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翌朝、何時ものように準備をして学院へ向かう道すがら、エリューシアはアイシアに今日の予定を確認する。
「今日は借り上げ邸に一度戻ってから、カーナ様の御邸に向かうのですよね?」
その問いかけに振り向いたアイシアは、にっこりと微笑んで悪戯っ子のようにウィンクして見せた。
「いいえ、学院から直接向かうの!
学院が終わって制服のまま出かけるなんて、とても楽しそうでしょう?」
楽しそうなアイシアには申し訳ないが、そういう事なら確認しておかなければならない。
「じゃあヘルガとニルスにも、ちゃんと伝え終っているのですよね?」
「ぁ……」
口元に指先を押し当てて『しまった』という表情をするアイシアも、美しく眼福ではあるが、今はそこに気を取られている訳にはいかない。
アイシアの専属メイドであるヘルガも、専属護衛騎士であるニルスも、既に学院は卒業しており、学院で伝えると言う事は出来ないので、予め伝えておく必要があるのだ。
「直接と言う事であれば、ヘルガは兎も角、ニルスには伝えておきませんと……。
あぁ、そうだわ、オルガにお姉様の供をお願いしましょう。
オルガ」
名を呼ばれたオルガが返事をするより早く、アイシアが首を横に振った。
「オルガはエルルの専属よ。
私のお供をお願いするのは悪いわ」
「ですが、護衛も供もなしなんて、流石にそれは……」
エリューシアの険しい表情から、オルガも頷いて口を開いた。
「アイシアお嬢様、私が姉ヘルガに代わってお供いたします。御許可願えますでしょうか?」
エリューシアとオルガを見つめて、アイシアは眉尻を下げて微笑んだ。
「もう、2人揃って心配し過ぎだわ。
学院から直接と言っても馬車での移動だし、夕刻には戻るつもりよ?」
「お姉様……」
「ですが」
シモーヌの死亡が確実となった今、確かに心配し過ぎと言われても仕方ないかもしれないが、だからと言って万が一がないとは言い切れないのだ。
高位貴族令嬢で、嫡女で、こんなにも美しいアイシアなのだから、何時何処で誰に狙われるか分かったものではない。
「先に行っててください。
戻って伝えてきます」
「エリューシアお嬢様! それなら私が!」
「ちょ、それなら通常クラスの私が行ってきますよ。通常棟の方は遅刻にも寛容だし」
戻ろうと向きを変えたエリューシア。
そのエリューシアの代わりに戻るべく、引き留めようとするオルガ。
とうとうメルリナも参戦してきた。
その様子にアイシアが表情を曇らせた。
「もう……お友達の御邸に行くだけで、心配するような事なんて何もないのに…」
しかし1対3である以上、アイシアの方が分が悪い。
「わかったわ。
学院についたら事務の方に連絡してくれるようにお願いするわね。
エルルもオルガも戻らなくて良いわ。
メルリナも…通常棟は遅刻にも寛容なんて、それに甘えちゃダメよ?」
アイシアの方が折れてくれたので、とりあえず4人はそのまま学院へ向かった。
少々時間が心許なかったため、教室へ急ぐ。
その後は普通に授業をこなし、昼休憩時に確認すれば、メルリナも間に合ったとの事でホッとした。
何時もと変わりなく昼食を終え、少し早めに温室を出て教室に向かっていると、校舎の角に人影が見えた。
「あら、カーナ様だわ」
アイシアの言葉にエリューシア達も顔を上げて向ける。
校舎の角で影になっているせいか、はっきりと見えないが、カーナは誰かと話をしているようだ。
それもとても嬉しそうに…。
(?)
嬉しそう?
楽しそうならまだしも、嬉しそうだなんて、どうして感じてしまったのだろうと、再度じっくりと眺めれば、カーナの表情が友達に向けるモノではないと言う事に気づいた。
(恋する乙女って感じの表情……ね。
でも、カーナ様って婚約者とか居たかしら…聞いた覚えがないのだけど)
「ちょっと行ってくるわ。
エルル達は先に教室に戻ってて」
もし逢瀬だったら邪魔するのは悪いからと止めようとしたのだが、言うが早いかアイシアがカーナの方へ小走りに近づいて行った。
あちらも近づいて来るアイシアに気付いたのか、顔をこちらへ向けてきたのだが……。
(? 見間違い……?)
向けられたカーナの表情が、一瞬酷く冷たく虚ろに見えたのだ。
逢瀬を邪魔されたからと言って、友人にあんな表情を向けるモノだろうか?
前世も含めれば良い年のエリューシアだが、残念ながらお一人様満喫状態だったので、そういう男女の機微には疎い。
それでも恥ずかしそうにするとか照れるとかならわかるのだが、あんな…まるで射殺さんばかりの冷え切った嫌悪を含んでいながら、何処かぽっかりと抜け落ちたかのような虚ろさを伴う表情というのは、どうにも釈然としない。
とは言え、直ぐにカーナも満面の笑みになっていたので、影だったせいでの見間違いだったのだろう。
やはり誰かと話していたようで、挨拶でもしているのだろうか……近づくアイシアから一旦顔を背け、これまで話していた方向へ見上げるようにして笑顔を向けている。
あんな角度で見上げているなら、相手はかなり長身で……やはり男性の可能性が高いだろう。
(??)
校舎の影になっているが、一瞬朱色が見えた気がした。
(あれは……いやいや、遠目だし…あんな影になってて色なんてわかる訳がないわね……)
「エリューシアお嬢様? エリューシア様!?」
「お嬢様ってば!」
オルガとメルリナの声に、意識が現実に戻る。
「ぇ……ぁ…」
「御顔の色が冴えませんね。保健室へ行きますか?」
「ほんと、大丈夫?」
メルリナは素直に表情にも声にも感情を載せるが、オルガは普段そんな事はしない。しかし、今は心底心配そうな気配を感じて、エリューシアは苦笑交じりに首を横に振った。
「ごめんなさい、大丈夫よ」
カーナの方へ向かったアイシアを、今一度見てからオルガとメルリナに身体ごと向き直る。
「お姉様はお友達と歓談中のようだし、メルリナは先に教室に戻って。
通常棟の方がここからじゃ距離があるもの」
「ですが……」
「遅刻したらまたお姉様にお小言貰うわよ?」
「う……」
渋るメルリナを見送り、少し離れた所でオルガと待っていると、アイシアが笑顔で戻ってきた。
「ごめんなさい、待たせてしまったわ」
アイシアの言葉にふるふると首を振る。
「今日は授業が終わったら、私は馬車止めの方へ向かうから、エルル達は先に帰ってね」
「わかりました。
あぁ、授業が始まる前に事務所へ行きましょう?
お姉様ったら、まだ連絡してませんでしょう?」
エリューシアがそう言うと、アイシアは笑みを深めた。
「カーナ様がやっておいてくれるそうよ。
さっきその話もしたのよ。そうしたら丁度御邸に連絡しないといけない事があるから、ついでに借り上げ邸の方にも寄ってくれるよう頼んでくれるって」
正直、頭の中には警戒警報が鳴り響き、眉を顰めたくなる。
しかしそれを言うとアイシアは悲しむだろう…。
「わかりました」
だけど、この判断をエリューシアは後に悔やむ事になる。
何故自身の疑念と警戒心に従っておかなかったのかと………。
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