてたら助かったのに]
「それじゃ、もういい?
話すのも疲れたから、そろそろ始めたいんだけど…。
先にネズミさんの方から押さえて貰おうかな。
ロスマン、ケスリー。
あぁ、貴方も動かないでね?」
フラネアが牽制するように、横たわったままの深青の髪を無造作に掴んで、引き摺り上げた。
「!」
アイシアの美しい顔にも殴られたような跡が、痛々しく浮かんでいる。
「なかなか言う事聞いてくれなくて困ったわ」
そう言いながら、フラネアは懐から柄も刀身も黒一色の短剣を取り出し、意識のないアイシアの喉元に押し当てた。
フラネア達とエリューシアの間に盾のように立っているヘルガも、必死の形相で首を振っている。
フラネアに呼ばれた2人の男子生徒が、虚ろな表情で洞窟の出入り口の方から、アッシュとセヴァンを後ろ手に拘束して現れた。
アイシアとヘルガ、ある意味エリューシアも人質に取られているようなもので、彼等が抵抗するのも難しかっただろう。
フラネアが顎をしゃくって合図すれば、虚ろなロスマンとケスリーは、アッシュとセヴァンを拘束したまま通路の方へ戻って行った。
「貴方の信奉者って、随分と呆けた表情をしているのね」
「あぁ、彼等?
ま~そうね。従属の以前に、この容姿に惹かれてきたバカばっかりだし仕方ないわ。
それに私が欲しいのはクリス様だけ、だから他なんてどうでもいいの」
「私の姿を手に入れたら彼が手に入ると思ってるの?」
「……だったら何?」
エリューシアはどうにか隙を作ろうと、言葉を続ける。
拘束されたとしても、隙さえあればアッシュもセヴァンも直ぐ制圧して、アイシアとヘルガの救出を敢行してくれるだろう。
それに時間を稼ぎ続ければ、そのうちアーネスト達の動きが追い付いてくれるはずだ。
「無理だろうなって思っただけよ」
「どう言う事?」
「クリス様は、私のこの精霊の証が物珍しいだけだと思うのよ。
だけど……」
「早く言いなさいよ!」
声を荒げ、アイシアの髪を乱暴に引っ張る様子に、エリューシアの方が内心で冷や汗をかいた。
「多分だけど……精霊眼もこの発光する髪も…貴方は手に入れられない。
それ以前に成りすませないでしょう?」
「そんな事……アンタに心配して貰う事じゃないわ!」
もうエリューシアの姿を奪う事しか頭にない様だ。
色々と詰んでいると言うのに、どうするつもりなのだろう?
そしてカーナのおかげで気付けた。
フィータ・モバロの取り巻き…いや、フラネアの取り巻きは、全員魔力が低い。
あの邪気もだが、従属も恐らくフラネアより魔力の低い者にしか効果がない。つまり、例えエリューシアの姿を奪えたとしても、アイシアは魔力が高い…即ちフラネアの従属に屈する事はない。
となれば攫われた事、自分がされた事、証言出来る全てを証言するだろう。
ヘルガは時間をかければフラネアの従属に屈してしまうだろうが、今はまだ意識も保っているし、何よりアイシアの証言の方が信用されるのはわかり切っている。
そんな状態で精霊の愛し子の証を何も持たない、姿だけエリューシアのフラネアが、何をどう出来ると言うのだ?
それ以前に、フラネアはエリューシアに触れる事は出来ない。
過去、吹き飛ばされて手足に不自由が残ったのなら、尚更骨身に染みてるはず。
「第一どうやって私の姿を手に入れるの?
その短剣を使うのでしょうけど、背中から心臓を突き刺さないといけないのではなかった?
私が抵抗しないと思うのかしら?
それに私には触れる事も出来ないでしょう?」
そう問うたエリューシアを嘲笑うように、アイシアに短剣を向けたままのフラネアが、口角を狂ったように引き上げた。
「そんな心配して貰わなくて結構よ。方法なんて幾らでもあるんだから。
ヘルガ」
フラネアに名を呼ばれ、嫌だと言うように首を横に振るが、身体は言葉に従う。
近くまで行った所で止まったヘルガを見上げ、フラネアが笑った。
「さぁ、この短剣を持って。
あ、その前に別の武器を……っと、これでいいかしら」
フラネアはアイシアに突き付けていた黒い短剣をヘルガに渡そうとするが、そこで動きを止めて短剣を地面に置いた。
その代わりに灯りの蝋燭を引き寄せる。
その炎にアイシアの美しい髪が一房焼かれた。
特有の嫌な臭いが広がる。
「!」
「動いたら…わかってるわよね?
この女の顔、こんがりと焼いちゃうわよ?
フフ、深青の小淑女だっけ? 笑わせてくれるわ」
「ッ……」
動くに動けないエリューシアの様子に、フラネアは心の底から楽しそうに笑う。
「ヘルガ、そこの短剣を拾って。
そう、いい子ね。
そうしたらそっちの女の背中から刺してくるのよ」
ヘルガが激しく首を振る。
だがその身体はフラネアの指示を忠実に聞き届け、真っ黒な短剣はヘルガの手にしっかりと握られた。
「私はアンタに触れないけど、ヘルガは違うわよね?
ハハッ、ヘルガならアンタを刺せる!
メッタ刺しにしてきてよ……姿は欲しいから最初は背中から心臓を狙ってね。
その後はただの肉塊になるまで刺し潰してきなさい!」
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