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手帳の頁を捲り、走り書き含めて読み解いていく。
なかなか骨が折れる作業だが、黙々と気を落ち着かせるのに丁度良い。
何故丁度良いかと言うと、過日ビリオーから聞かされた話が頭にこびりついて離れず、気づけば感情がささくれだってしまうからだ。
あの後……実を言うとビリオーもバルクリスも、時折口籠ったり挙動がおかしかったりしたので、聞かされた話が全てではないと考えている。
まぁ中央や大人達が何をどう考え、どう動くかなんて、公爵家令嬢とは言え、まだ子供でしかないエリューシアに左右する事は出来ない。
だからどうせ聞かされても困るだけなら、あぁして黙ってくれている方がマシと言うモノだ。しかし、だからと言って気にならない訳ではない。
何しろ片棒を担がされるかもしれないのだから。
(何だって国同士のいざこざに関与しないといけないのよ……。
私が守りたいのはお姉様と公爵家に関わる者達だけで、冷たいようだけど、そこに他の誰かが入る事はない。
ま…まぁ……クリス様は……ぁ、じゃなくて、温室仲間や学友達ならちょっとは考えても良いけれど…。
…放り投げっぷりが、いっそ清々しい程よね。
でもなぁ……良い考えはないかと問われたけれど…。
結局戦争の火種として送り込まれた王女を、どうにか送還する事なく秘密裏に生き延びさせたいって事なのよね?
国としては送還するのが当然だと思うけれど……それもあの馬鹿王子の我儘なのかしら。まぁ、何も知らなかった王女が送還後殺されるかもしれないと言うのは、確かに気分の良いものではないけれど、政って綺麗事だけでどうにかなるものではないでしょうに……。
全く……相談だけと言いながら、大人達の掌で踊らされるなんて、真っ平御免よ。
あぁ、もう、イラつくわ…。
私はお姉様や家族の安全と、何より幸せの為だけに動きたいのに…
…って、いけない……こうしてイライラしたくないから手帳を読み解いてたのに…)
再び手帳の方に意識を集中する。
アマリアが言っていた、モレンダストの困った領民の話が書き留められている箇所に行き当たった。
どうやら領主の子息であるヒュージル・モレンダスト伯爵令息に、執拗に付き纏っていたようだ。
見つかる度にきつい叱責の上、家族にも言い含めていたみたいだが、当人は何故か領主子息と両想いの関係にあると、頑なに思い込んでいたらしい。
言っても聞かないからと、自宅に鎖で繋ぎ軟禁するに至っていた事も書かれていた。
そのおかげか、婚約者であるアマリアが領地に出入りする頃には落ち着いていたようだが、当時の領主……アマリアにとっては後の義父となる伯爵が柔和な人物だった為、追放等はしなかったようだ。
確かにあまり厳しい量刑を科しても、それが元で領民感情が負の方向に傾き過ぎたり離れたりするのも困るが、甘すぎては侮られる。
難しい選択だっただろう。
「何と言うか……確かに困った人物ね。
名前は…バ…バヴィ…それともバビーって言うのかしら? 綴りが今とは違うから、もしかしたら違うかもしれないけれど」
その名を口にしたからかはわからないが、妙に精霊達に落ち着きがなくなり、慌ただしく飛び交い始める。
「ちょ…ちょっと……どうしたの?」
声をかけたからと言って会話ができる訳ではないが、ついと言う奴だ。
じんわりと怒りと言うか嫌悪と言うか…そんな気配が伝わってくる。
「どうしたって言うのよ…。
……ぁ、まさか……」
エリューシアはまさかと思いながら、行き当たった考えに身を固くした。
もしかしたら精霊達は『バビー』と言う人物を知っているのかもしれない。
そんな考えに行き当たれば尚更、会話が出来ない事が悔やまれる。
桜色の精霊――名をフィンランディアと言うのだそうだが、彼か彼女わからないが、エリューシアの考えに同調するように忙しなく明滅していた。
―――コンコンコン
扉のノックの音に、エリューシアだけでなく精霊達もピタリと動きを止める。
他人からは見えないのが惜しまれる程、笑いを誘う程のシンクロ率だった。
「はい」
「(お嬢様、オルガです)」
「どうぞ」
何事だろう?
返事を受けて入ってきたオルガの手には、一枚の羊皮紙がある。
「旦那様よりお手紙でございます」
「お父様から?」
珍しいと思いながら受け取れば、そこには夏季長期休暇前に行われる卒業記念パーティーの準備について書かれていた。
『はて?』と首を傾げるエリューシアに、オルガが口を開く。
「やはり……そんな事だろうと思っておりました。
先日学院でお話がありましたのに、聞いておられませんでしたね?」
「ぁ、ぁれ……何かあったかしら…」
本当に記憶がない。
内心では溜息を吐いているかもしれないが、表面上は眉一つ動かさないオルガが続けた。
「では、代わって私がご説明させて頂きます」
「ぅ…ぅん、お願い…」
「これまでは卒業生とその御家族他、王族や中央からの参列で問題が無かったそうなのですが、今年は留年や退学が多く、これまでの顔ぶれでは会場がかなり閑散となってしまうのです。
ここまでは宜しいですか?」
そんな話……聞いただろうか…いや、もしかしたら聞いたかも……しれない?
「それで今年は在校生にも参加するようにとお話がありました。
お嬢様達は在校生とは言え、まだ卒業までに2年以上ありますので、参加学年ではないのですが、5年生に令嬢が少なく4年の令嬢の一部に、急遽声がかかったのです」
「そ…そんな話があった、の…?」
恐る恐る疑問形に語尾を跳ね上げれば、オルガの視線の温度が少し低くなった気がする。
「で、でも!
お姉様は兎も角、私は参加したところでダンスも出来ないわよ?
だったら参加する意味ないでしょう?」
そう、どうせ参加したとしても、ダンスは勿論、人の多い場所に居る事も難しい存在なのだ。
つまり、役に立たないどころか反対に邪魔になってしまう。
「旦那様の御考えは私にはわかりかねます。
しかし参加に当たってドレスと宝飾品の手配を、アイシア様だけでなくエリューシア様にもするようにと」
我が父は何を考えているのだろうか…?
卒業記念パーティーに前倒しで参加するというのは構わない。
未だ婚約者の居ない者も少なくないし、社交の予行にもなるので反対に歓迎されるだろう。
しかしエリューシアには、どれも必要ないし、気を抜いたら人を吹っ飛ばしてしまう爆弾だ。歓迎されるはずもない。
ちなみに、卒業記念パーティーが何故こんな早い時期なのかと言うと、これには理由がある。
一例を挙げるなら、北方に領地を持つ家と、南方に領地を持つ家とでは、繁忙期が異なる。
他にも魔の森に隣接する辺境伯家等は、魔物が活発になる前に領地に帰っておきたいと言う事情があったりする。
つまり家毎に事情があり、早めに帰領したい生徒や家があると言う事。
それ故、比較的どの家も平穏な夏前に卒業記念パーティーは済ませておき、後は生徒それぞれの事情で卒業していくという形態になっているのだ。
「つきましては今度の休日はボルトマイス伯爵夫人がお越しになられますので、ご予定は入れずにおいてください」
「ぇぇ……私には必要ないって……」
「良いですね?」
オルガの纏う空気の温度が下がる。
「ぅ……はい…」
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