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赤く色付いていた空はすっかり暗くなり、それどころか遠くで雷鳴が響き始めた。
「案内の為、先頭はメルリナが務めて頂戴。
私とアッシュ、セヴァンはそれに続きます」
厩舎に向かい、準備されていた馬の手綱を握る。
馬丁のガンツが、人数分のフード付きのマントと雨具を手渡して来たので受け取ると、彼が口を開いた。
「お嬢様、どうかお気をつけて」
それを皮切りに、厩舎までついてきた使用人達も声を揃える。
「「「無事にお帰り下さい」」」
雨具は一旦アッシュに渡し、フード付きマントだけ羽織ると馬に跨り、夜が始まったばかりの中をエリューシア達は一団となって駆け出した。
かなりなスピードで小さく遠ざかっていくエリューシア達を見送った使用人達は、慌ただしく邸内へと戻る。
この借り上げ邸の主でもある公爵令嬢の身に何かあったかもしれないのだ、安穏とはしていられない。
誰もが険しい表情で、足早に戻って行った。
悔し気に視線を落としたまま立ち尽くすオルガに、近づいてきた人影がある。
「オルガ、では私達も行きましょう」
声の主はネイサン。
年若くはあるが、公爵家のベテラン執事ハスレーの孫で、今は借り上げ邸の執事を務めてくれている。
そのネイサンからの想定外の言葉に、オルガは目を丸くした。
「行く…って……何処へ…」
「警備隊舎ですよ」
「警備隊…? ぁ!」
何か気付いた様子のオルガに、ネイサンは笑みを深める。
そう、この国は内乱抑止か何かわからないが、領地間の移動や情報交換に制限が課せられている。
しかし警備隊は数少ない例外なのだ。
盗賊等、凶悪な犯人取り押さえの為に、領境や遠く辺境等へも迅速な連絡が必要となる事がある。
その為、大きな警備隊舎には通信用の大型魔具が設置されている事が多いのだ。
「お嬢様やオルガ達が警備隊隊長に顔繫ぎしてくれていた事が役立ちそうですね。
旦那様から紹介されたんでしたよね?」
「はい……そうです」
「じゃあ多分ですが、すんなり使わせてもらえるでしょう。
警備隊舎の通信魔具なら、直ぐに公爵領の警備隊舎へ繋がるはずです。急いで行きますよ」
「はい…っ」
ガンツが馬を2頭連れてくる。
その手綱を握り、ネイサンとオルガも馬上の人となり、夜の王都へと駆けて行った。
どうやらキップル邸は少し外れた場所に位置しているらしい。
王都の貴族街に入ったが、メルリナがその速度を緩める気配はない。
闇が支配する時間領域となっていた事が幸いして、貴族街の通りは人の気配が殆どない。
運良く、夜会等を開催している家も付近にないのだろう。
馬を全速力で駆っても、事故にならずに済みそうだ。
どのくらいで着くのか、聞きたい事はあったが、全速力の馬上で口を開けば、舌を噛んでしまいそうで、エリューシアは思考を切り替えた。
さっき霧散してしまった事を考える。
(無意識に私も思い込んでいたって事…よね。
ピースはそこかしこに転がっていて、十分想定出来たはずなのに、その考えに行きつかなかった。
シモーヌが死んでいた事もあって気が抜けていた……そんなのは言い訳でしかないけれど…。
クリス様に執拗に絡もうとしていて、手足に不調が残っている可能性のある人物……私は知っていたはず。
そう、彼女は…)
その時、メルリナの声が前方から響く。
「ここですッ!」
声に、エリューシア達も速度を緩め、少し離れた場所で止まり地面に降り立った。
メルリナがキップル邸の門番に声を掛けている。
「こんばんは。
メルリナ・デラントスと言います。
こちらの令嬢、ミニーナ様と学院で親しくして頂いているのですが、彼女、落とし物をしたみたいで、私が預かってきたんです。
申し訳ありませんが、取次をお願いできますか?」
キップル家がアイシアやヘルガの事に、何処までどう関与しているかわからない為の、でっち上げ理由だ。
万が一関与があったとしても、その家の使用人にアイシアやヘルガの情報を与える必要はない。下手をすれば面白おかしく噂を撒き散らされて、彼女達の傷になってしまいかねない。
「なんと、そうでしたか。
お嬢様に伺ってきますので、少しこのままお待ちいただけますか?」
「えぇ、わかりました」
でっち上げ理由を信じてくれたらしい門番の1人が、慌ただしく奥の方へ走って行くのが見える。
暫くすると、門番が1人の令嬢を伴って戻ってきた。
「メリー!
待たせてしまってごめんなさい。
門前では何だし、入って入って」
「ミーニ、こっちこそごめんね。
こんな時間なのに……ぁ、その、知り合いと言うか…も一緒なんだけど、良いかな?」
「友人も一緒なの?
当たり前じゃない。メリーだけでも嬉しいけど、人数は多い方が楽しいわ」
主家の令嬢の親しい友人と言う事に確認が取れて、門番達もホッとしたように微笑んでいる。
もし家ぐるみでアイシアやヘルガの拉致に関与しているのなら、こんなにホッとした笑顔をするだろうか…そんな事を考えながら、エリューシアは少し離れた場所から観察していたが、メルリナに呼ばれたのでアッシュとセヴァンを伴って進み出た。
門を潜り玄関へと向かう小道を歩きながら、メルリナが先を行くミニーナの袖を引っ張って止める。
「?」
「ミーニ、変な事聞くけど許して。
カーナは今日どうしてた?」
袖を引っ張られ、メルリナの思惑通りに足を止めたミニーナが振り返って首を傾けた。
「カーナ? 姉様?
……ちょっと、やだ……また姉様ったら何かやらかした?」
「教えて。
今日此処にカーナと約束のあった令嬢が来てない?」
「……一体どうしたって言うのよ…」
怪訝そうなミニーナだったが、怖いほど真剣なメルリナの表情に、思わず息を飲んで真面目に考え始める。
「急に言われても…。
わたしが帰ってきたのも遅かったの。
ウティ先生にちょっと質問してたら、すっかり遅くなって…だから姉様は先に一人で帰ったはず。
それに誰かと約束があるなんて、わたしは聞いてないわ」
「確認なんだけど…最近カーナはモバロ嬢に絡んでないわよね?」
モバロと言う単語にミニーナの頬がぷぅと膨らんだ。
「当然よ!
わたしが行かせてないわ。
まぁそれがあったからメリーとも仲良くなれたけど、あの時は本当に困ってたんだから…もう絶対に近づかないように監視してるわ」
ミニーナの言う通り、同学年に居る彼女の姉カーナは、一時期フィータ・モバロの取り巻きと化していた。
妹であるミニーナや他の家族も随分言ったらしいが、聞く耳を持たずに困っているらしかった。
エリューシアはそこからどんな経緯があって、取り巻きから外れる事が出来たのかは知らないが、今は落ち着き、ミニーナはメルリナと親交を深めて行ったと言う訳である。
アイシアとカーナもそう言った縁で、友達になったのだろうと思う。
その辺りも詳しく聞いておけばと後悔するが、今それを言っても始まらないし、普通兄弟姉妹の友人関係等、詳しく聞いたりしないモノではないだろうか…。
まぁ、そんな話は横に置いておくとして、カーナと会ってみたいとエリューシアは考えた。
もしエリューシアの想定が外れていないなら、相手は従属の魔法持ちだ。
「カーナ嬢と会う事は可能かしら?」
急にメルリナを飛び越した後ろからの声に、ミニーナが吃驚したように固まった。
「ミニーナ、ごめんね。
……エリューシア様なのよ…脇に居る2人はエリューシア様の護衛…」
思わず声の主含めたフードを目深に被った3人とメルリナを交互に見たミニーナは、ハッとしたように慌ててカーテシーを取った。
「ラ、ラステリノーア公爵令嬢とは知らず、申し訳ございませんッ!!」
「恰好から察して下さると助かります。
今は忍んで……なので、そう言った挨拶は不要です」
「は……はひっ!」
まるでゼンマイ仕掛けの骨董人形のようにぎこちない動きのまま、ミニーナは慌てて案内を再開する。
邸に入った所で使用人に『少し自室でお喋りするから、後で呼ぶ』と言ってくれた。
「姉の部屋はわたしの部屋の隣なので、あぁ言っとけば暫く上には来ないと思います」
「ごめんなさい」
エリューシアがフードを被ったまま頭を微かに下げれば、ミニーナの方が恐縮したように後退った。
「お、おやめく、ください!
ぇ、えっと、この階段を上がった、お、奥ですッ」
「そう、つかぬ事をお聞きしますが、カーナ嬢が最近親しくなさっている方はいらっしゃいますか?」
「え?……親しく、ですか?
うーん……どうかな…すみません、ちょっと思いつかないです」
一体何の尋問!?と涙目で、ミニーナがメルリナに縋っている。
「思いつかないって…カーナはアイシア様と仲良かったんじゃなかったっけ?」
あくまで不自然にならないように、メルリナが惚けて突っ込む。
「は? 姉様が? アイシア様と?
何の冗談よ…。
一時話を聞いて貰ったり、刺繡を教えて貰ったりって事はあったみたいだけど、深青の小淑女と親しくなんて、恐れ多過ぎてあり得ない」
これはどう言った齟齬だろうか……。
確かに思い返せば、アイシアとカーナが学院で仲良くしているのを普段から見た事があるかと問われたら、返答に窮する。
どちらかというと、ひっそり、こっそりと言った感じだった。
カーナと言う人間の顔が…人物像が見えない。
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