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最後まで納得出来ないと言う表情のままだったが、エリューシアの願いにジョイは折れてくれた。
「それじゃ私達も行きましょう」
「転移で向かうんですか?」
セヴァンの言葉に残念そうな表情のまま、エリューシアは首を横に振る。
「初めての場所でも転移出来なくはないけど、最悪…木とか、その場にある物体に合体する羽目になる可能性が……」
そう言うと、セヴァンは『ハハ…』と情けなく苦笑いをし、颯爽と自分の愛馬に跨った。
転移は便利だ。
距離も時間も節約出来る。
しかし問題点がない訳ではない。
転移先の状況がわからないまま行えば、見られたくない人に目撃されたり、本当に最悪の場合、転移先に存在する物体の中に転移してしまう可能性もあるのだ。
これまでは気を付けてきたから経験はないが、万が一そうなってしまったら死亡する事も在り得るのではないかと考えている…いや、間違いなく死亡するに決まってる。
それ故、辺境から学院の借り上げ邸に転移をした時は、行った事もない場所だった為、見取り図を送って貰い、事前準備を入念にしていた。
今回もその懸念があった為に、自分で連絡するのを諦め、ジョイに託したのだ。
これまで無駄な外出は避けてきた。
言うまでもないが、それは他人に迷惑をかけないようにと言うのが大きい。
ただ歩いているだけで、不意に触れたり掠めたりといった程度でも、相手が吹っ飛ばされ大怪我を負いかねない。その為、自粛していた。
だが、此処に来てその弊害に悩まされるとは思っても見なかった。
両親に連絡を入れるなら、オルガやジョイよりエリューシア自身が行った方が格段に早い。
しかしそうなると、結局出発が遅れてしまう。
エリューシア以外は先行して出発しておけば良いと考えるかもしれないが、そうなると戻ったエリューシアは再度転移で追わなければならなくなり、結果行った事も見た事もない場所への転移と言う危険を冒さなければならなくなってしまうのだ。
何とも歯痒い…。
馬上で待つセヴァンに続き、エリューシアとアッシュも馬に跨って駆け出す。
向かうはこれまで行った事もない西の森だ。
「おいおい…こりゃ、どう言った事態だよ…」
警備隊舎の2階にある警備隊会議室。その奥にも扉があり、そこに扉を開け放ったまま隊長ヨラダスタンとネイサン、そしてオルガが返信待ちの状態だった。
会議室の奥の部屋に通信魔具が設置されているのだが、部屋の壁を埋め尽くすように、巨大な魔具が鎮座している。
しかも1面だけでなく、部屋中に色々な機器が置かれていて、一見かなり広い部屋なのに室内がとんでもなく狭くなっていた。
そこへ荒い…だけど軽い足音が近づいてくる。
開け放たれた扉から入ってきたのはジョイだ。
ジョイはあの後移動を開始したが、どうするのが一番早いか考え、直接自分が地中を公爵領まで進むより、警備隊舎の通信魔具を使った方が早いと結論付けて此処へ現れた。
結果、ヨラダスタンから先の言葉が洩れたと言う訳だ。
「ぇ…ネイサン様? それにオルガ様も?」
「あれ? ジョイ君、どうして此処に? 何かお嬢様から?」
目を丸くするジョイの呟きに、ネイサンが反応する。
「あ、あぁ、エリューシアお嬢様から公爵様方に連絡するようにって指示で…」
「新たに…って事でしょうか?」
ジョイが懐から、件の絵地図の写しを取り出してネイサンに差し出す。
「お嬢様宛に怪しい手紙が借り上げ邸に届いて、これがその中に入ってました。
まぁ、これは写しで原本はお嬢様達が持ってますけど」
ネイサンもオルガも表情が硬く、全くの初見である事が察せられた。恐らく彼らも此処へ来るべく借り上げ邸を出た後に、この不審な手紙は届いたのだろう。
「どういう事でしょう…?
じゃあエリューシアお嬢様は? アイシアお嬢様もヘルガも、キップル邸には居なかったって事ですか?」
ネイサンの言葉は疑問形になっているが、その裏はきちんと察しているようで、血の気が失せたように蒼白になっていた。
オルガに至っては青白い顔で、今にも倒れてしまいそうだ。
ジョイはここまでの事をざっくりと説明した。
「そんな……お嬢様が」
オルガがとうとう膝から頽れ、床にへたり込んでしまった。
姉ヘルガとアイシアの安否は勿論心配だが、その為に自身の主人であるエリューシアを危地へ向かわせてしまったのだから…。
ネイサンも眉間の皺を更に深くする。
「今、公爵領の警備隊舎へ連絡して、あちらからの反応待ちなんです。
あちらの警備隊舎は公爵邸とかなり近いので、直ぐ返信が来ると思うんですが……あぁ、待つと言うのは時間が長く感じてしまいますね…」
ネイサンが呟きを零し、詰めていた息を吐いた丁度その時、ガガガ…とノイズのような音が巨大な魔具から流れてきた。
【アーネストだ】
聞こえてきた声はラステリノーア公爵当人…エリューシアとアイシアの父親その人の声だった。
「旦那様!」
【警備隊の者が大慌てで飛び込んできてね。
私が直接話した方が良いだろうと思ったのだが、問題はないかな?】
「勿論です」
【それじゃ改めて状況の説明をお願い出来るかい?】
「はいッ」
勢い込んでネイサンが今日の一連の出来事を説明していく。
途中、学院内でのことは、オルガが適宜補足を入れる。
【………】
「以上のような状態です」
ジョイから新たに齎された情報も、すべて話し終えたが、通信魔具の向こう側は沈黙したままだ。
いや、微かに声らしきモノを拾ってはいるようだ。
【(…し…しは君た…………訳には…)】
【(がいしま……くは……………)】
【(れほど……んかわかって……か?)】
微かな声だけのやり取りだが、緊迫感が嫌でも伝わり、こちら側から声を掛ける事も出来ず、ただ時間だけが過ぎて行った。
【……はぁ、待たせて済まない……そこにジョイが居るんだったね?】
アーネストから名を呼ばれたので返事をする。
病に倒れていたのを救ってもらい、エリューシアの従者となる事を決めた後に、一度対面した事がある。その時に影としての訓練を付けて欲しいと願い出た。
兄アッシュが表立ってエリューシアの役立つと言うのなら、自分は裏から役に立とうと思ったのだ。
結果としてアーネストはその願いを聞き入れてくれた。
おかげでジョイはエリューシアの役に立てるし、傍に居て問題ない立ち位置……もしかしたら言い訳と言った方が正解かもしれないが…それも手に入れられた。
自分の…自分と兄の恩人で、敬愛してやまないエリューシアの傍にずっと居られる…それはジョイにとって何より大事な事だった。
だからアーネストにも本当に感謝している。
【こちらに転移紋使用許可証を持った者が居る。
こちらからその者と影に転移して貰うから、ジョイ…君には神殿前で合流して欲しい】
「はい」
【そして影以外の者……まぁ転移紋使用許可証を持ってる人物なんだが……その者を連れて先行してくれるかい?】
「……危なくないですか?」
ジョイが移動を担わなければならないと言う事は、影達より身体能力が劣っていると言う事ではないだろうかと、咄嗟に心配になってしまったジョイが念の為に問いかける。
【……あぁ…言っても聞かないんだよ】
我が主の父親であり、恩もあるアーネストの言葉だ…ここは頷く一択だろう。
「わかりました」
【それでネイサンかオルガのどちらかだけでも良いから、一旦神殿前に向かってほしい】
「「承知いたしました」」
【転移紋使用許可証を持った人物から、その許可証を預かってこちらに一度飛んでくれるかい?】
「私達が…ですか?」
【あぁ、その許可証で私と騎士達も王都へ転移する】
「「ハッ!」」
そして通信が切れ、室内に静寂が戻る前にネイサンが口を開いた。
「ヨラダスタン様、申し訳ありませんが今見聞きした事は、どうぞ……」
「あぁ、わかってるって。
関わらず、お口にチャックしとくよ」
ネイサンはにっこりと微笑み、深々と一礼した。
オルガとジョイもそれに倣う。
「だけどな…」
「ヨラダスタン様?」
「だけど、どうしても手が足りなくなったら言え。
高位貴族家のゴタゴタなんざ知ったこっちゃねぇが、妖精姫は偶にここにも顔出してくれてさ……心配なんだ。
だから…だから何かあったら頼ってくれ…死んだって口外したりしねぇから…頼む」
警備隊長ヨラダスタンの言葉に、思わず涙腺が緩みかけるが、それを唇を噛みしめてやり過ごし、再び頭を下げた。
「ありがとうございます」
一区切りついたのを見計らって、ジョイが口を開いた。
「ネイサン様かオルガ様、どっちか一人なら一緒に連れてってやれる。
俺は言われた通り合流出来たら直ぐ向かうつもりだから、その許可証だっけ? それは直ぐ受け取れた方が良いだろ?」
「えぇ、そうですね。 では私を」
ネイサンの言葉に、オルガは一歩前に進み出そうになるのをグッと堪える。
「こちらの事は任せて貰って、オルガは準備が必要なら準備を。
そして直ぐ現場に向かうと良いでしょう。
地図はもう覚えましたね?」
続けられた言葉に、オルガの表情が緩んだ。
「はい!」
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