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木々の密度が少しずつ高くなってきた気がする。
最初は所々ベンチや小屋があり、もしかすると休日はピクニック客で賑わう場所なのかと思ったが、そのまま奥へ奥へと進んで行くと、空気はその様相をゆっくりと変え始めた。
当然ながら街灯等はなく、ぶら下げたランタン型の照明魔具の光が、それなりに明るいはずなのにとても心許なく感じる。
その為途中から、エリューシアは魔法で小さな火球で光量を補っていた。火魔法を操る事が出来るアッシュも同じく小さな火球を出している。
「周りは木しか見えませんね…」
アッシュがついと言った感じで周囲を見回し呟いた。
木々の密度が高くなり足元が悪くなった為、速度を緩めざるを得なかったので、少々口を開いても舌を噛む事はない。
「ですが、こう風景が変わらないと自分が何処に居るのかわからなくなりそうです……私達は正しい道を進んでいるのでしょうか…」
セヴァンの言葉には思い切り首肯するが、だからと言って立ち止まっている余裕はない。
「今は進みましょう」
駆ける事は出来ないので、進みは遅くなるが、一歩でも前に進めれば目的地に近づく。そう思って進み続けていると、エリューシアが馬を止めて周囲を見回した。
「お嬢様?」
「どうなさったんです?」
アッシュもセヴァンも、エリューシアを伺うように並んで馬を止める。
「……大丈夫。このまま進むので正解だわ」
微かに…本当に微かにだが、あの邪気の気配が見え隠れし始めていた。
再び歩を進め前進していると、邪気が少しずつ濃くなり始め、とうとう馬が進むのを拒みだす。
やはりこういう所は動物の方は敏感なのだろう。
「馬達はこれ以上は無理ね…。
セヴァン、悪いのだけど馬達を連れて待っててくれる? 最悪、戻ってくれるかしら」
そう言ったエリューシアに、セヴァンが肩を竦めた。
「御冗談を。
お嬢様を置いて戻るなんて選択肢はありません。
この馬達なら繋がず放って置いても待ってますし、危険が迫れば自分の判断で戻るなりします。
毎日訓練してますからね、賢いですよ」
「………そう…わかったわ」
一応何かあった時の為に、手綱は短く纏めておく。
危険が迫って逃げる時に木や枝に手綱が引っ掛かっては、行動が著しく制限されるかもしれない。
邪気の気配を追うように、森の中を進む。
進んで……
進んで………
進み続けて鬱蒼と茂る草木の奥に、とうとう行きついたのは、そそり立つ崖にぽっかりと口を開いた洞窟の入り口。
その洞窟から微かに光が洩れている気がする。
手前の茂みで、一旦隠れるように足を止めた。
「(お嬢様…ここから先は私達が先に進みます)」
アッシュが声を潜めて言うと、エリューシアは少し考え込んだ。
(この洞窟って入り口は一つなのかしら…?
もし複数あるなら…ぃぇ、例え1つしかなくても私が囮になれば、お姉様とヘルガの救出はし易くなる?)
そこまで考えて、自分を納得させるように小さく頷く。
(私を誘い出す為に攫ったのだとしたら、きっと自身の近くにお姉様とヘルガを拘束しているはず。でも…注意が私に向けば救出はし易くなるんじゃないかしら…?
だったら……)
「(いえ、私の後ろから可能な限り気配を殺してついて来て。
そして隙があればお姉様とヘルガの救出を優先して頂戴)」
「(しかし…)」
「(お嬢様、私はお嬢様の従者です。
公爵家に雇われた訳ではありませんので、その言葉には従いかねます。
お嬢様が無事な限りは努力しますが、そうでなくなればお嬢様を優先します)」
セヴァンは渋る様子を見せただけだが、アッシュはエリューシアが個人的に抱えた使用人で、その事を本人も理解している。
だからこその言葉だが、それにエリューシアは口をへの字に曲げるしかない。
しかし『努力する』と言ってくれたのだから、ここは良しとしよう…こんな場所で言い合っている時間はない。
エリューシアは茂みから静かに進み出た。
薄っすらと光が洩れているように感じる洞窟の入り口に近づくと、どこか鉄臭い臭気を感じる。
そのまま周囲を伺いながら洞窟に踏み入れば、途端に響く自分の足音にギョッとした。一旦呼吸を落ち着けて見回すと、やはり奥の方が明るい。
「お招き頂いてありがとうございます。
招待状には書かれていませんでしたのでお伺いします…ここで待っていれば宜しい?」
奥に向かって声を掛ければ、案の定応えがあった。
「(待ちくたびれましたわ。
他のお客様も退屈なさっておいでよ、そのまま奥へお進みになって)」
距離があるせいだろうか、それとも反響のせいだろうか…酷くくぐもって聞こえる声の指示に従う。
ゆっくりと奥へ進めば、朽ちた鉄格子が目に入った。
視線を動かせば朽ちて崩れた魔紋も見える。
残骸となり、最早その役目を果たしていない鉄格子を跨ぎ越えれば、奥に灯りの横に少女が一人立っていた。
少し赤みがかった薄いオレンジ色で、ふわふわと波打つ髪に、オレンジ色の瞳。
灯りは魔具ではなく何故か蝋燭で、ゆらゆらと不規則に揺れるその赤みがかった光に照らし出された彼女は、何処か禍々しい姿に見えた。
「ようこそ。
初めまして…と言うべきかしら?」
少女とエリューシアの間はまだ離れているのに、まるでホールのように広げられた場所のせいか、声が近く感じる。
「挨拶なんて不要、そうでしょう?
それで?
お姉様とヘルガは何処かしら?
さっさと返してくださらない?」
少女はクッと笑った。
「せっかちね。
ま~溜まりに溜まった鬱憤を返すのは本人が一番良いわよね…こいつらに仕返ししても、全然気が晴れなかったもの」
そうして彼女が横にあった台から、蝋燭を燭台ごと持ち上げ、横下の方を照らすように掲げ下げた。
「お姉様ッ!?
……ヘルガも……なんて…なんて事を…」
あんまりな光景に、エリューシアは思わず息を飲んだ。
照らし出された先には、ぐったりと地面に横たわる少女が2人。
1人はヘルガ。
ナタリア譲りの茶色の髪を、何時もはきっちりとシニヨンに纏めているのに、今は肩口で、酷く手荒く切り落とされていた。
優しげな青い瞳は力なく閉じられている。だがその頬は赤黒く腫れあがっていた。
唇も腫れて切れ、血が流れた痕跡が見える。
今は乾いているようだが、傷はとても生々しい。
見慣れたメイド服も、抵抗したのだろうか…汚れているだけでなく、所々避けたり解れたりしている。
そして纏わりつく黒い靄……。
もう1人はアイシアだろう…。
傷だらけのヘルガが守る様に覆いかぶさっているせいでよくわからないが、学院の制服であるローブと深青の髪が地面に広がっている。
ピクリとも動かない事から、意識は失っているのかもしれない。
「……よくも…
…よくもお姉様とヘルガに……」
「フフ。
『よくも』……な~に?
許さない? 覚悟しろ?
フフ…フハハ……そんな事言ってられるのなんて今だけよ。
さあ立ちなさい、ヘルガ。
私の言う事、聞けるわよね?」
閉じられていたヘルガの双眸がゆっくりと開く。
その目がエリューシアを捕らえた途端、大きく見開かれ、ヘルガはその首を必死に振った。
そんな動きや感情に頓着しない黒い靄が、ヘルガの手足に絡み付き忙しなく蠢いている。
「お……お嬢、さ、ま…お逃、げ…くださ……い。
私、から、だが……自分の、も…のじゃ……ああぁ」
「ヘルガ!!??」
言葉から察するに、意識はヘルガのままだが、身体が言う事を聞かない状態だろうと思われた。もしかすると黒い靄に操られているのかもしれない。
「……フィータ・モバロ…貴方……。
…何をしたの……。
何を……フィータ……いえ…フラネア・ズモンタッ!!」
エリューシアの周囲の空気がザワリと震え、一気に渦を巻く。
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