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あれ? ヤバい……このままじゃヒーロー(居たのか!?)が……。
頑張れクリス! 頑張れジール!
瞼が震えて薄っすらと開く。
次に来るのは悲鳴だろうかと、内心身構えるエリューシアだったが、予想に反して悲鳴は洩れてこず、目覚めたカーナは目を見開いたまま頬を染めていた。
「う、そ…これは……夢?」
意外と落ち着いた様子のカーナに、エリューシアはそっと吐息を零す。
その途端……。
「きゃぁぁぁ♪♪ 動いたわ! 流石夢だわ! 夢なら良いわよね…。
きゃぁぁぁぁぁ! 何て美しいの!? 何て可愛らしいの!?」
伸ばされた手に慌てて身を躱す。
恐るべし……少しでも遅れていたら、カーナはエリューシア…いや、精霊達に容赦なく吹き飛ばされ、この部屋は血の海になっていたかもしれない。
「えぇ……何でよ。夢なんだからあたしに身を任せてくれて良いのよ?
もう、可愛い子ね。
あぁ、でも何て美しいお人形なのかしら。夢に出てきたって事は何処かに実在してたりする?
やだ、お金貯めなきゃ!」
どうやらカーナはまだ夢の中だとでも思っているようだ。
どう言い聞かせたものかと悩んでいると、扉がドンドンと忙しなく叩かれる音が耳に届いた。
セヴァンに目配せしてから、結界の魔具を停止させる。
魔具は中の音や魔力等を漏らさないが、外の音や様子は伝わる便利仕様なのだ。
セヴァンが扉を開けば、転がるようにしてミニーナが入ってきた。廊下には苦笑を浮かべたメルリナが見える。
「姉様!?」
カーナがエリューシアに手を伸ばして捕獲しようとしている様を見て、ミニーナはキッときつい表情になる。
通りすがりに机から分厚い本を手に取り、足取りも荒く近づいて、カーナの頭に容赦なく本を叩き込んだ。
「ったあああーーーーい!!」
「姉様!! 何て事してるんですかッ!?」
「あら…痛い……え? どうしてあたしの夢にミーニが居るの? 嘘…夢じゃないの?」
「まだ呆けてるなら、もう一発くれてやりますが?」
頭を両手で押さえ、涙目でぶんぶんと首を振るカーナに、ミニーナが再度本を振り被って静止している。
「でも……だって、すんごい綺麗なお人形が……って、あれ…?」
やっと現実に帰ってきたらしいカーナは、見る見るうちに顔色が蒼褪めていく。
「う…嘘、だと言って…。
なんで? どうして?
何だって、至高で天上で究極で最高無上な精霊姫様がこんな荒家に!?」
ようやっとエリューシアを認識したらしいカーナに、ミニーナが本を振り下ろしたのは言うまでもない。
だが、その瞳は涙で潤んでいた。
「もう! どれだけ心配したと思ってんのよ!!??
姉様!?
今日はおやつもお人形もナシだからね!?」
落ち着いたカーナと並んで座るミニーナの対面に、エリューシアが腰を下ろしている。
未だフードを目深に被ったままのアッシュとセヴァンは、エリューシアの後ろで仁王立ち状態だ。
メルリナは勝手知ったる何とやらだろうか…『お茶、貰ってきますね~』とにこやかに厨房へ向かっていった……良いのだろうか?
まぁ、そんな事はさて置き……。
「じゃあ今日約束した令嬢と言うのに心当たりがないと?」
「……は、はい……その、申し訳ございませんッ!」
此処暫くの記憶はすっぽり抜け落ちているらしい。
「その……お恥ずかしい話ですが、あたし…綺麗なモノや可愛らしいモノに目がなくて…。
フィータ様を初めて見た時、もうそれは雷に打たれたかと思いました。なんて言うか…そう、恋に落ちたみたいな!
もう近くで眺められるだけで幸せで……ただその後、何故か家族や使用人達にも、よく叱られるようになってしまって……でも、思い返してもそれしか覚えていません……」
どうやらカーナは、最初の頃は自分の意思でフィータに侍っていたようだ。
しかしその後徐々に記憶が曖昧になっていってる様子から、彼女の従属支配は一瞬で出来るものではなかったと言うのがわかる。
(強い力ではなかったから簡単な封じだけ行った……だったかしらね。
でも強い力でなくとも時間をかけ、何層も重ねれば…と言う所でしょう。
追加で届いたジョイからの報告書も併せれば……)
戻ったばかりのジョイに話を聞きたくて転移で急襲した後日、追加の報告書が渡された。
そこには封じ魔紋についても、聞いた話より詳しく書かれていた。
老神官は魔紋を耳裏に施したらしい。
髪で隠れるから、他人に気付かれ難いだろうと言う配慮だったと思われる。そして魔法が使えるようになる年齢までに、もう一度封じを施し直すようにと言いおいたそうだ。
再封印を家族が怠ったのか、それともシモーヌの武器を手にした事で強化されたのかはわからない。
しかし裏を返せば、最初から再封印が必要な程度ではあったと言う事だ。
濁しながらもカーナへの尋問を続けたが、やはりそれ以上の話は出てこない。校舎の影に朱色を見た気がしたので、ロスマンについても訊ねてみたが、こちらも記憶は曖昧らしく、カーナが恐縮するばかりとなってしまった。
ならこれ以上此処に居る意味はない。
カーナはアイシアを誘き出す為の餌だっただけで、それも従属の影響を受けての事である以上、最早用はない。
せめて食事でもと言う誘いには、魔法契約の事もあったのでメルリナだけ残す事にして、エリューシアと護衛2人については丁寧に辞し、早々にキップル邸を出た。
「やっと出てきた」
声に振り返れば、ジョイが木に凭れて小さく笑っている。
「ジョイ…ここまで来てくれてたの…」
「当たり前でしょう?
アイシア様に何かあれば、お嬢様が悲しむ。俺はお嬢様を悲しませたくないんで…。
なら動くのは当然でしょう?
さて、じゃあ次に向かうのは「ズモンタ邸」」
最後の単語が綺麗に重なり、ジョイは目を丸くした。
「気づいてたんですか?」
「まぁ諸々当てはまる人物に心当たりもあったから……」
「なら話は早いです。
今日は朝からズモンタ邸に侵入出来ないかなと見張ってたんですが、ちょっと動きが普段と違ったんですよ。
使用人の老人は馬車を借りたり、そうかと思えばフィータ・モバロがやって来るしで…」
ジョイにもフィータ・モバロの現在の姿他、情報共有はきちんと行っていた事が功を奏した。
「フィータ嬢がズモンタ邸に?」
フィータ・モバロには蜘蛛型盗聴魔具を、交代する時間以外は張り付けている。
しかし盗聴を始めた時に一度だけ気になる会話があったものの、その後は特に動きもなかった。
「どっちに付こうか悩んだんですけど……済みません、俺……何か話が聞けるかもとフィータの方に付いてしまって…。
もしコダッツの方へ付いてたら、アイシア様をみすみす連れ出されたりは……」
悔しそうに視線を落とし、拳を握りしめる様子に、エリューシアはそっと拳に手を添えて首を横に振った。
もうジョイも家族同様なので、触れても吹っ飛ばす結果にはならない。
「きっと間に合うわ。
それにジョイのせいじゃない。だからそんな顔しないで」
「お嬢様……俺…。
あ、そう…これ、預かってきたんです」
思い出したように大急ぎで懐から1通の手紙を取り出して、エリューシアに差し出した。
受け取り裏返すが、当然ながら差出人の署名はない。
そんな怪しい手紙なので、確認の為に既に開封がなされているが、残った封蝋にも印章等は押されていない。
「中は見た?」
「いえ、俺はまだ」
エリューシア達が動き出してから届いたその手紙には、簡単な絵地図が入っているだけだった。
「この場所って……誰かわかる?」
入っていた絵地図をジョイ、アッシュ、セヴァンに見せるが、セヴァンは首を捻っている。
「何処だ?
こんな簡単な絵だけじゃさっぱりわからないな」
「いや、此処、この細長い塔みたいなのは時計塔じゃないか?」
アッシュが右端に書かれた細長い家のようなモノを指さして言う。
「だったらこっちの橋は、この木が複数描かれてる場所…多分森に続く道にかかっている橋じゃないかな」
ジョイが補足するように言葉を続けた。
「そう、じゃあ向かう場所は西の方にある森ね」
エリューシアの言葉に、ジョイ達が慌てふためく。
「お、お嬢様、お嬢様は邸にお戻りくださいッ!
後は我々が向かいます!」
「セヴァン殿の言う通りです。
これ以上お嬢様を危険に晒すなんて真似は出来ません!」
「向かうのは俺と兄さんで良いんじゃないかな?
セヴァンさんはお嬢様を借り上げ邸まで護衛してよ」
男子3人が必死の形相で訴えるが、それをエリューシアは首を振って却下した。
「こんな物が私を名指しで送られてきたのよ…。
だから彼女の狙いは私……お姉様もヘルガもきっと無事よ。大丈夫…無事よ。
………ジョイ、報告に走ってくれる?」
「なんで!?
俺の方が荒事は得意だよ!? 報告ならセヴァンで良いじゃないかッ!?」
「だってセヴァンだと馬で走らないといけないもの。
その点、ジョイなら地中を魔法で進めるでしょう?」
ピクリとジョイが固まった。
「な…んで…」
「気付いてないと思ってた? 残念、疾うに気付いてたわ。
地中を進むから国境も何も無視して通れるのよね? だから何時だって最速で調査してこれた。
そんな魔法…いくら土魔法が得意だからと言ったって、疲れないはずがないのに……何時だってジョイは…。
ごめんね、そしてありがとう。
そういう事だから、お願い、最速で報告を…頼めるのはジョイだけなの。
そうすればきっとお父様お母様も直ぐに動いてくれるわ」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期且つ、まったり投稿になりますが、何卒宜しくお願いいたします。
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よろしければ短編版等も……もう誤字脱字が酷くて、本当に申し訳ございません。報告本当にありがとうございます。それ以外にも見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




