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アーネストからの声掛に、クリストファとベルクが振り向く。
見つめては来るが口を開かないアーネストに、クリストファ達が互いに顔を見合わせていると、微かな溜息が耳に届いた。
「ここは君達の生家もしくは領地からかなり遠い。
帰るとして転移紋は使えるのか?」
問いにベルクは思わずシャーロットに視線を向けるが、クリストファは身じろぎもせず、ただ沈黙したまま双眸を伏せている。
シャーロットに顔を向けていたセシリアだったが、そんな様子にアーネストへ耳打ちをした。
何やらアーネストの顔色と表情が微かに、だけど目まぐるしく変化をする様子に、誰もが固唾を飲んで見守っていると、セシリアがにっこりと微笑みながらアーネストの耳元から顔を離した。
「……ぁ~…ぅん…。
グラ……あぁ、ベルモール令息とキャドミスタ令息は、済まないが隣室へ移動して貰えるか?」
アーネストはそれだけ言うと立ち上がり、セシリアに頷きを1つ残して部屋から出て行った。
王弟夫人であるシャーロットに挨拶もなしである。
流石に自分がした事の非礼さに気付いたのか、シャーロットがその場で項垂れた。
部屋に残っていたセシリアだが、執事のハスレーに指示を出し、先に少年2人を隣室へ連れて行って貰う。
それを見送ったセシリアは、項垂れたまま動かないシャーロットに瞳を伏せた。
沈黙が室内に溢れ、息苦しくなりそうに感じ始めた頃……。
「……なさ、い……私ったら…。
ごめんなさい…。
クリストファに……何もしてあげられなかったあの子に、どうしても強固な後ろ盾が欲しかったの……。
そればっかりが頭にあって……許して頂戴…他にも……大事な話があったのに、怒らせてしまったわ…」
「シャーロット……」
セシリアがシャーロットに寄り添った。
「貴方の難しい立場もわかっているわ。
アーネストもちゃんとわかってる。
だから門前払いにはしなかったでしょう?」
「私は……間違えてしまったのかしらね…いえ、怒らせたのだもの、間違えたのよ。
クリストファを守らないとって…ベルクも警護にとついて来てくれて…」
「そう…。
そうね……心が狭いと軽蔑されるかもしれないけど、それならそれで構わない。好きに蔑んで頂戴。
けれど……
子供に罪はない……私達にはそんな言葉、何一つ響かないの。
理想ではあるけれど、彼等を見ればどうしたって憎い王族を…そして宰相を思い出してしまう。
ロザリエも義兄も……義両親も……あいつ等に貶められ殺された事を、どうしても思い出してしまうのよ。
特に義兄様はまだ意識も戻らず、中央に留め置かれたまま……。
酷い言い方だろうけど、私達には子供でも罪があるの……それを払拭するにはどうしても時間が必要なのよ。
だからこんな性急なやり方はして欲しくなかったわ」
シャーロットがキュッと下唇を噛みしめる。
「……えぇ、そうね。
本当にごめんなさい。だけど時間がないというのも本当なの…」
「一体何をそんなに焦っているの?
それがどうして婚約の話になるのよ…」
「それなんだけど……」
――その頃隣室では…。
閉じた扉がノックされる。
返事をすれば、ハスレーが少年2人を案内して入室して来る。
「あぁ、そちらに掛けてくれ」
アーネストは自分の対面側のソファを示した。
促され、指示に従う少年2人の行動をアーネストは、ソファの背凭れに身体を預けた状態で観察する。
片や公爵家令息、片や辺境伯令息。
公爵家の方は次男だが、2人共マナーは問題ない。
先程セシリアから耳打ちされた時に知ったが、公爵家の次男の方はかなり冷遇されてきたらしい。しかし、それを感じさせない美しい所作だ。
勿論存在は知っていたし、過去にアイシアから聞いて潰してやろうかとも思ったが、エリューシア本人がきちんと線引きしていると聞いたので、そのまま日々の忙しさに紛れてしまっていた。
しかし、まさか子息の了承も取らないままの婚約打診だとは思わなかった。
あのシャーロットが何故と思うが、そちらはセシリアが上手く聞き出してくれるだろう。
彼女が何の考えもなしに、こんな強引な手法を取るとも思えない。
だから、アーネスト自身は当の少年2人に注力しようと考えた。
「それでベルモール令息にキャドミスタ令息だったね」
背凭れから身体を離し、両足に肘をついて組んだ手に顎を載せて視線を向ければ、少年2人は居住まいを正した。
「ラステリノーア公爵閣下、クリスで構いません」
「私も、どうぞベルクとお呼びください」
「そう。じゃあクリス君、ベルク君、2人は婚約打診の事は知らなかった?」
さっきの様子を見ていれば一目瞭然だが、今一度確認を取る。
「「はい」」
シンクロする返事に笑いそうになるが、表情を引き締め直した。
「そうなんだね。
じゃあ2人は何と聞いてこの地まで来たのかな?」
先に話し出したのはクリストファの方だ。
「何処へ…というのは聞かされておりませんでした。
ラステリノーア公爵領へは今まで足を運んだ事はなく、風景からも気付く事が出来ず……本当に申し訳ありませんでした」
「謝らなくとも良いよ。
なるほどね…やはり夫人はかなり焦っていたのかな……まぁ良い。
ベルク君は?」
「私は…グラス…ぁ、ベルモール公爵令息が避難をすると聞いたのですが、従者もなく少数だと知り、護衛にとついてきた次第です。
メフレリエ侯爵令息の方は、あえて残って貰っております」
「そう」
何物にも代えがたい愛娘アイシアとエリューシアに婚約なんて…と、一瞬で頭に血が上ってしまったが、年齢を考えればそんな話が出てもおかしくはないのだ。
アイシアは現在12歳、エリューシアは10歳。誕生日がくればどちらも1つ年齢を加算する事になる。
高位貴族では婚約者が居ないのも最近では珍しくもないが、少し昔なら居ない方がおかしな年齢ではあるのだ。
しかもいつの間に調べたのか、先程のセシリアの耳打ちでは、2人共素行、人柄、成績、その他諸々含め優良物件だという。
特にクリストファの方は、学院でもエリューシア、アイシア、どちらもを気遣ってくれているらしい。
正直王家に繋がるグラストンとザムデンの血筋との繫がりなんて、死んでも認めるモノかと思っていたし、今もそれは変わらない。
親の恨みを子に向けるなと言う叱責もあろうが、自分はそんなに人間が出来ていないのだと開き直るくらい、あっさりとやってのけよう。
しかしセシリアの言葉、そしてこれまでの2人の様子から、アーネストは完全拒絶から少し路線変更する事にした。
婚約云々は最終的には愛娘の意思が重要になるし、あっさり受け入れるつもりもない。
しかしグラストンでもザムデンでもないと言い張るのなら、ひとまず身柄を預かるくらいはしてやっても良いか…と考えた。
そして……
そして…………
精々こき使ってやろうではないか。
彼等の愛娘への想いは知らないし、今は聞いてやるつもりもないが、自分から娘達を奪おうというのなら、まずはそれに相応しいかどうかを見せて貰わねば話にならない。
「では婚約云々の話は一旦忘れて欲しい。
私は自分の目で見ないと納得出来ないしね。それに……私の掌中の珠とも言うべき愛娘達を、そんな簡単に手に入ると思ってもらっては困る。
彼女達は至高の宝なんだよ。
だからまずはただの『クリストファ』と、ただの『ベルク』として君達を預かろう。預かった後、君達には身分による忖度は一切なくなる。
どうだい?
それでも良いというのなら、足掻く時間くらいは進呈しよう。
勿論、尻尾を巻いて逃げると言うなら、それでも構わないよ?」
アーネストは口角を嫌味な程、ニッと釣り上げて笑った。
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